34:The seas

部屋に来たザンザスは、ソファーにそっと結をおろすとその反対側のソファーにどかっと腰を下ろした。


綱吉はザンザスがソファーに寝かせたことを驚いていた。ザンザスはリイナを嫌っているはずだった。ザンザスだけじゃ無い。ヴァリアーの者のほとんどは嫌っていた。


「ザンザス…。説明してほしい」


その言葉に、ザンザスは先ほど結にしたのとまったく同じ言葉を言った。途中で口を挟もうとする綱吉を目だけで制し、全て話し終えたときには部屋に沈黙が降りていた。


「……そんな…、嘘だ」


「嘘じゃねえ」


まだ否定するか。と呆れるザンザス。
ただ認めるのが嫌で駄々をこねている子供だ。


「嘘だ!だって、リイナはここにいるじゃないか!」


「そいつはリイナじゃねえ。結だ」


「ザンザスも見ただろ!?生活してきただろう!?リイナと!この子がリイナじゃないっていうなら、刺客だとでも言うのか!?」


「俺が共に生活してきたのは海凪結だけだ。カスの妹なんざに興味ねえと、以前言わなかったか?」


「なっ!」


目を見開く綱吉を鼻で笑う。そのとき、結がわずかに身じろぎゆっくりと目を開けた。


「リイナ!」


「あ…、さ…、お、兄ちゃん……」


「よかった。痛いところはない?」


「う…ん」


「どうした?」


結はあくまでもいつもどおりに接する綱吉を見て、まだ話していないのかとザンザスに視線を向けた。しかし、それを遮るように綱吉が結の前に出る。
助けをもとめようとした結の視線は遮られ、綱吉によってザンザスじたいも隠されてしまった。


そして、そのまましっかりと両肩を掴まれ、目線を会わされる。そのまっすぐな瞳は目をそらすことを許さない。


「リイナは、リイナだよな?ザンザスが変なこと言うんだ。リイナはリイナじゃないって。そんなことないよな?」


「え……」


「リイナ!そんなことないって言ってくれ!」


悲痛な叫び声だった。結は、この人のこんなにも弱っているところをみたことがなかった。
どこか狂気じみているところはあったが、それでも、その目に強さを宿していた。それが、今は揺らいでしまっている。


ああ、ダメだ。この人にはリイナが必要なのだ。と漠然と思った。


「リイナ!」


綱吉が結を呼ぶ。リイナ、リイナ、と妹の名前を結に向かって呼ぶ。気持ち悪かった。逃げ出したかった。助けてほしかった。
この場所に、彼の前に居たくなかった。


「ちが…う…」


気づいたら、綱吉の手を振り切り部屋を飛び出していた。頭の中がぐるぐると回り上手くはしれているのかもよくわからない。それでも結は足を動かし続けた。


「違う、違う、違う!私はリイナじゃ無い!リイナじゃない!」


頭の中で綱吉の呼ぶ声がこだまする。


「違う!違う!」


耳を塞いでも頭の中に響く声は止められない。


「あ、結様っ!」


誰かの高い声が聞こえた。視界の隅に驚愕の色に染まったメイドの顔が見えた。体は浮き、すぐに叩きつけられる。段差に肩をぶつけ、その勢いで転がり落ちた。


痛みに呻きながらゆっくりと目を開けると、霞む視界の中でああ、階段から落ちたのか。とどこか冷静に理解した。
誰かが叫ぶ。ばたばたと音がする。そして綱吉がかけよってきた。結の体を抱き起こし、必死に妹の名前を呼ぶ。


その必死な様子を見ていると、ふいにリイナの日記の一ページを思い出した。めずらしくその日あった出来事ではなく、兄に対しての想いがつづられていた。



お兄ちゃんは、強いけど弱い人だから、ずっとあたしたちが傍にいてあげなきゃ。
なにがあっても、あたしだけはお兄ちゃんの傍から離れないで、ずっと支えてあげなきゃ。
そうでないと、お兄ちゃんは崩れてしまう人だから。
だから、あたしは絶対にお兄ちゃんの味方でいるんだ。
お兄ちゃんは大空で、大空は周りに人がいないとそこに存在する意味がないんだよ。守る相手がいなきゃ、力は発揮されない。
だから、あたしはずっとお兄ちゃんの傍にいるね。
何があっても、
ずっと一緒だよ。



