ザンザスのもとに一つの情報が舞い降りた。それはザンザスがひそかにスクアーロに探らせていたもので、ようやく探し当てたらしい。 それについての書類を流し読みしながら、ザンザスは談話室で話しに花を咲かせているであろう結を思い、わずかに眉をしかめさせた。 そのあと、ザンザスは談話室に来ていた。 扉を開ければ結がソファーに座りながらベルとフラン、それからルッスーリアと楽しそうにおしゃべりしている。それを入口に立ったまま眺めていると、まず先にベルが気がついて、それを結に伝え、結がパアっと顔を明るくさせ駆け寄ってきた。 「どうしたの?休憩?」 「いや」 「?…長期任務?」 「ちげえ」 なかなか、用件を言わないザンザスに首をかしげる。ふだんなら、用もないのに談話室に来たりしないし、結を探してだったとしても、いつもなら結をかっさらうようにして部屋に戻ってしまうからだ。 「どうしたの?」 「……出かける準備をしろ」 「出かける、準備?」 「今すぐだ。終わったら玄関に来い」 「?わかった」 結とて、わけがわからなかったが、何かあるのだろうと頷くだけにとどめた。ザンザスは話すべき時に話す。今言わないと言うとことは、言えないということなのだろうと結なりに解釈していた。 その場で一度ザンザスと別れ、部屋に戻る。といっても、どういった場所にいくのかもわからないから、何を持っていけばいいかもわからない。適当に必需品だけを詰め、軽く化粧もしてから待っているであろうザンザスのもとに向かった。 玄関へ行けば、車が止めてあり、その車に寄りかかるようにして腕を組み目を閉じているザンザスがいた。近寄ると目を開けて、助手席にのるように促される。 ザンザスが運転なんて珍しいと思ったが、促されるままに助手席に乗り込んだ。 車内を静寂がつつむ。少し居心地が悪く感じながらも、運転するザンザスをちらっと見た。迷うことなく進んでいく車はどこに向かっているのやら。 「ここだ」 しばらく車を走らせ続け、徐にとまった場所に結は驚いた。ザンザスが先に降り、ドアを開けてくれるが、中々出ることができない。なぜならそこは墓地だったからだ。 「降りろ」 短い言葉に、結は漸く頭を働かせ始め、ぎこちない動きで車から降りる。なぜ、こんなところに来るのか。ザンザスが墓参りに来たとでもいうのだろうか。そんなものこそ、この男には無縁だろうと結は思っていたのだ。 迷うことなく墓地に入り、進んでいくザンザス。肩に腕をまわされているせいで、逃げることはできない。逃げるつもりもないのだが、墓地に来る理由がわからなくて不安になってザンザスを見上げた。しかし、彼は前を向いたまま進み続ける。 そして、徐に足をとめ、一つのお墓の前に立った。 日本とは違い、白い石で造られた石碑。それに名前と何か言葉と、生まれた年、亡くなった年が書かれている。他にはその人物の写真をはめ込んでいるのもあった。さまざまな形はあるようだが、ザンザスが立ち止まった石碑は、いたってシンプルで、他の物に比べて小さいように見えた。 「読めるか?」 ザンザスを見上げれば、顎でこの墓だと示される。再びお墓に視線を戻し、棺に刻まれている人物の名前を見た。 『RINA SAWADA』 「リイ、ナ…サワダ…」 沢田リイナ。 よく知っている人物の名前だった。すとん、と堕ちた腰をかろうじて足で支え、その文字に指を伸ばす。 冷たい感触が指から体全体に侵食していく。 「スクアーロに調べさせていた」 唐突にザンザスは口を開き、わけを話し始める。結は、棺に刻まれている文字をゆっくり、ゆっくりと指でその文字を確かめるように辿っていた。 「沢田リイナの行方。そして、昨日見つけたらしい。沢田リイナは、あるマフィアに拉致されていた。しかし、隙を見て逃げ出したらしい。負傷して意識が朦朧としているところをある老夫婦が助けた」 「じゃ、じゃあ、なんで死んで」 「回復する前に息絶えた。