部屋をノックされる音が聞こえた気がして、ゆっくりと目を開けた。 上に見えた天井が、自分の部屋のものではなく木目だったため、一瞬自分がどこにいるのかわからなくなる。 揺れる体と潮の香りに、ああやっぱり夢じゃなかったのか、と肩を落とした。 再びノック音が聞こえ、あわてて返事をする。 「美頼。俺だ。宴の準備ができたぞ」 宴の準備とは何かと思ったが、それを聞く暇も与えずイゾウさんは踵を返して歩き出す。 食堂に向かうのかと思いきや、イゾウさんは食堂につながる扉をスルーした。 「イゾウさん?食堂じゃないんですか?」 「ああ、今日は宴だ」 「宴?」 「家族が増えたからな。その祝いみたいなもんだ」 よく意味がわからなくて首をかしげると、その様子を見てか、イゾウさんはクツリと笑った。 イゾウさんは、薄桃色の着流しに、赤い布を腰に巻きつけている。その赤い布が歩くたびにひらひらと揺れる。 下は草履だった。下駄とかでも似合いそうだ、というより、むしろきっちり着物をきさせたら、舞子さんになりそうだ。と想像する。 しかし、のぞく足や時折見える鎖骨などから、男の色気のようなものを感じさせていた。 イゾウさんの後ろにつき、たどり着いた場所はなぜか甲板につながる扉だった。その一枚壁を隔てた向こうからはすでにどんちゃん騒ぎが聞こえてくる。 酒場にいったときの声に似ていて、思わず苦笑を浮かべた。酔っ払いというのはどこにいっても変わらないらしい。 イゾウさんはためらいなく開いた扉。その向こうには、まだ日もようやく傾き始めたときだというのにジョッキを高々と掲げて陽気に笑っている男たちがいた。 「おう!今日の主役がきたぞー!」 どこからともなく上がった野太い声に一斉に湧き上がる歓声。その声を受けながら、間を縫って船長さんのほうへ進んでいくイゾウさんのあとをついていく。 「おう!美頼。やっと来たかあ!」 船長さんは、大きな酒瓶を片手で軽々と持ち、その口に豪快に流し込んでいく。医療機器をその胸につけているというのに、はたしてそれは大丈夫なのか。 「おいおめえら!妹だ。こいつは、異世界から来たからこの世界のことを何も知らねえから、いろいろ教えてやれ」 さらっと言ってのける船長さんだが、みんな酔っぱらっているせいか船長さんの異世界発言を気に留める人は誰もいないようだった。 「おう、挨拶しろ」 「美頼です。よろしくおねがいします」 深々と頭を下げれば、それぞれが持っていたジョッキを掲げ新しい家族に乾杯と音頭を取った。 あれよあれよという間に、渡されるジョッキとなみなみ注がれた酒。からんでくるおじさんたちは、すでに何を言っているのかよくわからなかった。 というか、まだ日も高いうちからこんなに飲んだりして、海賊ってこんなにものんきなんだろうか。海賊と言えば、もちろん宴もイメージのうちだが、宝を探したり、戦ったりしているイメージが強かった。いや、でも某海賊映画ではこんなものだったかもしれない。 しかも、今気づいたのだが、かなり大きな船だ。これだけでかければ目立つだろうに。この皆ののんきさは余裕なのだろうか。 お前いくつだ、とかスリーサイズはなんていうセクハラまがいな質問もされつつ、いろいろな人と交流を持っていく。社会に入ってわかるが、こういう酒の席が一番親しみやすいのだ。こういうときに交流を持って、自分を知っていてもらうのが一番いい。 ということで、お酒を片手にお酌をして回った。こういう酌は女の特権だろう。 あらかた輪の中に紛れ込んでもみくちゃにされかけながら、最後に行きついたのは船長さんの周りで飲む隊長さんたちだった。 「おーっ!美頼!どこいってたんだよ!探してたんだぜー」 筋肉のついた太い腕を広げ、満面の笑みを浮かべ手を振っているのはエースさんだった。さすが隊長さんたちといったところか。それなりに飲んでいるはずなのに、ろれつが回らなくなっている人はいなかった。 「ずいぶんと回ってきたようだねえ?」 「はい。こういう席の方が親しみやすいですから」 「ハハハッ、しっかりしてるなー」 イゾウさんの問いに答えれば、サッチさんが大笑いしだす。そして、ぐしゃぐしゃと頭をかき回された。酔っ払いに何をいっても無駄だということはわかっているため、おとなしくされたままになっていると、ハルタさんとエースさんに頭がぐしゃぐしゃだと笑われた。 それにちょっと不貞腐れながら髪を手櫛で直す。 「グラララっ!どうだあ?やっていけそうか」 椅子にどっかり座って、おいしそうにお酒を飲んでいる船長さんの笑い声はどこまでも響く。 「はい。こんなににぎやかなのは久しぶりなので、楽しいです。みんな、いい人そうだし、何とかなりそうですね」 「そらあよかった」 「とりあえず、できることから頑張っていきます」 意気込んでそういえば、船長さんは、ふっと微笑むと私の頭をそっと撫でた。 そのあとは、隊長さんたちにもしっかりお酌させていただき、あれよあれよという間に私まで飲まされていった。 さすがに、頭がぼーっとしてきたところで、そっと端による。ぼーっと眺めていると、まるで夢の中にいるようだった。 ふわふわとした思考ではあまり考えられないが、隊長さんと船長さんはザルなのか結構飲んでいる。 ビスタさんはワインがとてもよく似合っていた。そして、彼はとても紳士だとしった。うん、見た目通りというかなんというか。いや、いろいろと特徴的ではあるのだけど、しゃべり方とかはとても紳士だ。 そして以外にもジョズさんがとても優しかった。不器用ではあるようだけど、その優しさがとてもうれしいものだった。 立っているのも疲れたので壁によりかかり座るととたんに襲ってくる眠気。太陽はいつのまにか沈んでいた。終わることのなさそうな宴会の喧騒に包まれながら、私は目を閉じる。 潮風が頬を撫でていく。嗅ぎなれなかった海の匂いはいつのまにか慣れてしまってもうわからなくなった。その代り、お酒の香りや、潮騒に交じって男たちの笑い声が響く。 船長さんも豪快に笑う。 それだけで、この船がとてもいい秩序があることがわかった。 うつらうつらしていると、誰かが話しかけてくる。しかし、もう応えられそうになかった。うなり声だけをなんとか発すると、もうそれ以上は意識を保てそうにない。 もういいや、と思ってその眠気に身をゆだねると同時に浮遊感を感じて少しだけ目を開ける。 薄桃色の布と、紫いろの襟が見てて、思わずそこに少し触れてみる。意外と堅いそれの感触。なんだか、とても暖かくてすり寄ってみると、上から何か声をかけられた。 しかし、その暖かさがさらに眠気を誘い、私はそのまま深い眠りに堕ちて行った。 |