「リイナっ!リイナっ!」


「おに、ちゃん」


声を絞り出す。全身が痛かった。目の前で、涙を目に浮かべているのは、兄だ。あんなにも絶対に傍にいようと誓った兄。彼らは命をかけて戦うから、その命に安らぎを与えようと己の命に誓った。


「リイナ!」


ゆるゆると手を伸ばす。綱吉の頬にリイナの手が触れた。


「泣かないで、あたしは、絶対に傍にいるから。お兄ちゃんの隣にいるから、ね?」


「リイナ!」


「約束、したもんね…。ずっと…、一緒だよ」


綱吉の頬から、するりと手が滑り落ちた。閉じていく目を見て、言い知れない恐怖が綱吉を襲う。


「どけっ!」


後ろから走ってきたザンザスが、呆然としている綱吉の体を押しどける。首に指を当て脈をたしかめると、弱々しくだがまだ脈打っている。


ザンザスはそのまま細い体を抱えがえると救護室へと急いだ。何事かと幹部たちも集まったが、ザンザスの腕に抱えられてぐったりしている結を見て息を詰める。頭からぽたぽたと堕ちていく血は見慣れているはずなのに、酷い不快感が皆を襲っていた。


救護室で、処置が行われている間に、事態を聞きつけた隼人と武が綱吉のもとに駆け寄った。


「二人とも…」


「十代目。それで、アイツの容態は…」


首を横に振る。手術中を示す赤いランプはまだ消えていなかった。


「おい!どうして、リイナがこんなことになってんだよ!」


隼人は、近くの壁に寄りかかっていたスクアーロを問い詰めた。


「…言ったはずだあ。あいつはリイナじゃねえ。沢田リイナはすでに死んでいる」


「じゃあ、アイツは誰だっつーんだよ!」


「お前らも気づいてるはずだあ!いつまでも目をそむけてんじゃねえ!あいつは、結だあ!」


その名前を聞いた瞬間、二人は目を見開いた。あの少女を綱吉が初めて連れてきたとき、自分はリイナじゃないといっていた。そのときに口走っていた名前だった。忘れていたわけじゃない。忘れようとしていただけ。


「結…、それって…」


「ああ、リイナが、戻ってきたときに口走っていた名前なのな」


「だからリイナじゃねえって。その結ってのがあいつの本当の名前なんだっつーの」


ベルの表情にいつもの笑みは浮かんでいない。他の連中も、一様に心配そうにしていた。


「……じゃあ…、なんで最初に言ってくれなかったんだよ。最初から、リイナのフリなんてしなければ…」


綱吉が呆然と口を開いた。


それを聞いて初めてザンザスが口を開く。


「ハッ、責任転嫁とは言い身分だな。…信じなかったのはてめえらだろうが」


ザンザスの言葉に綱吉たちは押し黙る。思い当たる節が多々あるのだ。


「だいたい、なりきるっつっても、癖なんかはそう簡単に抜けねえ。それも見抜いたうえで、あいつにカスの影を重ねてみてたんだろうが」


その言葉に、彼らは苦虫をかみつぶしたような顔をした。図星だったのだ。目をそらし続けてきた。最初は本当にリイナだと思っていたし、思っていないやつらも、同じ行動をされて信じたくなった。
ただ、ふとした時にずれるのだ。
癖が、行動が、言動が、笑い方が、同じなはずなのにどこか違う。その違和感が全員の胸の中に確かにあった。


ただ、それを認めてしまうにはリイナの存在は大きすぎた。なくすわけにはいかなかった。リイナは、どの守護者でもなかったが、守護者と大空を繋ぐ線だった。絆だった。
無くしてしまった後の崩壊を恐れたのだ。だから、あの雲雀やリボーン、骸までもが、リイナとして結を扱った。


それが、どんなに結という一人の女に負担をかけていたかも知らずに。


「てめえらは真実から目を背け続けてきたんだ。アイツを犠牲にして」


ザンザスが言い終わると、静寂があたりを包んだ。重苦しい雰囲気の中、赤いランプが消え、医師が一人出てきた。その手術着には赤い血が点々とついている。


「…手術は成功しました。命に別状はありません」


その言葉に、全員の肩の力が抜けた。だが、しかし、と続けられる医師の言葉に、全員が息を飲む。


「頭部を強打しています。いつ目覚めるかはわかりません。ザンザス様。医務室へお運びしますがよろしいですね」


「ああ」


ザンザスの了承を得、医師は結を医務室へと運びこんだ。




35/42ページ


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!