風が鳴る

ようやく、退院の許可が降りて数日。私は日常生活を送っていた。


いつもみたいに、朝ごはんをつくって学校へ行って、野球部のマネをして夜ごはん作ってバイトに行ってって、私忙しい……。


学校は全焼したため、校舎がわりにしばらく違う場所を使うことになった。しかも、文化祭でつくったものも全部が燃えちゃったから、また一から作り直しで、生徒たちからはブーイングの嵐。


でも、ラッキーなことに、時間がないかわりにということで、予算が倍以上出ることになった。これはなんというか…。さすが空のお父さんって感じよね。


火事の発端となった女子数名の処罰は、私の意向もあってか、退学にならずにすんだらしい。そのかわり、こってりと絞られた挙句に、2週間の謹慎。そして、学校の修復費用の一部と、負傷者の治療費の一部を負担することになった。


まあ、払うのはあの子たちじゃないんだから、その処分+親からのきつーいお叱りが待っていたんじゃないかなあと思う。


というか、そうであってほしい。



そして私たちは今、リビングの机に4人とも座っていて談笑していた。


実は、私たちの怪我はまだ完全には治っていない。4人ともどこかにかすり傷とか、切り傷とかがあって、絆創膏(ばんそうこう)だらけだったりする。


しかも、治りかけで、結構かゆいのよね。


「…………」


「……なんだよ」


ふと、空がじっと獄寺の顔を見ていた。怪訝な顔をする獄寺に対し、空は徐に獄寺に手を伸ばすと、彼の頬に入ってある絆創膏をびりっと勢いよくひっぺがした。


「っ!!いてえだろ!いきなりなにしやがんだ!」


「だって、今テレビでやってたんだもん!」


なるほど、と納得する。確かにテレビでは芸人のすね毛をテープで脱毛するやつをやっていた。大げさなほどに痛がる芸人に興味をそそられたらしい。


「だからって、なんで俺なんだよ!」


「そこに、はがすものがあったから!」


「何誇らしげにしてんだ!アホ女!」


「うっわー!女の子の扱いがなってない!そんなことする奴にはこうだ!」


とことんいたずらをするつもりらしい空は獄寺のほっぺを引っ張った。


「おっ!隼人って意外ともち肌なんだね!」


「…はあ!?つーか、きめえんだよ!触んな!」


ひっぱられて変な顔をする獄寺。そして、仕返しにと獄寺も空の頬を引っ張り出す。


「おらっ!」


「むっ!いひゃいー!」


「おー、おー、よく伸びるぜ」


「ハハハ!楽しそうだな!」


「って、お前も触ろうとしてくんじゃねえよ!」


武が獄寺に手を伸ばし、それを払う獄寺。まったく。何やってんだか。


興味がない私はテレビのチャンネルを回す。ちょうどバラエティー番組で、動物の特集をやっているところがあって、今子供ライオンが出てきていた。


かわいいなあ…。動物を飼いたいけど、ここはマンションで買うことは禁止されている。金魚とかそういうのは一応平気らしいけど、魚類じゃあ、ねえ?


「風、風」


「ん?」


武に呼ばれると同時に、頬に温かさが感じられた。


「お、風の頬も気持ちいいのなー」


固まる体。武の声が遠くの方で聞こえた。目の前にいるのが武から、女性に変わる。強く鮮明に残っている記憶がよみがえってくる。


頬にそっと触れられる手。その手は、そっと離れていき、女性は、優しく微笑んで、私じゃない私の手を引いて玄関から、大きな荷物を持って出ていく。ドアを閉める前に、女性が、呟く。奥の方ですすり泣く声。


男性がよわよわしい手で頬に触れてくる。その頬に必死にすがりつくのに、力がなくなり、ぱたりと落ちる手。手が、落ちて、電子音がなって、白衣を着た先生たちが駆け回っていて…。よく知った温もりに包まれる。


頬に触れる女性の手。呟かれる言葉。すすり泣く声。


頬に触れる男性の手。聞きとれない言葉。誰かの泣き声。


女性が、玄関から出ていく。私じゃない手を引いて。もう一人の私の手を引いて。


男性の手の力が無くなり、落ちて、電子音が部屋に鳴り響く。


女性が、私の頬に手を当て、唇を動かした。


頬に触れた男性が、懸命に息を吐き出している。


女性の手が、そっと頬に触れた。いつもの、笑みを浮かべて、でも、少しだけ寂しさをたたえていて、ああ、もう無理なんだと悟った。頬に手が触れたまま、女性が言葉を紡ぐ。



“ばいばい。風”


バシッ!


手に遅れて伝わってきた痛みに、はっとなって周りを見回せば、はじかれたと思われる武の手と、呆然とそれを見ている武と獄寺の表情。そして、シン、と静まりかえった部屋。


動かない思考回路の中で、自分がどういう状況にいるのかを必死で理解しようとする。早鐘のようになる心臓。動悸がおさまらない。


「あ…、ごめ…っ!」


そこにいるのすら耐えられなくなって、自分の部屋に逃げるように入った。バタンッ、と静まりかえった部屋に異様な大きさでドアが閉まる音が響く。


真っ暗な部屋で、ドアに寄りかかったままズズズ、としゃがみこむ。未だに収まらない心臓の音に、今さっきまで見ていたビジョンが一瞬脳裏をかすめるも、それを追い出すようにぎゅっと目を閉じた。


しかし、耳から音が離れない。女性の呟くような声。男性の声にならない声。電子音。すすり泣く声。誰かの、叫ぶような泣き声。


大丈夫。大丈夫だから。大丈夫、いなくなったりしない。一人になんてならない。大丈夫。空がいる。私には、空がいる…。大丈夫。大丈夫…。


呪文のように心のなかで呟く。そうすれば、少しずつおさまってくる心臓の音と、遠くで聞こえてきた過去の声達。


そのままそっとベッドにもぐりこみ目を閉じた。


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