見えず隠れず本心にて

薄暗い中、舞台を照らしている明かりが顔を照らす。舞台上では、幼馴染と風、たけちゃんの3人が作戦会議をしている。


あらすじ的に言えば、出会った二人はとりあえず買い物にでかけたあと、これからの生活について話し合う。


そのなかで、とりあえず学校には行かなきゃいけないし、一人残しておくのもなんだからということで、幼馴染にして学校の理事長の息子に協力を要請。


そして、なんとかとりつけてもらって、急遽転校生ということになって学校に登校することになった。この辺の設定は、あたしたちのときと一緒なんだよね。あたしが幼馴染役になっちゃったみたいなかんじ。


そして、さっきの買い物で、たけちゃんを追い掛け回す役となった女の子たちは、多少息を上げながらも、やりきった、といって笑顔を浮かべていた。


「ハア、楽しかった!」


「山本君追いかけるのアタシ二回目なのよね!」


「え!いつそんなのしたの?」


思わずあたしは、彼女たちの方に視線を向けてしまった。だって、女子に追い掛け回されるのって、ねえ?あのときの買い物のときのことしか思い出せないから。


「夏休み入る前だったと思うんだけどー、そのときに、デパートで買い物してたら、かっこいい人が二人いて、他の子も集団になってたし、アタシそれにまぎれたの」


そのときを思い出しているのか、その子は薄くほほを染めているようだった。


「そのときは、本当にモデルか何かがお忍びできてるのかと思ったんだよねー!」


そういって、楽しそうに話す女の子に、あたしは思わず隼人のほうへと視線を向けた。隼人もその会話を聞いていたらしくって、眉間にしわを寄せながら、聞き耳を立てている。


「それでさー、いきなりその二人が逃げ出したみたいで、アタシ人ごみであまり見えなかったんだけど、誰か女の子と走ってたの!あれって、やっぱり彼女なのかな…」


「でも、いるっていう噂は聞かないよね」


「あの、委員長は?」


「あれはないってー」


委員長って言うのは、風のことだよね。あの二人ありだと思うんだけどな…。というか、たけちゃんは絶対に風のこと好きだし!


「でも、転入してきたときはマジで運命感じちゃった!」


「いいなあ!じゃあ、私服姿とか見たことあるんだ!」


「うらやましい!」


自慢げに話すその子は、どうやら、本当にあの買い物事件の中にいたみたい。でも、あたしたちがいたことはばれなかったようだ。


ほ、と安堵のため息をつくと同時に、となりに匠君が来た。あたしと接触するなんて珍しくて、思わず匠君のほうを見たらバッチリと視線があっちゃって、思わず目をそらした。


「なあ、伊集院。なんで、獄寺がここにいて武があそこにいるんだよ」


あたしに言われているのか、独り言なのか判断がしずらいその言葉に、あたしは舞台に向けていた視線を匠君にもどす。匠君は、舞台を見たままそうつぶやいた。


「ハッ、てめえなんかが演技なんてできるわけねえだろ」


「あんな棒読みの獄寺に言われたくはねえよ」


「ああ!?んだとテメエ!」


「ちょ、隼人っ!ここは、抑えて抑えて…」


キレそうな隼人を慌てて宥めれば、舌打ちしながらもしぶしぶ抑えてくれた。ったく。ここは舞台裏なんだから、ちょっとは抑えてくれなきゃ。


舞台の上では、もうすぐ次の場面へ移るだろうところまで来ていた。


「じゃあ、そういうことで、武、だったよな。うまくやってくれよ?」


「ハハッ!大丈夫だって!任せとけ!」


「…不安よね」


舞台上でたけちゃんと幼馴染と風のそんな会話があった。たけちゃんが結構アドリブで台詞を言うから、周りはとても大変そう。風はなんとかなってるからいいし、幼馴染役もなんとかうまく言っている。みんな機転が利くからすごいよね!


って、やば。次ってなんだっけ!?次、次、えっと、そうだ!神様が出てくるんだった!


「ちょ、神様!神様、誰だっけ?」


「お、オレ!」


「スタンバイ!次で出るからね!」


「おおおお、おう!」


「神様…」


神様役の男子は、どうやら上がり症なようで、顔を真っ赤にして、わたわたと長い口ひげをつけて、袖にスタンバイした。大丈夫?神様…。神様なんだからどうどうとしてくれなくっちゃ困っちゃうのに。


