03:And words fail me

珍しく目覚まし時計も何もなく、目が覚めた。目を開ければそこには、知らない天井。知らない部屋。まだしっかりと働かない頭が状況を理解しきれずに混乱する。


「……どこ?」


呟いてみれば、ゆっくりと思い出される昨日のこと。昨日は、いきなりこの部屋に来てリイナさんという人に間違われたんだっけ。で、ソファーで寝た、と。


部屋を見渡せば、誰も寝ていないベッドがなんだか物悲しかった。この部屋の主は帰ってきていないらしい。とりあえず、体を起こせば、ポキポキとなる背骨。ふかふかなソファーではあるが、寝るように創られていないため、体の節々がいたい。


結はあくびを一つして、起き上がる。当り前ながら、昨日から着替えをしていないし、現状は何も変わっていない。着替えはないためそのまま、洗面所に向かって勝手ながら顔を洗わせてもらう。


窓の外を見れば、どうやらついさっき太陽が顔をだしたようで、だいぶ低い位置にあった。


「朝日なんて、何年ぶりに見たんだろ…」


さっぱりしたところで、部屋にあるテラスから外に出てみれば、太陽が外国の街並みを柔らかく照らしている。
その光景は、テレビや写真でしか見たことの無いもので、結にとってここが自分のいた場所とは“別の場所”だと言うことを示していた。


とりあえず、再び部屋の中を見て回る。何か手掛かりがほしかった。たとえば、ここの場所でもいい。彼らの名前でもいい。知らないより、断然いい。そう思って探すのだが、結自身出てくるとは思っていなかった。だめでもともと、何かしていないと落ちつかないのだ。


部屋を見て回れば、棚に置いてある大量のノート。その一つを手にとってみれば、随分出されていなかったのか、うっすらと埃をかぶっていた。
そのノートの表紙には、ネームペンで『沢田リイナ』と書かれている。結はその女の子らしい丸い字を指先でなぞる。沢田リイナ。昨日の男性が言っていた名前と同じだった。


結と顔がうり二つの女性。そして、昨日の人の言葉から察するに、このリイナさんは家出かなにかでいなくなっているらしい。そして、彼はそれをものすごく心配していた、と。
で、突然現れたうり二つの結を、言葉も何も聞かずに自己完結させて勘違いされたわけだ。


こう説明すれば、なんだかみじめになってくる。結はそのみじめさを吐き出すように溜息をついた。


ふと、そのノートの後ろにプリクラがはってあるのを見つけた。


そのプリクラには、あの男性に酷似した、あの人より幼い男の子と、今より大分幼い自分と同じ顔。
それは、きっと、あの男性とリイナさんだ。そのプリクラには、『ツナ&リイナ、仲良し兄弟』と書かれている。この二人は、どうやら兄弟のようだ。ということは、あの男性は沢田ツナ、というのだろうか。


沢田ツナ、と言えば、思い出すのは某家庭教師漫画のダメ主人公沢田綱吉を思い出す。ツナとはかれのあだ名だったはずだ。


「まさか本人だったりして…」


呟いた声は意外と大きかったらしく部屋に響く。呟いてから、その可能性を考えてみたが、馬鹿らしくなってきて、笑いがこみあげてきた。そんなことあるはずないのだ、というよりあってはならない。


もし仮に、彼が沢田綱吉と言う名前で、唯たんに漫画と同姓同名だと言うのなら、とても面白いと思うのだが、そうじゃなくて、もしここがその漫画の世界だとでも言うのなら、笑い事じゃすまなかった。


つまりそれは、異次元に来ていると言うことになってしまうのだ。トリップということもあるらしいが、もともとそんなことはあまり信じていなかった。


もちろん、マンガの世界ならおもしろいだろうと考えたことはあるが、だからといって、もしそこに行ってしまえば、間違いなく即死だろう。少年漫画ならとくにだ。あんな、命がいくつあってもありえないような場所には居たくない。


「はあ、疲れてるのかな?こんな馬鹿なこと考えるなんて」


首をさすりながら、少し頭をひねる。


そうこうしていると、いきなりドアをノックする音が聞こえてきて、ビクッと体が跳ねた。ここは結の部屋ではなくリイナの部屋だ。よって、結が返事をするのはどこかおかしい気がして、はい、と応えようとした言葉を押しとどめた。しかし、この部屋にいるのは結だけなのだ。


どうしようかと迷っていると、しびれを切らしたのか、扉の向こうから声がかかった。


「入るよ?」


男性の声。そしてドアノブが回る。その様子をただ黙って見つめていた。


「あ、なんだ。起きてるんじゃん」


「あ、えっと…おはようございます」


「おはよう。リイナ」


入ってきたのは、昨日の男性だった。そして、未だにリイナと信じて疑わないらしい。そろそろちゃんと訂正しないと、彼のためにもならないだろう、と考える。


「あの、」


「何?」


「大変、言いにくいんですが、」


「そんなにもかしこまっちゃってどうしたの?」


「私、リイナって名前じゃありません。私の名前は結です。海凪 結」


そう言った途端に、彼の目は陰った。あ、悲しませてしまったとは思ったものの、どうにもできない。これは事実なのだから。といっても、もっと早くにちゃんと否定しておくべきだったのだろうけど。


