05:There is no light in a room

ビデオを延々と見させられてから、3日がたった。耳についてしまった声達は、私の気を狂わせる。ベッドもここにある。食事も運ばれてくる。トイレも風呂もついているという、ホテルのようなありさま。


こんな状態で、外に出る理由を言えるはずもない。そして、あったとしても出してはくれないだろう。まさに籠の中の鳥だ。いや、鳥の方がましかもしれない。少なくとも、こんな音なんてものともしないだろうから。


部屋をノックする音が、かすかに聞こえてきた。でも、返事はしない。この部屋に来る人なんて一人しかいない。時計を見れば、12時を指していて、ああ、昼ごはんかと理解する。


運動もしていないから、たいしてお腹は空いていなかった。
ゆっくりと視線をドアに向ければ、ちょうど扉は開くところだった。


「やあ、リイナ。どう?」


首を横に振る。この行為も、すでに3日目だった。


彼、沢田綱吉が毎回ご飯を持ってくる。忙しいのでは?といったのだが、リイナに会いたいからいいんだ、の一点張り。リイナじゃないと言っても、まだ思い出してないんだね、と哀しい顔をされて流される。


結は彼から目をそらした。もう疲れ切っていた。抵抗する気もない。いくら叫んでも、いくらリイナじゃなくて結だといっても、聞いてくれないのだ。それすらも虚言だと言われてしまう。


どれだけ叫んでも、どうにもならなかった。


いっそ、リイナになってしまったほうが楽なのだろうか。解放されたかった。衰弱していくのは体か心か。抵抗する気もわかず、かといって、堕ちたしまうこともできず、この微妙な位置がとても苦しかった。


「そっか…。まだ、だめなんだ…。あ、今日は、リイナが好きだったオムライスだよ。さ!食べようか」


そう言って、机の上にオムライスを置く。結は、とくにこれが好きだという料理はあまりなかった。だから、オムライスも食べれないわけじゃないけど、だからといって特別に好きという訳でもない。ただ、食欲がわかなかった。


これは、『リイナが好きな食べ物』だ。


結は、彼から視線をそらして、膝に顔を埋める。何も見たくなかった。どれだけ、リイナであることを否定しようと、お前はリイナだと言い聞かされるのだ。そして早く思い出せと3日間、もう10年分ほどのビデオを見させられ続けている。


自分は結であってリイナではない。そう言い聞かせて続けていないと、自分を保って行けそうになかった。
一日中耳元で囁かれる声は、自分以外の何かにさせようとする。その声に身をゆだねてしまえば、もう私はきっと私ではいられなくなる。それが結にはどうしようもなくこわかった。


それに、これだけ、お前はリイナだと言い続けられると、本当はそうだったんじゃないか、と思えてしまう。そんなことはない、と必死に首を横に振るも、声を遮断することはできないし、映像も流れ続けてくる。気を抜けば、リイナのような話し方をしそうになってくる。


まるで洗脳だ、とぼんやりする頭で考えた。外界の情報は一切与えられず、ビデオによる情報だけを与えられる。それは、精神的にストレスとなって結を蝕んでいた。


「ほら、食べるよ。リイナ」


彼にリイナと呼ばれることも慣れてしまっている私がいる。リイナという言葉は自分に向けられたのだと、脳が認識し始めている。それは諦めにもにた感情だった。


結は、机の方へゆっくりと歩いて行き、スプーンを手に取った。


「いただきます」


オムライスを口に運ぶ。テレビから流れる映像は、リイナの高校生の卒業式になっていた。この映像は、リイナが生まれた時から始まっているもので、そのころは、小さな沢田綱吉と、まだ若い奈々さん。そしてその夫である家光も映っていた。


意外とダンディなんだ、この人が。そして、奈々さんはめちゃくちゃきれいだった。あんなお母さんがいればいいのに、なんて思ってしまうのは、洗脳でも何でもないだろう。


「リイナ。おいしい?」


答えずに、口にスプーンを運べば、彼は悲しそうに少し目を伏せる。その顔に罪悪感を覚える。庇護欲を煽るような人だ。顔は整っているから、きっとモテるのだろう。


「おいしい、ですよ」


答えれば、パアと顔が輝くのだから、やりきれない。


そのあとは始終無言のままだった。ただ、彼はビデオを見ながら、そのときの話をだれにするともなくポツリ、ポツリと呟いていた。


「あ、このとき、リイナがこけたんだよな。で、隼人が珍しく助けててさ…。あのときは、隼人が本気でリイナのこと好きなのかと思って、心配したんだよな〜…」


ちら、と見れば、草陰から映し出される映像には、ぎろりと獄寺隼人を睨んでいる沢田綱吉がいた。それに気付かないのかリイナはごめんごめんとあやまっている。彼女も、どこか天然気質があった。しかし、突っ込みをするところは兄譲りなのだろう。


視線を落す。


結は、彼の呟きを聞きながら、ゆっくりと眠りへと堕ちていった。夢であるなら早く覚めてくれればいい。この眠りから覚めても、どうせ終わらぬビデオを延々と見せられるのだ。そう思えば、いっそのこと死んでしまおうかとも思ってしまった。


もともと、結は生に執着している部分があった。だから、何があっても生きていようと最初は思っていたのだが、あまりにもつらかった。解放を願った。飛び降りてしまえば、心も何もかも楽になるのだろうか。そんなことを考える自分自身を、結は鼻で笑った。




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あきゅろす。
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