35:ThatI knows

ザンザスと綱吉以外、全員が談話室に戻ってきていた。綱吉がザンザスと二人で話したいから、と追い出したのだ。ヴァリアーの者たちは残ると言って聞かなかったが、ザンザスのひと言で追い出された。


「十代目…」


「なあ、スクアーロ。結…だっけ?こっちに来た時、リイナって名乗らなかったのかよ。お前らだってリイナの顔しってたんだろ?」


机に頬杖をつきながら、武は目の前に座るスクアーロに問いかけた。隼人はさっきから落ちつかず入口付近をうろいろとしている


「顔は知らねえぞお。てめえらが頑なに会わそうとしなかったからなあ。だが…、俺たちの時は始めから本名で名乗ってたぜえ。まあ、当り前だなあ。結はザンザスの女として紹介されたんだから」


「ザンザスの!?」


「ししし、溺愛だぜ?ボス」


「そうですねー。あの暴君だとは思えないほどに」


「おい、ザンザスの野郎、リイナのこと嫌ってただろ。なのになんであいつは平気なんだよ」


てめえらもだ。と隼人がベルを睨みつける。


「ししし、お前そんなこともわかんねえの?」


「ああ!?なんだと!」


「雰囲気が違うんだって。別に、顔なんてどうでもいいし」


「確かに、結の雰囲気っていいですよねー。あー、納得」


「何一人で納得してんだよ」


「ミーもずっと、なんでこんな居心地いいんだろーなーとか思ってたんですよー。それがやっとわかりましたー。ありがとーございます。堕王子」


「てんめっ!感謝してねえだろ!それ」


「感謝してますよー。一応」


「カッチーン。やっぱお前殺す」


「う゛お゛おぉい!てめえら!大人しくしねえかあ!」


「んもう、いつまでたっても子供よねえ。こんなときまで喧嘩できるなんて」


そのあと、騒がしくなるヴァリアーの連中を見て、こいつらはいつまでたっても変わらないと思う二人だった。





そのころ、結の寝かされている病室では、ポツリぽつりとザンザスと綱吉が話をしていた。そのどれもは結のことで、結が異世界から来たことや、その世界にはこの世界の漫画があること。だから自分たちの過去をしっていることなどを話していた。


ザンザスにしては珍しく、全てを話していた。綱吉はそれを聞き、ようやく頭の中の整理もでき始めたため受け入れることができるようになっていた。ただ、心を占める深い悲しみはぬぐい去ることはできないけれど。
そして、目が覚めたら謝ろうと決めていた。
許してもらうことはできないかもしれないけれど、それでも謝ろうと。


「…ん」


二人の声ではない声が漏れ、それにいち早く反応したザンザスが結の傍に近寄った。


「結」


ゆっくりと開かれる瞼。もしかしたら目覚めないかもしれないと思っていたため、その安堵は大きかった。


しかりと目が会った瞬間、結の目に困惑が映る。それを見てとって、何事かと問いかけようとしたとき、それより先に結が口を開いた。


「…誰?」


「……何、いってやがる」


信じられなかった。しかし、結の目に嘘をついているような感じはなかった。ザンザスの頭に記憶喪失という言葉が浮かぶ。


「おい、ザンザス?結ちゃん、どうかしたのか?」


「あれ?お兄ちゃん?」


その言葉にザンザスは顔を歪めた。なぜ、まだ兄と呼ぶのか。それ以前に自分のことは忘れているくせになぜ綱吉のことは覚えているのか。


「え?結ちゃん、もう、俺全部ザンザスから聞いたから。許してくれ、なんて言わないけど…、でも謝らせて」


「…?お兄ちゃん何言ってるの?」


困惑の色は濃くなる。予想外の結の反応に綱吉も面食らった。


「お兄ちゃん、あたしどうしたんだっけ?というか、このお兄さん、お兄ちゃんの知り合い?」


「何、言ってるの、結ちゃん。もう、いいんだ。もう、リイナにならなくていいんだよ」


綱吉が勤めて柔らかい声音で結を諭すも、困惑は色濃くなるだけだった。


「結って誰?あたしはリイナだよ」


それを聞いた瞬間、綱吉の頭には最悪な事態がよぎった。超直感のせいかもしれないが、事態が急激に飲みこめたのだ。


「ざけんな。結」


ザンザスの地を這うような低い声が結に聞こえ、ビクッと肩を震わせる。ザンザスは結の顎を指で上に向けさせ、その瞳を覗き込んだ。


「い、いやっ!」


「俺はカスの妹なんざに興味ねえ。戻ってこねえなら、テメエも裏切りとみなすぞ」


手を必死に伸ばし、目をつむりその視界に頑なにいれようとしない彼女の姿を見て、ザンザスは悲痛に顔を歪めた。
自分が愛したはずの結は目の前にいるのに、視線すら会わせられない。それがつらかった。


