君の一部分

「いらっしゃいませーっ!」


すしや特有のイントネーションで、野太い声が響いた。それに少し浮かれつつ中を除けば、くるくると駆け回る見知った姿が。


今俺たちは風のバイト先にきていた。もちろん、風には内緒で。空の提案だったけど、俺も見てみたいと思ってたしな。


席に案内されて座っていれば、目の前を流れていく寿司。その匂いと、活気を懐かしく思いつつ、目は相変わらず風を探し続けていた。


やっと見つけたと思ったら、ここで働いているらしい男と楽しげに話している風。ふだん学校じゃ必要最低限男としゃべらねえのに、バイトじゃ普通に話しているのを見て、なんだか違和感を感じた。


「あ、木城さんだー」


「木城?」


「空手の先輩」


「…へえ」


二人が話しているのを黙って見ていると、視線を感じたからか、目があった。目があった瞬間見開かれる目。それに笑いそうになるのを抑えて片手をあげてあいさつすれば、風は今まで話していた木城という男に軽く頭を下げてから俺達のほうにかけよってきた。


そのことに少し優越感を感じた。


「武!それに空に獄寺も…。なんでいるのよ…」


「ま、いいでしょ!皆でご飯食べに行くついでに、風の働きっぷりを見に行こうって話になったんだよ。ねー、たけちゃん」


「おう!」


「…ハア、来るなら来るって言ってよね…。吃驚したじゃ無い」


「ハハッ、わりいな!」


呆れたように溜息をつく風。それを見て空は満足そうにうなずいた。獄寺は早速皿をとって食べ始めている。


「というか、人が働いているときに食べるとか…」


「風も食べる?」


「それができないから、文句言ってるんじゃない」


そこまで行ったところで、おーい、お勘定!という男の声が聞こえてきて、風が返事を返した。一家族が席を立つのを見て、風は、じゃあまたあとでと言うとそちらに駆け寄っていった。


「本当に働いてるんだな」


ぼそっ、と呟いた獄寺に空が当り前じゃんと返す。風はテーブルに置いてある皿を数えると、次に駆け足でレジに向かった。


「たけちゃん、見過ぎ」


横で苦笑する声に、はっ、と我に帰る。


「ほら、なんか食べたら?まあ、たけちゃんのお父さんと比べたら全然味は違うだろうけど」


「寿司は、久しぶりなのな…」


「そうなの?」


「まあ、親父が寿司作ってっと、機会ねえとあんま食わねえからさ」


そうなの?と首をかしげる空。俺は流れてくる寿司皿の一つをとって口に運んだ。確かに、親父のとこ比べたら味は結構違うけど。それでも寿司飯の味とかが懐かしく感じた。


親父、元気にしてっといいけど…。心配かけてねえといいよな。まあ、親父なら大丈夫だろ。


「隣、失礼」


突然横に座ってきた人物に、そちらに顔を向ければ先ほどまで接客していたはずの風が居た。


「風!?」


「休憩よ。30分店長がくれたの。もちろん、空のおごりよね?」


「げっ、」


「さて、何食べようかなー」


「まあ、パパのお金だからいいんだけど…」


でも4人分って結構な額じゃ無い?といまさらながらに金の心配をし始める空に苦笑する。俺の横で風は寿司を握っている人と楽しげに話している。


なんつーか、新鮮だよな。俺は、風が俺や獄寺意外の男と話しているところをほとんどみたことがない。まあ匠は例外として。


だからなのか、なんかすげー違和感があるんだよな。


「武?さっきから何?」


「あ、わりっ!なんでもねえぜ?」


「…それならいいけど」


まだ、不審そうに俺をみる風に苦笑する。心配されるようなことは本当に何もねえんだけどな…。


だから、この話を蒸し返さないためにもわざと話を方向転換させた。俺の反対隣、つまり空達は、また獄寺が何かしたのか、軽い言い争いになっている。


「あ、風って何時にバイト終わるんだ?」


「私?今日はあと1時間30分ね」


店内にあった時計に目をやりながら答える風。


「1時間30分、な」


「それがどうかしたの?」


「ん?なんでもないぜ?」


「お、なんだ春日さんのコレか?」


親指を立てながら行ってきたのは、板前さんだった。交代なのか何なのか、近寄って来たその人の言葉に、風は声を立てて笑う。


「店長、セクハラですよ」


「なんだ、違うのか?」


「奥さんに訴えますよ?」


「それは勘弁」


両手を顔の横にあげて、店長と呼ばれた男は苦笑した。どうやら奥さんには弱いらしい。そのあと、しばらく二人で話していたが、どうやってその話しになったのか、俺達の飯代を20%割引きしてくれるらしい。


