空の行く先

部屋に鳴り響く携帯の着うた。その着うたに驚いて、今までしていたこと全てを投げ出して携帯のもとに急いだ。


今日は全員が家に居る中、それぞれがそれぞれ好き勝手にいろいろとしていた。


あたしは、携帯をもって自分の部屋へとはいる。もちろん隼人が入ってこないように部屋には鍵をかけてね。そして、ベッドに飛び乗って、携帯のディスプレイをみた。


そこには南先輩の文字。


恐る恐る通話ボタンを押す。


「もしもし?」


『もしもし空?今大丈夫かな?』


耳をくすぐった声はやっぱり先輩の物で、知らず口元が緩む。込み上がってくる笑みを押さえながら、先輩にどうしたのかと聞いた。


『もうすぐ合宿あるけど、日程が決まったんだ』


そう言って切り出されたのは、今度ある合宿について。合宿っていうのは、空手の道場のための奴で、隼人もいくことになっている。


南先輩からその日程を聞き、適当な紙にメモをとっていく。


「わかりました!じゃあ、隼人にも伝えとけばいいんですよね?」


『……いいよ、あんな奴に伝えなくて』


「いや…、それは…」


『うそうそ。困らせちゃったね』


先輩の苦笑する声が聞こえて、あわててそんなことないですと否定した。


『それにしても、春日さんってすごい俺のこと嫌ってるんだね』


「え?」


突然風の名前が出てきてびっくりした。しかも、内容が風が先輩を嫌ってるって…。今までも、ずっと風は先輩のことを好いてはいなかったけど、先輩からそんなことを言われるとは思わなかった。


風と先輩が遭遇してしまったとき、風は作り笑いを浮かべる。そして、かなりそっけなくなる。そのときの怖いことこわいこと。あたしなら絶対に顔がひきつる。なのに、南先輩はそんなことないからすごいなって思ってたんだよね。


『今日会ったときに、すっごい嫌そうな顔されちゃってさ。嫌味まで言われちゃった。慰めて?』


最後の言葉とともに、先輩が首を傾げているところが想像できて、思わず赤面した。かわいい…。


というか、嫌味って…。風、南先輩に何言ってくれちゃったの!?


「す、すいませんっ!風、えっと、本当はいい子なんですけど…その…」


『ハハハッ、大丈夫。俺はなんとも思ってないから』


「風のこと怒っておきますね!」


『クスクス、俺、愛されちゃってるなあ』


電話越しにそんなことをいきなり先輩が言うものだから、思わず赤面して、相手に見えないというのにあわててしまった。


『あ、ごめん。キャッチが入ったから、もう切るね』


キャッチっで、電話のことだよね。もう切らなきゃいけないのか、とちょっと残念に思いながら、返事をして、ちょっと惜しみながら電話を切った。


でも、もうすぐ合宿だし、それって南先輩と一日いられるってことだよね。あたしの心臓持たないかもっ!


あ、そうだ、風に南先輩のこと問い詰めなきゃ!ということで、あたしは電話の余韻に浸っていたのを振り払い部屋を出た。


「今日先輩と会ったんでしょ!?なんで行ってくれなかったの!」


キッチンで夕飯の準備をしている風を問い詰めると、一瞬きょとんとしてから、視線をさまよわせ、何のことだか見当がついたのかああ、あのことかと呟いた。あのことじゃないし!


「だって聞かれなかったもの」


なんて、さらりと言われてしまった。


「そんな、誰が今日先輩と会った?なんて聞くの!」


「ハハッ、確かにそうだな」


「たけちゃん!笑い事じゃないんだからね!」


「お、おう…」


笑われたのが癇に障って思わずたけちゃんのほうに詰め寄ると思いっきり顔をひきつらせていた。


もう一度風を問い詰めようと、風の方を向くと、そこにはおいしそうなシチューが机のうえに並べられていた。そのシチューの匂いにおなかがすごくすいていたことに気付く。


「ほら、空。今日はシチューだから、速く食べよう?」


「シチュー!?やった!食べよう食べよう!」


目を輝かせて席についたあたしを見て、たけちゃんが苦笑していたけど気にしない。横の隼人なんか、なんだこいつっていう目で見てくるし。失礼しちゃういよね。


「……すげー、変わりよう」


「今日シチューにしてよかったわ」


「…まさかこれを見込んで?」


「フフッ、さあ?」


「………」


そんな会話が繰り広げられていたなんてあたしは知る由もなく、席に着いた二人をみてから、シチューを食べ始めた。


「あ、獄寺ってイタリア語読めるわよね?」


もうすぐ食べ終わすかなーというときになって、いきなり風が隼人に話しかけた。


「あ?舐めてんのか?」


「これ、日本語に訳してほしいんだけど」


どこからともなく取り出した紙を、隼人が受け取った。それを横から覗き込めば、イタリア語らしい文字の羅列。


「あ?なんだこれ」


隼人と同じように疑問の視線を風に向けるが、さらりとかわされてしまった。横ではたけちゃんも不思議そうな顔をしている。


「いいから」


「…詩、か?フランツグリルパルツァの『接吻』。…んだよコレ」


「いいから早く」


その風の顔は、まさか読めないなんてことないわよね、と物語っていて、それが隼人のプライドを刺激したらしい。結局風の作戦勝ちのようなもので、書く準備を整えた風が隼人を促す。


「チッ、

手なら尊敬
額なら友情
頬なら厚意
唇なら愛情
瞼なら憧れ
掌なら懇願
腕と首なら欲望
それ以外は、狂気の沙汰

って、意味分かんねよ」


「へえ、そんな意味だったのね。ありがとう」


「この詩でいくと、キスマークとかって狂気なんだね」


「まあ、ある意味その通りなんじゃないかしら?」


「で、これがなんだったんだ?」


「え?バイトの先輩の大学で出された課題だって。イタリア人が読んでなんて訳すか知りたかったの。ありがとう、助かったわ」


「…そう言うのは、てめえでやりやがれ!!」


というか、風に頼む先輩にも問題があると思うんだけど。隣でわめいている隼人を無視して、もう一度その詩をのぞきこむ。


接吻とか、すごく抽象的な題名だ。


そして、その中の内容も、これ詩なのか?と疑ってしまうようなものだった。でも、そこがイタリア語と日本語の違いなのかもしれない。にしても、最後のそれ以外は狂気の沙汰だっけ?狂気って、ちょっと怖いよね。


そんなことを考えていれば、メモを取り終えたらしい風が満足げに隼人にお礼をいって、部屋へと戻って行った。





(ありがとう、獄寺)
(ああ…、って俺の話し聞けよ!)
(さーって、片づけでもしようかな)
(お、手伝おうか?)
(うん、お願い)
(てめえら、いい加減にしやがれ!)
(隼人……)


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