また裏切られるのか。お前まで裏切るのか。その言葉はザンザスの口からこぼれることはなかった。しかし、胸中を占めるのは煮え滾(たぎ)るような憎しみではなく、突き刺すような痛みだけだった。


「な、何言ってるの!?お兄ちゃん!お兄ちゃん!助けて!」


「ざ、ザンザス!とりあえず離さないと…」


「チッ、……ざけんな」


絞り出すように漏れた言葉。ザンザスは完全にリイナとなってしまった目の前の人物を見て、顔を歪めたあと、すぐに立ち去ってしまった。


「とりあえず、覚えてること、一つ一つ聞かせて?どこから記憶がある?」


ゆっくりした口調で、落ちつかせるように結の頭を撫でる。嬉しそうに笑う表情は、リイナの物で、わかっていてもつらかった。また縋りそうになる。彼女がリイナなんじゃないかと思ってしまう。


綱吉はポーカーフェイスを保ちながら、結から一つ一つ聞いていった。


全て聞き終わった後、結を連れ出し談話室に向かった。皆にこの状況を説明するために。


談話室を開けると、全員がいっせいに振り返った。そして、後ろにいる結を見て、それぞれ安堵のため息を漏らす。


「入って」


「う、うん…」


「ししし、ようやくお目覚めかよ」


「まあ、元気そうだしよかったですねー」


「お、お兄ちゃん?この人たち、誰?」


結のその言葉に全員が固まった。そして説明を求めるように綱吉の方に視線をやる。それに綱吉は苦笑した。


「いまから、わけを話すから」


「あっ!隼人君!武君!なんだか久しぶりだねー!」


「あ、ああ…」


二人は顔を見合わせ、再び結を見た。その様子に首をかしげるリイナ。


「つーか、王子たち無視してこいつらの方行くとか、結、どうしたわけ?」


「え、えっと…、人違い、じゃないですか?あたし結じゃないです。リイナです」


おずおずとベルに言葉を返す結。ベルが再び何か言い返す前に綱吉が遮った。


「リイナ。ちょっと厨房にいって人数分のお茶、お願いしてもいい?」


「?うん。わかったー!」


元気よくかけていく結が出ていったのをしっかりと見届けてから全員に向き直った。その場所にザンザスの姿はない。


「…どういうことですかー?今のって、完璧結が演技してる時のじゃないですかー」


「…結ちゃんは、頭を打ったショックで結であった記憶を無くしている。そして、その頭に残った記憶はリイナのものだ」


「は?いみわかんねー」


「つまり、結ちゃんは、リイナになってしまっているんだ。だから、ザンザスのことも、ヴァリアーのことも知らない」


「記憶喪失、って奴ですかー」


「ああ。それで、とりあえず一度俺たちのもとで預かろうと思う」


「う゛お゛おぉい…、それをボスさんが許すと思ってんのかあ?」


「結ちゃん、ザンザスを見て、開口一番に誰って聞いてるんだ。それでザンザス、リイナには興味ない。戻らないなら裏切りとみなすって言って出て行っちゃった」


苦笑する綱吉に、ヴァリアーの面子はボスのことを思った。あれだけ溺愛していたのに、一番心配していたはずなのに、やっと起きたと思ったら、やっと全て片付いたと思ったら、次は忘れられているのだ。


裏切りは、ザンザスが一番嫌いとしていることだ。9代目の事件は既に両者の中で折り合いはついているものの、あのときの憤怒は忘れていない。


「お茶もらってきたよー」


「ありがとう」


「あ、ねえねえ!リボーン君たちも元気?皆怪我してない?今日屋敷に帰れるんでしょう?」


「うん…、帰ろうか」


その言葉を合図に綱吉と隼人、武は立ち上がる。全員がなんとも言えない表情だったが、誰も引き留める者はいなかった。


「つまんねー」


「え?」


呟かれた言葉に、リイナは振り返った。その声を発したのは、前髪で目が完全に隠れてしまっている男の人だった。


「…ま、綱吉の妹には俺もキョーミないし。でも、結、さっさと戻ってこないとボスだって愛想つかすぜ?」


ベルは、椅子に座り机に足をつきながら、後頭部で腕を組んでいた。結はベルの言葉に首をかしげる。


「ボスって、お兄ちゃん?」


「ハッ、ちげーし。ボスはヴァリアーのボス」


「……その人と、あたしは何か関係があるの?あたしは何かを忘れてるの?」


「あーうぜ。さっさと行けば?綱吉の妹にはキョーミないっていったじゃん」


ベルは不機嫌そうに口をへの字に曲げる。そして、なおも動こうとしない結を見て、しびれを切らしたのか、結の横を通り過ぎて出て行ってしまった。


「…あの人、なんのこと言ってたの?」


「今は、気にしなくてもいいよ。リイナ宛てじゃないから」


綱吉は、それだけいうと、結の手を取り歩き出した。その後を隼人と武は追う。結はベルの言っている意味を考えていた。




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