「あの、昨日のうちに言えなくてすいませんでした…」


しかし、彼は何も言わない。痛いほどの沈黙が部屋を満たす。


「あの、ついでに、ここ、どこだか教えていただけませんか?なんだか、知らないうちにここに来てしまっていたみたいで…」


「……………」


「あの?」


「ねえ、」


「は、はい…」


「本当に、覚えてないの?」


「は、はい?」


「俺の名前も知らない?」


「え、いや、あの…」


「君の、兄の名前」


結は、兄なんていませんと口を開きかけた時、その言葉を遮るように彼が先に言葉を発した。


「沢田綱吉」


さわだ…、つなよし?それは、同姓同名?さっき、思い出した名前だから、すぐに当てはまってしまっただけ?そうだよね。同一人物な訳ないよね。


ぐるぐる回る疑問。そして、ガンガンと頭に鳴り響く警報。


「並盛で生まれて、今はボンゴレファミリーの10代目だよ覚えてない?ボスになるとき、リイナ言ったんだよ?これからは、何があっても味方にいるから。絶対にって」


結は目を見張った。彼の口から紡がれる言葉は、先ほど考えた内容と一致している。つまり、これはトリップだというのだ。あの漫画の世界に迷い込んでしまったのだと。これが新手のドッキリとか言うのなら、とんだブラックジョークだ。


「覚えてるんだね!?」


結がうろたえたことに敏感に気付いた綱吉は結の肩をガッシリと掴む。嬉々として、さらに言葉を紡いでいく綱吉は、今の結にとって恐怖でしかなかった。


「俺達は、武や隼人、リボーンに骸と恭弥、それにランボや了平さん。彼らと一緒にここで頑張ってきたんだ!思い出して!リイナ!」


息を詰まらせた。必死の形相の彼は、目の前にいる人物がリイナだと信じて疑わない。


「っ!私、は、私は結です!リイナじゃありません!」


「でも、俺達のことを知ってるんだろう!?さっき反応したのがその証拠だ!きっと、記憶を失っていて、俺達の事をわすれてるだけなんだ。そうだろ!?」


「違うっ!私は、リイナさんじゃ無くて、結です!私に兄はいません!ボンゴレだって知りません!他の守護者だって、知りません!」


結は大声をあげて、彼の手を振り払おうとする。しかし、彼は結の肩をがっしりと掴んだままだ動きを止めた。そして、希望にらんらんと顔を輝かせた。


次に紡がれる言葉におびえながら、結は待つしかできなかった。


「守護者、っていったよね?」


「え?」


「俺は、さっきまで守護者だなんて一言もいってない。ほら!リイナは、心の奥で覚えてるんだ!」


「そ、それはっ!」


私の世界ではあなたたちは漫画だったから!でも、その言葉を口に出すのはためらってしまった。そんなことを言って、脳に問題があるとか思われてしまっても厄介なのだ。


「思い出して!リイナ。ここは、君の家で君の部屋で、俺達はずっと一緒だったじゃないか!」


彼の瞳は、必死だった。その目は、結をだまそうとしたりしているわけじゃない。真剣そのもの。そして、爛々と光っている。その瞳に、結は息をのんだ。言葉が口をついて出てこなくなった。


私はリイナじゃ無いって言わなきゃいけない。それなのに、言葉が出てこない。彼の雰囲気に完全に呑まれてしまったようだ。


「ああっ。大丈夫だよ。リイナ。すぐに思い出せるようにしてあげる。俺が絶対に記憶を取り戻してあげるからね」


「わたし、は…」


「きっと、リイナはあのファミリーにつかまったときに記憶をなくすと同時に違う人の記憶を植え付けられたんだ。そうに違いない」


きっぱりと言ってのける彼。その言葉に、私は頭が混乱しそうだった。
しっかりと今まで生きた記憶があるのに、彼は、その記憶が偽物だと言っているのだ。


「違う!そんなんじゃない!私は結です!」


なんとか反論しなければならなかった。このまま流されては、自我も何もあったものじゃない。


「うん。大丈夫だよ。すぐに、取り戻してあげるから。今はしばらくここで待っててね」


「でも、あのっ!」


「ここから出てはだめだからね?」


彼はそういうと、部屋を出ていってしまった。声は届かないまま。久しぶりに大声をだしたから、痛む喉を押さえながら、がくっとひざを折る。
どうして、彼は分かってくれないの?なぜ、こんなことになっている?それに、本当にここは某マフィア漫画の世界なの?ああ、本当に意味がわからない。


全て夢だったならどれだけよかっただろう。


私は、その場にうずくまると、深く息を吐き出した。




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