07:And there is no sun

ガチャッというドアを開く音がして、眠りから急激に引き戻される。うっすらと目を開ければ、目の前に誰かがいて、顔を覗き込んできているようだった。ゆっくりと覚醒していく頭。


焦点があってきた目には、茶色の髪が揺れているのが見える。


ああ、彼は…


「…おにい、ちゃん?」


「!!り、リイナ?」


酷く驚いたように目を見開く彼は、こちらに伸ばそうとしていた手を止めていた。目をごしごしとこすって、眠気を覚ます。時計を見ればまだ朝の4時だった。


「ん〜…、まだ、はやいよー…。まだ、ねれるじゃん」


「あ、アハハ、うん。ごめんね。リイナ。やっと仕事が一段落して帰ってこれたからさ、リイナの顔が見たくなったんだ」


彼は、嬉しそうに頬を緩めている。優しい瞳には、まだ眠そうな『リイナ』が映っていた。


「3日間、一人で、ここでさびしかったー…」


「うん。もう、こんなに空けることはないからさ。ほら、もう寝て?明日、ちゃんと話すよ」


「うう〜…、おやすみー?」


「おやすみ、リイナ」


彼は頭を撫でる。それにあわせてゆっくりと目を閉じていった。襲ってくる眠気に身をゆだねながら、これからの生活に不安を覚えて胸の奥がざわついた。





***

「リイナ!」


慌てたように入ってきた綱吉をみて、リイナは首をかしげる。ちょうど顔を洗ってきたところだったのか、タオルを手に持っていた。


「んー?どうしたの?お兄ちゃん」


「よかった!昨日のは夢じゃなかったんだね。記憶が戻ったんだ!」


綱吉は、パアっと効果音がつきそうなほど顔をほころばせた。その様子をみながら、リイナは人差し指で頬をかき、少し視線をそらす。


「ハハ、まだ、全部が戻ったわけないんだー…。思い出そうとしたらね?思い出せないところがあって…。あたし、どうしちゃったのかなー」


「でも、俺のことは思い出せたんでしょ?」


「うん!だって、あたしのお兄ちゃんでしょ!」


そう言って『リイナ』特有の笑み、口角をめいっぱいあげて目じりを下げる笑い方をする。そうすれば、彼はその笑みを見てか、少し涙ぐんだ。


「でも、よかった。本当によかったよ」


「あ、皆元気にしてるの?お兄ちゃん」


今日は何を着ようか、とクローゼットの中を漁っていくリイナ。


「うん。元気だよ。今日は恭弥とリボーン以外いるから、会えるよ」


「恭弥君とリボーン君は、任務なの?」


「うん」


「…怪我してないといいなー」


これは、リイナが常日頃から思っていたことだ。皆大事だから、怪我なんてしないでほしい。守られるだけの存在だから、ここに帰ってきたら笑顔で迎えてあげるんだ。って日記に書いてあった。


「ほら、朝食の時間だ」


「うん。行こう?」


手を差し出す。そうすれば、彼は少し照れくさそうに手を握った。ビデオの中でもよく彼らは手を握って歩いていた。それはもうくせのようなもので、ヘタをすれば恋人同士にも見えた。


食堂の場所は知らないから、不自然じゃない程度に彼の後ろを歩く。この広い屋敷の配置を覚えるのは大変そうだけど、日記にも何回か迷って大変だったと書いてあったから、まあ、迷っても不自然じゃないだろう。


「きっと、皆驚く」


「フフフ、皆に会うの楽しみだな―!」


リイナが笑えば、彼も笑う。


そうこうしているうちに、談話室についたようで、彼がそこの扉を開けた。中にはこの屋敷にいる守護者全員がすでにいたようで、それぞれ定位置があるのか、すでに座っていた。


「皆。聞いてほしいんだ」


リイナは、彼の後ろに隠れるようにして立つ。ざわざわしていた声が綱吉の声で静まり返った。


「…なんだ?ツナ」


「ちょっと、サプライズ、かな?」


そういって、彼は後ろに隠していたリイナを前に出した。
リイナは、おずおずと綱吉の前にでて、彼らに目を向けた。えへへ、と笑みを漏らせば、全員が、その両目を見開いた。


「なっ!?」


「み、みんな…、ただい、ま?」


首を傾げ、小さく声を紡ぎ出す。


「「「「「リイナっ!?」」」」」


全員の声が重なった瞬間だった。その重なった声に、一歩後ずさって、後ろで笑いをこらえている綱吉に視線で助けを求める。


「クククッ、最高。その反応!」


「おいおい、なにがどうなってるんだ?」


「じゅ、十代目!?なぜ、リイナさんがここにっ!」


「極限、どうしたというのだ?」


「ゆ、ゆゆゆ幽霊〜!?」


「…………」


上から順番に、山本武、獄寺隼人、笹川了平、ランボ、六道骸。六道骸だけはリイナをじっと見据えたまま口を開かなかった。それぞれがそれぞれの反応をし終わってから、綱吉は漸く笑い終わり、目じりに溜まった涙を指で拭った。


