不自然なやり場

走って、走って、部屋へと駆け込めば、明かりを消したはずの部屋になぜか電気がともっていた。


それに、気を取られて、一瞬目にたまっていた涙は引っ込んでしまった。それにほっとしながらも、なぜ電気がついているかが予想がついてしまって、思わずため息をつく。


そして、部屋へと踏み入れば、やっぱりそこには我が物顔であたしのベッドに横になっている隼人がいた。ベッドの上に置いてあったはずのかばんはご丁寧に下に下されている。


「は?なんで…、隼人がここに…」


「あ?俺の部屋、あいつと一緒なんだよ。あんなうざってえ奴と一緒な場所にいれるわけないだろ」


さも当然というように言ってのけた隼人に、なんだか、笑みがこぼれたような気がした。どれだけ、あの部屋が嫌なのって感じだけどね。


「アハっ…、そう、だよね。隼人がいれるわけないよね…。でも、あたし今から着替えたいんだけど。出てってよ」


暴れだしそうな心と、再び目にたまってきた涙を悟られないために、少しうつむきながらカバンへと近寄る。しゃがんでしまえば、あたしの顔なんて見えないだろうから。


あと少しで、隼人の顔をみないでいいところまでいく、というところで、いきなり腕をつかまれた。反射的に振り返れば、真剣な顔で、あたしの顔をみつめる隼人がそこにいた。


翡翠の両の目があたしを探るようにみつめてくる。それに居心地が悪くなって、思わず目をそらした。


「な、何?」


「なんか、…あったのか?」


「え?」


びっくりして隼人の方を見れば、隼人はやっぱりなと呟いた。なんで?どうしてそんなことがいえるの?だって、あたし、いま普通にしてたでしょう?


「バレバレなんだよ。お前、隠すの下手だからな」


「な、んのこと…」


「泣きそうな面してる」


まっすぐに見つめられたままそんなことを言われてしまえば、耐えられるはずもなく、あんなにも流したくなかった涙が一気にあふれてきた。


悲しい、痛い、と叫んでいる心にただ身を任せて、あたしは泣いた。


「結局泣くのかよ」


あきれた声でつぶやく隼人。でも、その声はどこか温かみも持っていて、隼人のくせに、と思いつつ、さらに涙があふれてくる。


「隼人のせいじゃんかあ〜っ」


「あー、悪かったな。何があったか知んねえけど、泣いとけ」


普段は、ツンデレな隼人がここまで慰めてくれるとか珍しい、とか、隼人のほうがなんか変なものでも食べたんじゃないの、とかいろいろ思うところがあるほど隼人は優しくあたしの頭をなでた。


ちょっと違和感を感じるほどに優しい隼人を気持ち悪いとか思ったけど、そのまま身を任せた。


ようやく、おさまってきた涙。鼻をぐずぐず言わせながら、少しだけ隼人から離れた。


「で、何があったんだよ」


「なんでもないっ!」


涙を拭いて、ティッシュで鼻をかむ。女の子らしくないとか、そういうのは隼人の前ではもう関係ないし。


「……そんだけ泣いておいて、なんでもねえわけねえだろアホ」


「アホじゃないし!隼人のばか!」


「ああ!?人がせっかく心配してやってんのに!」


「うっさい!だいたい、泣くつもりなんてなかったし!隼人のせいだからね!」


「ったく。わかったわかった。そう怒鳴るんじゃねえよ」


「何、その自分は大人ですって態度」


「じゃあ、俺にどうしろっつうんだよ!」


「隼人のバーカ」


結局、最後はこうして言い争いになっちゃったりするけど、でも、本当はちょっとだけ感謝してる。だって、泣いたおかげで、混乱もおさまってきたし、ちょっとすっきりした。


だから、ちょっとだけだけど、感謝してる。でも、言わないけどね。


「………あんな奴、やめちまえよ」


「え?」


ボソッ、と何かを呟いた隼人の言葉を聞き取れなくて、聞きなおせば顔をそらされた。やっぱり、今日の隼人は変だよ!


「…なんでもねえよ。じゃあ、俺はほかの奴の部屋行く」


「え、行っちゃうの?」


「あ?出てけっつったのは、そっちだろ」


「そ、だけど…」


「なんかあったら、携帯に連絡すりゃいいだろ。第一、今から着替えるんだろ?」


そういって、人の揚げ足をとった隼人は手を振りながらかっこよさ気に出て行った。


でも、最後に、腰につけているシルバーアクセのチェーンがドアの取っ手に引っかかっていて、気躓いていた。


なんで、あんなにもかっこよく決めたくせに、最後の最後にそんなかっこ悪いことを、と思ったけど、思わず吹き出してしまったら、思いっきり睨まれてしまった。





――――――
――――

くそっ、なんで、こんなときにチェーンが引っ掛かるんだよっ!


チェーンをとってから、部屋をでれば、そこには今一番顔を見たくねぇ奴がいた。そいつが俺のほうを殺気のふくまれた視線で睨んでくる。


あいつが泣いていたわけなんて、簡単に想像ができていた。こいつしかいねえんだよ。今のあいつにあんな顔をさせるやつ。


今、こいつと話せば苛々したこの気持ちが爆発してしまう気がして、無視して横を通りすぎることにした。


「待て」


なのにこいつは、鋭い声で俺を呼び止めた。しかも、腕までつかんで。引き留められたことに、苛立ちがまして、それを隠すことなく舌打ちする。


「なんでお前がここにいるんだ!」


「それは俺のセリフだ。あいつを泣かしたのはお前じゃねえのかよ。そのお前がなんでノコノコとここに来てやがる?」


「それは…」


言葉に詰まったこいつは、顔をしかめた。図星ってところか。


「今、あいつに近づくなら容赦しねえ」


「獄寺君には関係ない。これは俺と彼女の問題だ」


「関係なくなんかねえよ。あいつは俺の大事な奴だ」


自然と口から出てきた言葉に、俺自身も驚いていた。


「大切って、それ、どういう意味で…?」


「………それは…、」


「お前ら廊下で見つめ合ってるなんて、いつからそんなに仲良くなったんだよ」


場に似つかわしくない、笑いを含んだその声に、緊迫していたような雰囲気はいっきに吹き飛ばされた。


「木城さん…」


「チッ。おい、お前。この野郎を部屋につれてって外に出すな」


「は?いきなり、なに?」


「ぜってえにこの部屋に近付けんじゃねえぞ」


どこからとろなく現れたそいつに、それだけ吐き捨てて、俺は再び歩き出した。


「は?ちょ、待てって!お前、どこ行く気だよ!部屋同じだろ!?」


「他のやつのとこ」


木城とかいうやつにそれだけ言って適当にあるきだす。さっきまであった憤りは困惑に変わっていた。


さっき、俺はなんて答えようとした?大切なことにかわりはねえけど、相模の野郎に聞き返されたとき、なんて答えればいいか正直わからなかった。


でも、今はそれについて深く考えたくねえ。今は、まだ……。


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あきゅろす。
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