ガチャッというドアを開く音がして、眠りから急激に引き戻される。うっすらと目を開ければ、目の前に誰かがいて、顔を覗き込んできているようだった。ゆっくりと覚醒していく頭。 焦点があってきた目には、茶色の髪が揺れているのが見える。 ああ、彼は… 「…おにい、ちゃん?」 「!!り、リイナ?」 酷く驚いたように目を見開く彼は、こちらに伸ばそうとしていた手を止めていた。目をごしごしとこすって、眠気を覚ます。時計を見ればまだ朝の4時だった。 「ん〜…、まだ、はやいよー…。まだ、ねれるじゃん」 「あ、アハハ、うん。ごめんね。リイナ。やっと仕事が一段落して帰ってこれたからさ、リイナの顔が見たくなったんだ」 彼は、嬉しそうに頬を緩めている。優しい瞳には、まだ眠そうな『リイナ』が映っていた。 「3日間、一人で、ここでさびしかったー…」 「うん。もう、こんなに空けることはないからさ。ほら、もう寝て?明日、ちゃんと話すよ」 「うう〜…、おやすみー?」 「おやすみ、リイナ」 彼は頭を撫でる。それにあわせてゆっくりと目を閉じていった。襲ってくる眠気に身をゆだねながら、これからの生活に不安を覚えて胸の奥がざわついた。 *** 「リイナ!」 慌てたように入ってきた綱吉をみて、リイナは首をかしげる。ちょうど顔を洗ってきたところだったのか、タオルを手に持っていた。 「んー?どうしたの?お兄ちゃん」 「よかった!昨日のは夢じゃなかったんだね。記憶が戻ったんだ!」 綱吉は、パアっと効果音がつきそうなほど顔をほころばせた。その様子をみながら、リイナは人差し指で頬をかき、少し視線をそらす。 「ハハ、まだ、全部が戻ったわけないんだー…。思い出そうとしたらね?思い出せないところがあって…。あたし、どうしちゃったのかなー」 「でも、俺のことは思い出せたんでしょ?」 「うん!だって、あたしのお兄ちゃんでしょ!」 そう言って『リイナ』特有の笑み、口角をめいっぱいあげて目じりを下げる笑い方をする。そうすれば、彼はその笑みを見てか、少し涙ぐんだ。 「でも、よかった。本当によかったよ」 「あ、皆元気にしてるの?お兄ちゃん」 今日は何を着ようか、とクローゼットの中を漁っていくリイナ。 「うん。元気だよ。今日は恭弥とリボーン以外いるから、会えるよ」 「恭弥君とリボーン君は、任務なの?」 「うん」 「…怪我してないといいなー」 これは、リイナが常日頃から思っていたことだ。皆大事だから、怪我なんてしないでほしい。守られるだけの存在だから、ここに帰ってきたら笑顔で迎えてあげるんだ。って日記に書いてあった。 「ほら、朝食の時間だ」 「うん。行こう?」 手を差し出す。そうすれば、彼は少し照れくさそうに手を握った。ビデオの中でもよく彼らは手を握って歩いていた。それはもうくせのようなもので、ヘタをすれば恋人同士にも見えた。 食堂の場所は知らないから、不自然じゃない程度に彼の後ろを歩く。この広い屋敷の配置を覚えるのは大変そうだけど、日記にも何回か迷って大変だったと書いてあったから、まあ、迷っても不自然じゃないだろう。 「きっと、皆驚く」 「フフフ、皆に会うの楽しみだな―!」 リイナが笑えば、彼も笑う。 そうこうしているうちに、談話室についたようで、彼がそこの扉を開けた。中にはこの屋敷にいる守護者全員がすでにいたようで、それぞれ定位置があるのか、すでに座っていた。 「皆。聞いてほしいんだ」 リイナは、彼の後ろに隠れるようにして立つ。ざわざわしていた声が綱吉の声で静まり返った。 「…なんだ?ツナ」 「ちょっと、サプライズ、かな?」 そういって、彼は後ろに隠していたリイナを前に出した。 リイナは、おずおずと綱吉の前にでて、彼らに目を向けた。えへへ、と笑みを漏らせば、全員が、その両目を見開いた。 「なっ!?」 「み、みんな…、ただい、ま?」 首を傾げ、小さく声を紡ぎ出す。 「「「「「リイナっ!?」」」」」 全員の声が重なった瞬間だった。その重なった声に、一歩後ずさって、後ろで笑いをこらえている綱吉に視線で助けを求める。 「クククッ、最高。その反応!」 「おいおい、なにがどうなってるんだ?」 「じゅ、十代目!?なぜ、リイナさんがここにっ!」 「極限、どうしたというのだ?」 「ゆ、ゆゆゆ幽霊〜!?」 