39:Upon ships across the seas

次の日、結がザンザスとともにボンゴレに向かう姿があった。


もともと、独りでいくつもりだった結だが、それを聞いた幹部が全力で止め、なおかつザンザスにそのことを知らせザンザスも同伴することになったのだ。


ザンザスが来ることになれば、乱闘騒ぎになりそうだと思ってザンザスには知らせずに行こうと思っていたのだが、まあ、ある意味よかったのかもしれない。と結は思うことにしていた。


「結」


不意にザンザスから名前を呼ばれ、窓の外に向けていた視線をザンザスに向ける。


「何?」


「……なんでもねえ」


ザンザスはそれっきり言うつもりもないのか黙ってしまった。だから、結もそれっきり黙り、再び窓の外に視線を向けた。


ボンゴレにつけば、使用人に迎えられ、談話室まで連れられた。結はなんだか不思議な気持ちだった。ずっとリイナとして過ごしてきた屋敷だ。それが今は結として談話室に向かっている。


談話室までいき、使用人は頭を下げて離れていった。入る前に一度深呼吸をする。意を決して扉に手をかけた。ゆっくりと押し開く扉。その中には、談話室があるはずだ。皆でいろんな昔話をしたあの場所。押し開いた扉の向こうには、リボーンも含め勢ぞろいしていた。


「結ちゃん…」


立ちあがった綱吉は眉尻を下げ、結たちを出迎えた。結は一度ザンザスの方を振り返り紅蓮の瞳と目を合わせる。それだけで了承したザンザスは、結の腰にまわしていた手を離し、扉の横の壁に寄りかかった。
それを確認してから、結は綱吉のもとによどみない足取りで歩んでいく。


その姿は、今までリイナとして過ごしてきた彼女の姿の片りんもなかった。それに対して、顔には出さないものの、守護者は全員驚いていた。こうまで、雰囲気が違うのかと。
この雰囲気だったならば、きっと初めて会ったときでもリイナでないと受け入れられただろうに、と目を伏せた。


綱吉の前で足を止めた結。守護者は全員事の成り行きをただ黙って見守っていた。
全員の心の中には、きっと恨んでいるだろうという思いがあった。それは当然だろうと思っていることだし、それでよかった。それぐらい、酷いことをしてきたのだ。


「結ちゃん」


沈黙が重く立ち込めるなか、最初に口を開いたのは綱吉だった。その声はどこか情けなく、瞳はわずかに揺らいでいる。


「結ちゃん…、どれだけあやまっても、赦されることじゃないと思ってる。赦してもらえるとも、思ってない…。でも…。俺、酷いことをしたと思ってる…だから、その…」


「綱吉さん」


ゆっくり紡いでいく綱吉の言葉を結は遮った。その声は、ボンゴレの者の誰もが聞いたことの無い声音だった。本来のものであるのだが、リイナのときはどこかキーが高めだった。
落ちついている声音と、ピンと背筋を伸ばし、綱吉の前にたつ彼女の姿は、ザンザス以外の全員の目に大人びて見えた。


「謝らなくていいです」


その言葉を聞き、当り前だ、と思った。あやまっても仕方ないのだ。あやまってすむことでもないのだ。綱吉はそう考え、目を伏せた。苦しげな綱吉の表情を見て、結は苦笑をもらした。


「私たち、出会い方が間違ってたんだと思うんです」


「え?」


苦笑気味に紡がれた言葉に綱吉は目を瞬かせる。他のものも、結の言う意味がわからず首を傾げた。


「だから、出会いからまたはじめましょう」


そういって、結はゆっくりと手を綱吉の方にさしだした。白く細い指はすらりと伸びている。それが綱吉の方にまっすぐに差し出されていた。


「はじめまして。私の名前は結です」


そういって、おかしそうにほほ笑んだ結は、リイナとはまったくの別人だった。
綱吉は、ああ、この子は赦してくれるのだと思った。全てなかったことにして、最初からやり直そうとしている。


綱吉は情けなさを痛感すると同時に、この子が来た子でよかったと思った。そして、綱吉もゆっくりと手を差し出して結の細くすべらかな手を握った。


「…はじめ、まして。俺は沢田綱吉です」


「これから、よろしくお願いします。沢田さん」


微笑んだ結の顔に綱吉は目の奥から熱いものがこみあげてくるのを感じた。そしてたまらず結と繋がっている手を引き自分の胸に抱き寄せた。
突然のことで身をこわばらせた結だが、耳元で聞こえる、嗚咽をかみ殺す音に、体の力を抜きされるがままになった。


「ごめっ…、ありが、と…。ありがとう…っ!」


ぽたぽたと堕ちていく雫は、守護者たちにも見えたが、皆目をそらし見ないふりをした。今目の前にいるのはドン・ボンゴレではなく、沢田綱吉なのだ。
しかし、その状況をよしとしなかった男が一人いた。


「てめえ…」


低く唸る声に結は素早く反応して、ザンザスの方を見ようとするが、そっちの方の肩にちょうど綱吉の顔がうまっているので見えなかった。


「あ、あのっ!」


結が離れた方がいいと声をかけようとするの、一歩遅く、既にザンザスは動き出していた。守護者が反応する前にザンザスは二人のもとに近寄り、ザンザスの拳が綱吉めがけて繰り出された。