舞台が暗転して、こことは反対側の舞台袖付近にたけちゃんと風が横に並んだ。そして、こっちを見ている。


あたしは、神様の背中をそっと押して合図を送った。神様は、それに少し緊張した面持ちのまま、舞台の上に立った。


その瞬間、スポットライトが、神様と二人を照らし出す。ほかは、暗くて、異様な空気が広がる。


神様は、手を大きく広げて、台詞を言い始める。


「お前たちはもうすぐ、別れることになるだろう」


彼の声が体育館中に響き渡った。


「お前たちが出会ってから7日目の陽が沈むとき。陽の入りと共に別れはやってくる…」


風の手をたけちゃんが掴むのがみえた。風は驚いているみたいだけど、とりあえず何も言いはしなかった。


あたしも、なんだか不安になってきて、隼人の服のすそをつかむ。隼人だから、振り払われるかなとか思うけど、何も言われなかった。


スポットライトが消えて、場面転換が始まる。


あたしが指示を出すまでも無く、匠君が指示を出して、小道具の設置とかをしていく。あたしは、ただ、舞台の上を見ていくことしかできなかった。




***

「夢を見た」


武が言った。それに、私も、と答える。神様役の迫真の演技。そして、そのときの武に握られた手のぬくもりが残っていて、たぶん武も同じことを考えたんじゃないかな、と思う。


「あと、何日だ?」


「あと……、4日?」


私たちにはあと、どれだけの時間が残されているんだろう。この劇みたいに、誰かが、残り時間をつげに来るのかな?


「武、帰らなきゃ、いけないんだね」


思考の深みにはまってしまいそうなのを必死に抑えて、覚えた台詞を並べていく。この劇は、まるで私たちみたいだ。私たちも、いつか別れなきゃいけない。武と獄寺は、元の世界に戻らなきゃいけない。必要とされているんだから。


「俺は…」


「かえるまで、たくさん想い出つくろうね!」


武の言葉にかぶせるように台詞をいう。ここが結構タイミングが合わなくて、獄寺と苦労したっけ。そう思いながらも、これは劇。これは劇。と頭の中で言い聞かせる。でも、それは次の武の台詞で意味のないものとなってしまう。


「俺は、」


パシッと、腕をつかまれて引き寄せられる。その行動に頭が真っ白になった。


「帰る気はねえから」


「え?」


「俺は、風と離れる気は、ねえから…」


「え、あの、」


私の腕をつかんでいないほうの手が私の顎に手をやって上を向かせる。その動作のせいで、いやおうなく武と目があってそらせなくなった。顔を固定されているからじゃない。武の目があまりにも真剣で、しかも台詞も違うし。


私は、どうすればいいのか分らなくなってしまった。それは、本心?それとも、演技?


「だから…っ、そんな、想い出つくるとか、言うなよ…な」


「たけ、し…?」


歪められた眉と瞳。その表情は本当に苦しそうで、私は舞台の上だという事を忘れてしまいそうだった。


「なんてな!ハハハ!にしても、同じ夢見るなんて不思議だよな!」


「武?」


「ほら、想い出、つくるんだろ?」


そういって、手を差し伸べられる。思わずその手をとってしまったけど、これはもう完璧劇の内容だった。




***

「俺は、風と離れる気は、ねえから…」


たけちゃんの、台詞が…違う?


「ちょっと、隼人!何、違う台詞書いてるのよ!」


いくら、たけちゃんのこと気に食わないからって劇にまでいたずらすることないじゃん!


「俺は何もしてねえ!」


「だって、現に今たけちゃんが台詞を違うのにいったじゃない!」


「知るか!」


「もう!ちょっと貸して!」


隼人の持っていたカンペを取り上げて、いまのところを見れば、確かに、もともとの台詞の『俺は、お前と一緒に生きていきたい』という言葉が書いてある。って、ことはたけちゃんが?


ここは、大事なシーンだって言うのにっ!


「なにやっ―――っもがもが!」


飛び出そうとしたら、いきなり隼人に口と体を抑えられた。


「ちょっと、何するのよ!」


「アホか!今は本番だろうが!」


「あ、そうだった…。忘れてた」


危なかった…。今飛び出してたら、大変なことになるところだった!


「ご、ごめん。ありがと」


「…劇なら進んでるから大丈夫だろ」


そう言われて、改めて舞台を見たら、確かに、もとの台詞に戻っていた。あたしは、それに安堵して、ひとつため息をつく。ったく。たけちゃんもたけちゃんだよ。アドリブも大概にしろって言うの。


そんなあたしの憤りはお構いなしに劇はどんどん進んでいった。


このあと、ヒロインの家庭事情が明らかになる。ヒロインは虐待を受けていて、今までは帰ってきていなかっただけで、たまたま一人のときに親が帰ってきていつものごとく虐待を受ける。


そのときに、たけちゃんが家に帰ってくるわけだ。


もちろん喧嘩になって、なんとか救出する。一応殴ったり殴られたりとかがあるから、父親役には喧嘩が強そうな人を配役した。


そのお陰で、二人とも寸止めはしているけど、見る場所によっては本当に殴っているようにみえると思う。これは、結構こだわったから。


そうして、ラストシーンへと繋がっていく。


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あきゅろす。
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