それには、空も風も笑顔でお礼を言っていた。


そのあと、もう時間だったらしく、最後にたまごを口に放り込んだ風は、仕事に戻るといって戻っていった。


俺達も、もう腹は膨れていたからお勘定してもらうことにして、店を出た。


「わり、二人で先に帰っててくんねえ?」


「え?どうしたの?」


「ちょっと、バッティングセンターによっていきたいんだ」


来るときに見つけた、店の近くにあるバッティングセンター。それを指差して言えば、納得したらしい空。


「わかった。じゃあ先に帰ってるね!あんまり遅くなっちゃダメだよ」


「ああ。獄寺、ちゃんと気をつけろよー!」


「うっせえっ!てめえに心配される筋合いねえんだよ」


「ハハッ、まあ、そうだな!」


いきり立った心をそのまま表すかのように大股で歩き出した獄寺を空が慌てて追いかけていった。それを見送ってから、さっきいったようにバッティングセンターに入りバッティングをする。


でも、今回は時間つぶしだから、そこまで身を入れなかった。時間も気にしつつ、1時間程度してそこを出た。


で、店の前で待っててきづいたのは、この辺は結構暗いってこと。まあ遅い時間だっつーのもあるんだけどよ。それだけじゃなくて、街灯がねえのな。


こんな道を、いつも風はいったりしてんのかと思うと、今度から迎えにこようかと本気で考えた。でもきっと、風は迎えに来ると言っても断るんだろう。


別に迷惑とかじゃねえのになー。


「あれ?武?」


「風」


「なんでここに?」


お疲れさまでしたと言ってもう閉まってしまった店から出てきた風。その風が俺を見て驚いたように目を見開いた。


「一緒に帰ろうぜ?」


「空たちは?」


「先に帰った」


は?と目を丸くする風。それに笑いつつ、呆然とつったっている風の手を握って引っ張って歩き出す。


「ちょ、武!?」


「ほら、暗いしあぶねえだろ?な?」


「だからって…」


「ま、細かいことは気にすんなって!」


笑い飛ばせば、風は仕方ないなという風に溜息をついて、俺の隣に並んだ。握ったままの手は振り払おうとはしていなくて、それが嬉しくなる。


風の方をみて笑えば、気恥ずかしそうに顔をそらす風。近いのに、触れられなくて、伝えたいのに、言葉は出てこない。それがなんだか苦しくて。


俺って、もともとそんなに考えたりする方じゃねえし。でも、伝えちゃいけねえことぐらいわかる。分かっている。それでも、文化祭の時、伝えずには居られなかった。


「なあ、風」


「何?」


「俺さ、最初はここに来たことすっげえ、戸惑ったんだけどよ。でも、今はこれてよかったと思ってんだぜ?」


「武…」


4人で過ごす今が、いつの間にか日常に代わった。


戸惑っていたはずのこの世界が、いつのまにか当り前になった。


隣にいるこいつが、いつの間にか居ないと落ちつかない存在になった。


いつの間にか、帰りたいという気持ちが消えていた。いや、違うか。帰りたいのは帰りたい。あっちにはツナたちや親父がいて、大切な友達がたくさんいる。でも、離れたくねえんだ。なあ、獄寺も同じだろ?


ここにはいない獄寺に問いかけてみる。


あいつも、いつの間にかツナの名前をださなくなった。忘れたわけじゃない。帰りたい気持ちもなくなったわけじゃない。ただ、こいつらも大切なやつになっていただけのこと。


「武?急に黙り込んでどうしたの?」


「ん?わり、なんでもないぜ?」


「そう?ならいいんだけど」


クスクスと笑う風。


そのあと、俺達は今度ある球技大会とか、今までのこととかいろいろと話しながら帰った。


願わくば、君のいる未来を夢見させてくれ。


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あきゅろす。
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