「…………」 上から順番に、山本武、獄寺隼人、笹川了平、ランボ、六道骸。六道骸だけはリイナをじっと見据えたまま口を開かなかった。それぞれがそれぞれの反応をし終わってから、綱吉は漸く笑い終わり、目じりに溜まった涙を指で拭った。 「帰ってきたんだよ!リイナが!」 綱吉がそういうと、どこか居心地を悪そうにしていたリイナの肩を抱き寄せた。コテン、と首を傾けるリイナに、綱吉は笑みを深くする。 「えっとー…、心配かけてごめんなさい!ちょっと、記憶喪失?みたいな感じで…」 頬をかきながら明後日の方を見る。そんなリイナの姿に、さらに全員が息を詰まらせた。まさしく、それはリイナだったからだ。 「まだ、思い出せてない部分も多いんだけど、また、皆と一緒にいてもいい、かな?…この前みたいな迷惑はかけないようにする…。ダメ、かな?」 俯いた顔を少しだけあげて、皆を見る。首を傾げれば、武君が先に口を開いてくれた。 「な、何言ってんだよ!いいにきまってるだろ?な!」 「極限に当り前だ!お前は、俺達の仲間なんだからな!記憶なんて俺がすぐに取り戻してやるぞ!」 めらめらと燃えている了平君に対して、一歩後ろにあとずさる。熱い、相変わらず熱すぎる。でも、受け入れてくれたのが嬉しいのかリイナははにかんだ 「は、ハハ、あ、ありがとう。了平君」 「うむ。極限、何かあったら言うんだぞ」 ふんっ、と鼻息をあらくしている了平君に苦笑いを浮かべる。 「お、俺も、リイナさんの手伝いができるようにが、がんばります!」 「ありがとう。ランボ君」 「リイナさん!」 「は、はいっ!」 いきなり隼人君が目の前に来た。そして、リイナの手を握ったかと思うとガバッと頭を下げた。 「ご、ご無事で何よりです!」 「はははは、隼人君!?」 放っておけば土下座でもしそうな勢いの隼人君にリイナは慌てる。顔をあげさせようと近寄れば、いきなりガシッと両手を掴まれた。それに思わずヒイッと悲鳴をあげてしまったが、仕方ないだろう。 「俺は、俺はっ!」 「あ、あたしは大丈夫だよ?」 「隼人、何、リイナの手を握ってるの?」 「じゅ、十代目…」 ニッコリと真黒な頬笑みを浮かべる綱吉がリイナの後ろにいた。その笑みを見て、隼人君の顔が引きつったのは、言うまでもない。 というか、白かったんじゃないんですか?めちゃくちゃ黒いよ。お兄ちゃん。 「骸君?」 じっと私を見てくる骸君の方へ視線を向ける。 「あ、あの…、ムリ、かな?やっぱし、邪魔?」 「…………いえ。僕はこれから任務なので失礼します」 骸君は足早に部屋を出ていってしまった。その後ろ姿から目が離せなくなる。 「どうしたんだろ?骸の奴」 お兄ちゃんの呟きに、ようやく彼が出ていった扉から視線を逸らした。 「…お兄ちゃん、ちょっと疲れちゃったから、部屋に戻るねー」 手をひらひらと振って、リイナはすぐさまかけ出したい衝動を抑えながら、ゆっくりとドアへと向かって歩く。ようやくたどり着いたドアは、随分と長く感じる。 「じゃあ、またあとでね」 リイナはそれだけいって談話室を出た。扉が閉まったのを確認した私は、すぐさま走り出した。走って走って、たどり着いた部屋の扉を勢いよく開けると、中に入って、その扉に背をつける。 息が跳ねる。心臓も跳ねる。それ以上に心が荒れていた。 「骸、く…ん…」 結は逸る動機を抑えようと胸倉を手で鷲掴む。彼のあの目は、私を疑っていた。彼だけが私を最初っから疑ってかかっている。 心臓が跳ねていた。 他の人たちは、よくわからないけど、ここではリイナの居場所は与えられている。居場所は、与えられた。リイナであれば居場所が与えられるのだ。 「……ふっ…ふえ…」 溢れてくる涙は止めようがなかった。早く止めないと、心配して来るかもしれないお兄ちゃんに見つかってしまう。 そう思うのに、結は止めることができなかった。体も心も悲鳴を上げていた。これからずっとこのまま慣れていかなければいけない。いっそのこと、神様がいるなら本当にリイナにしてくれればよかったのだ。 「たすけ、て…。助けて…っ」 心が張り裂けそうなくらい痛かった。痛くて痛くて、何に助けを求めているのかが、わからないけど、口からただただ助けを求めている言葉が漏れている。 「助けて…、たすけ…っ」 帰りたい…。 その言葉は口からこぼれることはなかった。 |