「帰ってきたんだよ!リイナが!」


綱吉がそういうと、どこか居心地を悪そうにしていたリイナの肩を抱き寄せた。コテン、と首を傾けるリイナに、綱吉は笑みを深くする。


「えっとー…、心配かけてごめんなさい!ちょっと、記憶喪失?みたいな感じで…」


頬をかきながら明後日の方を見る。そんなリイナの姿に、さらに全員が息を詰まらせた。まさしく、それはリイナだったからだ。


「まだ、思い出せてない部分も多いんだけど、また、皆と一緒にいてもいい、かな?…この前みたいな迷惑はかけないようにする…。ダメ、かな?」


俯いた顔を少しだけあげて、皆を見る。首を傾げれば、武君が先に口を開いてくれた。


「な、何言ってんだよ!いいにきまってるだろ?な!」


「極限に当り前だ!お前は、俺達の仲間なんだからな!記憶なんて俺がすぐに取り戻してやるぞ!」


めらめらと燃えている了平君に対して、一歩後ろにあとずさる。熱い、相変わらず熱すぎる。でも、受け入れてくれたのが嬉しいのかリイナははにかんだ


「は、ハハ、あ、ありがとう。了平君」


「うむ。極限、何かあったら言うんだぞ」


ふんっ、と鼻息をあらくしている了平君に苦笑いを浮かべる。


「お、俺も、リイナさんの手伝いができるようにが、がんばります!」


「ありがとう。ランボ君」


「リイナさん!」


「は、はいっ!」


いきなり隼人君が目の前に来た。そして、リイナの手を握ったかと思うとガバッと頭を下げた。


「ご、ご無事で何よりです!」


「はははは、隼人君!?」


放っておけば土下座でもしそうな勢いの隼人君にリイナは慌てる。顔をあげさせようと近寄れば、いきなりガシッと両手を掴まれた。それに思わずヒイッと悲鳴をあげてしまったが、仕方ないだろう。


「俺は、俺はっ!」


「あ、あたしは大丈夫だよ?」


「隼人、何、リイナの手を握ってるの?」


「じゅ、十代目…」


ニッコリと真黒な頬笑みを浮かべる綱吉がリイナの後ろにいた。その笑みを見て、隼人君の顔が引きつったのは、言うまでもない。
というか、白かったんじゃないんですか?めちゃくちゃ黒いよ。お兄ちゃん。


「骸君?」


じっと私を見てくる骸君の方へ視線を向ける。


「あ、あの…、ムリ、かな?やっぱし、邪魔?」


「…………いえ。僕はこれから任務なので失礼します」


骸君は足早に部屋を出ていってしまった。その後ろ姿から目が離せなくなる。


「どうしたんだろ?骸の奴」


お兄ちゃんの呟きに、ようやく彼が出ていった扉から視線を逸らした。


「…お兄ちゃん、ちょっと疲れちゃったから、部屋に戻るねー」


手をひらひらと振って、リイナはすぐさまかけ出したい衝動を抑えながら、ゆっくりとドアへと向かって歩く。ようやくたどり着いたドアは、随分と長く感じる。


「じゃあ、またあとでね」


リイナはそれだけいって談話室を出た。扉が閉まったのを確認した私は、すぐさま走り出した。走って走って、たどり着いた部屋の扉を勢いよく開けると、中に入って、その扉に背をつける。
息が跳ねる。心臓も跳ねる。それ以上に心が荒れていた。


「骸、く…ん…」


結は逸る動機を抑えようと胸倉を手で鷲掴む。彼のあの目は、私を疑っていた。彼だけが私を最初っから疑ってかかっている。
心臓が跳ねていた。


他の人たちは、よくわからないけど、ここではリイナの居場所は与えられている。居場所は、与えられた。リイナであれば居場所が与えられるのだ。


「……ふっ…ふえ…」


溢れてくる涙は止めようがなかった。早く止めないと、心配して来るかもしれないお兄ちゃんに見つかってしまう。


そう思うのに、結は止めることができなかった。体も心も悲鳴を上げていた。これからずっとこのまま慣れていかなければいけない。いっそのこと、神様がいるなら本当にリイナにしてくれればよかったのだ。


「たすけ、て…。助けて…っ」


心が張り裂けそうなくらい痛かった。痛くて痛くて、何に助けを求めているのかが、わからないけど、口からただただ助けを求めている言葉が漏れている。


「助けて…、たすけ…っ」


帰りたい…。


その言葉は口からこぼれることはなかった。




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