結が、え、と思った時には素早く綱吉が離れ、しかも死ぬ気モードになっていた。ザンザスは、綱吉から離れた結を抱き寄せ、綱吉に向けて威嚇するように鋭い睨みを向ける。


「こいつに触れんじゃねえ」


その素早い動きと、綱吉に繰り出した拳とは違い、優しい手つきで結を抱き寄せるその姿に、他全員がわずかに目を見開いた。
その姿だけでも、ザンザスが結を大事にしていると言うことがありありと分かる。


「おい、ツナ。やりあうなら外でやれ。屋敷を壊すんじゃねえぞ」


「ああ、わかってる」


短く答えた綱吉は、死ぬ気モードになったまま炎で飛び、ガラスを突き破り外に飛び出した。ザンザスも、それを追うように結から手を離し、割れた窓から飛び出していく。
言っておくが、ここは2階だ。普通の人間ならもちろんあぶないではすまないのだが、出ていったのはあの二人なので、誰も気に留めなかった。
外で、ザンザスが銃をブッ放つ音が聞こえる。


残された者たちは、微妙な雰囲気になる中で苦笑をこぼした。


「…あのザンザスが溺愛か」


そうつぶやいたのはリボーンだった。その言葉に、少し恥ずかしくなる。


「一つ、聞いてもいいですか?」


椅子に座ったまま、腕を組み難しい顔をしている骸が、ゆっくりと口を開いた。


「どうして、あれだけ、リイナの記憶も持っていたんですか?僕とのことも知っていたでしょう?ビデオを見せられていたのは知っていますが、それには撮られていなかったはずです」


「…確かに、ビデオにはありませんでした。でも、彼女は日記をつけていたんです。毎日事細かに…。その中で知った出来事も多いです」


リイナの部屋に会った膨大な量の日記は、10年分ほどあった。めぼしいところだけを呼んだから、全てを見たわけではないが、あの日記のおかげで、ここまでできたのだ。


「その日記の中で、リイナさんは、こう書いてました。“マフィアになったらこれからたくさんつらいことを経験していくと思う。そうなったとき、もしかしたら笑えなくなるかもしれない。だから、笑い方を忘れないように、あたしが何があっても笑っていよう。それが、戦えないあたしが皆を守る術だと思う”」


それは、彼女の決意だった。リイナがマフィアになる兄についていくと決めた日にかかれた日記。
その言葉は、誰にも告げられることはなかったが、全員がどこかで分かっていることだった。実際に救われていたのだ。リイナの笑顔に。地獄のような場所から帰って来た時、初めて人を殺した時、死にそうな恐怖の淵に立たされたとき。
光を与えたのは全てリイナだった。
リイナがいたから、全員が壊れることなく今まですごしてこれたのだ。


しんみりとした空気をぶち壊すように窓の外で発砲音と爆音が聞こえてきた。結が窓に近寄り見てみると、綺麗だったはずの庭は酷いことになっていた。木々は倒され、地面にはクレーターができている。


「ったく。屋敷を壊すなと言ったはずなんだがな…。あとでネッチョリだな」


リボーンが呆れたように、どこか諦めのまじった声音で呟いた。しょうがない。それほど酷いのだ。そしてその被害はどんどん大きくなる。ただ、ザンザスも手加減しているのか、屋敷に結がいるからか、屋敷に被害が被ることはなかった。そのかわりに庭は大惨事となっているのだが。


「私、止めてきますね」


そろそろ、いいだろう、と結が出口の方へ歩いていくと、それを獄寺が引き留めた。もちろん、あぶないからなのだが、その心配は無用だと言うように結は微笑んだ。


「ふふっ、大丈夫です。それでは、みなさん、今までお世話になりました」


皆に頭を下げ、結は扉を出ていった。守護者はただそれを見送るばかりだった。不思議な少女だった。あんなにもリイナのように明るい雰囲気を出していたと言うのに、本当の彼女はリイナのような人物とは正反対だった。


結は急いで屋敷から出ると、上空で激しく戦っているザンザスに向かって、声をかけた。普通なら聞こえることの無い距離にいるのだが、そこは暗殺部隊のボスだ。素早く反応したザンザスが、最後に一発綱吉に蹴りを入れて引きはがした後、素早く結のもとに降り立った。


「あぶねえだろ」


素早く二丁拳銃を腰のホルスターにしまい、結の背に腕を回す。怪我はないかと確認され、それにうなずけばほっと安堵の息を漏らした。


「もうそろそろ帰ろう?ザンザス」


「ああ」


上空で待機していた綱吉は、その様子をみて漸く終わったかと溜息をついた。
ザンザスは、キスを一つおくると、控えてあった車に乗り込み、すぐにボンゴレを去っていった。


台風のようだと思った。そしてその目の中心にいるのはあの少女なのだ。それが嬉しいようで、どこか複雑な気持ちがあった。もう重ねる気はないが、リイナと顔はそっくりなのだ。


「あの子が、幸せになりますように…」


綱吉は人知れず祈った。


「十代目―!」


しんみりとした空気は、すぐに隼人の声にかき消され、思わず苦笑する。ゆっくりと降りて行き、きっとリボーンが庭の惨状をみて怒っているだろうから、どうやってなだめようかと思いながら、綱吉は戻っていった。




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あきゅろす。
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