36:Exist no more

ボンゴレで生活し始めて4日がたったころ。結はリイナとして暮らしていた。まわりも、彼女をリイナと呼び、普段通りに接した。


そんな中で綱吉だけは結を避けていた。それも当り前だろう。しかし、あからさま過ぎていた。それに結が気づかないわけもなく、


そのことにいち早く気付いたリボーンは、綱吉を咎めるために彼の執務室へと足を運んでいた。机の上にある書類はいっこうに減る様子を見せない。
最初は普通に接していたはずの綱吉が、いつのまにか執務室に入り浸るようになっていた。


「ツナ。あからさま過ぎるぞ」


「…何が」


「アイツを、さけているだろう」


「…それを言うなら、リボーンもだろ?リイナとも結とも呼ばずにアイツとかお前って呼んでる」


自嘲するような笑みを向けられ、リボーンは押し黙った。確かにその通りだった。リボーンも自覚はしていた。態度はどうにかできても名前を呼ぶことはできなかった。
彼女を再びリイナと呼べば、今度こそ錯覚に陥りそうだったのだ。


それほど、今の彼女はリイナににていた。以前は目立っていた結の癖もなくなり、出てきたのはリイナの癖。
行動全体が幼くなるのは、持っている記憶の問題だろう。


「なんで、こうなったんだろう…」


椅子に深く腰掛けた綱吉は、そのまま天井を仰ぐ。そして顔を片手で覆った。


「結ちゃんが、リイナになっちゃうなんて…」


「仕方ねえぞ。なっちまったもんはなっちまったんだ」


ああ、限界かとリボーンはどこか他人事のように綱吉を見ていた。限界が来たのだ。まだ完全にリイナの死にたいしての悲しみを受け入れたわけじゃないのに、目の前にリイナそっくりの女がいるのだ。
精神的にやられているのだろう。


「あまり、自分をせめすぎんじゃねえぞ。今回のことは、ボンゴレ全体の罪だ」


「だからってっ!俺は、初めて会った時、あの子は言ってたんだ!自分の名前を!俺がリイナだっていっても、必死で否定していたのに、俺はそれを聞かずにっ!」


「落ちつけツナ」


机に勢いよく手をつき立ち上がる綱吉。その振動で、机の上にあった書類が何枚か床に落ちた。


「俺も、分かってたんだ…。超直感で、違うって、分かってたんだ…。なのに、押しつけて、洗脳して、リイナがいてくれればそれでよかった。よかったんだ…。あの子もお兄ちゃんって呼んでくれて、またもとのような日々が送れて…っ」


「だが、あいつはリイナじゃねえ」


「そう、なんだ。違ったんだ。ふと見せるとき、ふとしたしぐさ。何もかもがリイナとは違った。でも見ないふりをしてきた。そうしたらずっとこのままだと思ってた!」


綱吉の声が部屋に反響する。それがおさまると、綱吉は、ガタッ、と腰を下ろした。後ろに下がった椅子は、すぐ真後ろにあった窓にこつんと当たる。


「今も、どう接すればいいのかわからないんだ。性格も、顔も全てリイナと同じだ。違う子なのに、同じなんだ…。かぶって見えてしまう。わかってるのに。俺、このままでもいいかなって思ってしまってる」


「ツナ」


それは誰もが思っていたことだった。いっそ、このまま本当になにも思い出さずにリイナとして生きてくれればいい。そうして新しい思い出を今からたくさん作っていけばいい。これからそうなるはずだったのだから。


「でも、あの子は結ちゃんだ!リイナは死んだ!わかってるんだ!それでも、それでも、俺は」


悲痛なほどの叫び声だった。リボーンは思わず帽子のつばを下げた。握りこんだ手から赤い滴が滴り落ちる。


「俺はっ!」


そこまで声をあげたとき、綱吉は何かに気づいたように扉に駆け寄った。そして、勢いよく扉をあけると、そこには談話室かどこかにいるだろうと思っていた結がたっていた。


急に開いたからか、驚いたように目を見開いている結。いつから、いつからいたのだろう。聞かれていたのか?その疑問がよぎったとき、結が視線を泳がせた。


「あ、…あたし…、私…」


側頭部に手をやり、混乱している結を見て、綱吉はもしかしてとおもった。


「…思い、出した?」


その言葉にはじかれたように顔をあげた結。見開かれた瞳には、情けない顔をした綱吉が映っていた。結は一歩後ずさる。
それに、気づいたら手を伸ばしていた。頬に触れようとしたとき、リボーンが綱吉を呼んだ。それにピタッととまる手。
その隙に、結は走り出していた。


綱吉は走っていく後ろ姿を呆然と立ち尽くしたまま見つめていた。


抱きしめてしまいたかった。リイナに生きていてほしかった。ずっと傍にいてほしかった。走っていく後ろ姿はリイナに酷似しているのに、違う人で。
結はここにいてはいけない。
ここは彼女のいるべき場所じゃ無い。
わかっていても引き留めたかった。
きっと優しい彼女のことだ。また縋れば無理をしてでもリイナを通すのだろう。全て思い出しても思いだしていないふりをして。


綱吉はその場にずるずると座り込んだ。


「ツナ」


「……り、いな…。リイナ、リイナ、リイナ!」


いない、いない、どこにもこの部屋にも屋敷のどこにも、もういないのだ。


リボーンは静かに部屋を立ち去った。執務室の中には綱吉の嗚咽だけが響いていた。
風に吹かれ、翻されたカーテンは、執務机の上にある写真立てを撫でる。
その写真には幸せそうに笑うリイナと綱吉の姿があった。




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あきゅろす。
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