その助けた奴らも、ボンゴレの者だとは思わなかったらしい。身元不明だが、墓だけは用意してやったというわけだ」 「そんな…」 結には、言い知れないショックがあった。なぜ自分がこんなにもショックを受けているのかよくわからなかった。 きっと、近くなりすぎたのだ。日記に触れ、ビデオで過去を見、話しを聞いて、リイナになりきってきた。その本物のリイナは、今目の前にある白い棺の中に眠っているのだ。 それも、敵から命からがら逃げてきて。 「ザンザス、このことは…」 「カス鮫が沢田達に言いに行った」 「そ、だよね」 頭がぐらぐらする。上手く思考が働かない。このことを知った彼らは私をどう思うだろうか。リイナの死を受け止めるのだろうか。皆が皆、目をそむけてきたリイナの死を。 「ごめ……なさい」 ぽつりとこぼれた言葉は謝罪だった。蹲るように座り込んでいる結の後ろ姿をザンザスはただ黙って見つめる。 小さな背中だった。 先に結をリイナの墓に連れてきたのは覚悟を決めさせるためだった。リイナであることに執着があることも知っていた。それは居場所を確保すると言う意味においてもそうだが、それ以上に優しさを知りすぎていた。 いつしか、結は結として彼らと友達になりたいと思っていた。そのことにうすうす勘付いていたからこそ、気にいらないが、結をここに連れてきたのだ。 「結」 「ごめん、なさい。ごめんなさい。ごめん…」 紡がれる言葉は謝罪ばかりだった。そればかりを繰り返す結は、酷く弱く見えた。弱い。簡単にマフィアの闇にひねりつぶされてしまいそうだった。 「…もう、大丈夫。行こう?」 暫らくして立ちあがった結の目には赤みがさしていたが、その顔に涙はなかった。もしかしたら、強いのかもしれないとザンザスは思う。いや、強くも弱くもあるのだ。だからこそ、脆く頑丈だ。 屋敷に帰るまでの道も、どちらとも何も話さなかった。ただ、行きのような気まずさはなくなっていた。 屋敷に帰りつくと、玄関から出てきたのは予想外の人物だった。 「ザンザス!どういうことだよ!」 屋敷に足を踏み入れたとたん、綱吉の声が響く。そして掴みかかるような勢いでザンザスのもとに迫った。その後ろから慌てたようにスクアーロが駆け寄ってきた。 「カス鮫」 「う゛お゛おぉい!俺はちゃんと報告しにいっただけだぞお!こいつが勝手にお前に会うって上がり込んできたんだあ!」 「チッ、来い。説明してやる」 「リイナの墓が見つかったって!リイナはここにいるじゃないか!」 ザンザスの隣で縮こまっていた結の肩をがしっと掴み、綱吉はまくしたてる。 「あ、……あ、あ…」 目の前にいる綱吉に気が動転したらしい結。ザンザスは面倒になったのか、結の首に手刀を喰らわせた。崩れる結の体を、目の前にいた綱吉ではなくザンザスが支え抱きあげる。 「ザンザス!?何してるんだよ!」 「うっせえ。知りたいならついてこい。こいつのこともそのときに話してやる」 その言葉と、これ以上わめくならカッ消すとでもいうような睨みに綱吉は喉元までせりあがった言葉をぐっと飲み込んだ。 それを見て、ザンザスは足を進める。 「う゛お゛おぉい…。何も気絶させることはなかったんじゃないかあ?」 ザンザスのすぐ後ろについてくるスクアーロがザンザスの腕のなかで気を失っている結を心配そうに見つめる。 「カスが。こうでもしなかったら、こいつは混乱して何を言い出すかわからねえ」 「そうかもしれねえがなあ…」 「てめえらもしばらく近寄るな。邪魔だ」 「う゛お゛おおぉい、それはねえんじゃねえかあ?」 「カッ消されてえか」 「チッ」 ザンザスに、睨まれその場で足を止めるスクアーロ。スクアーロは、眉をしかめザンザスとその後ろをついていく綱吉を見送った後、様子が気になって集まっているだろう幹部たちのもとに踵を返した。 |