32:I'll sail with you

ザンザスが執務室で書類整理をしているということで、邪魔をしないために談話室に行っていた結は、そろそろ休憩を淹れてもいいんじゃないかと思い、お茶の準備を持ち執務室に訪れていた。


そっと扉をあけて中をのぞくと、いつも座っているはずの椅子にザンザスの姿はない。不思議に思い、そっと中にはいると、見つけた。


大きな窓の傍にその人はいた。ちょうど窓から差し込んでいる日差しのところに、ベスターが眠っている。そしてそれに寄りかかるようにザンザスが眠っていた。
その光景だけを見ればとても暗殺部隊のボスであるとは見えない。


その光景にほほえましく思いながらも、持ってきたお茶を机にそっと置き、近寄った。


深く眠りについているのか、近寄っても起きないザンザス。


普段、相手がだれであろうと部屋に入ってきた時点で不機嫌そうに起き上がるのだが、その相手が今回は結だったため、体が無意識のうちに警戒を解いていたのだ。


結はその光景をみて、物音をたてないように注意を払いながらタオルケットを取ってきて、彼にかけようと近寄った。


ベスターは耳がピクと動きわずかに目だけ開けた。だから、ベスターの頭を撫でてやれば尻尾がゆらゆらと揺れる。ベスターの毛は太陽の光を浴びて温かかった。
寄りかかって眠るザンザスにタオルケットをかけて、ふと、その大きな手に目が行きついた。そっとザンザスの隣に座り、同じようにベスターによりかかる。


「大丈夫?」


小声でベスターに聞けば、答えるようにぐるぐると喉を鳴らされた。お礼代わりに頭を撫でる。


それから隣で眠るザンザスに近寄り、無防備に投げ出されている手に自身の手を潜り込ませた。
普段、あまりでかけることも無いからか、手をつなぐことはあまりない。部屋にいるときは、抱っこされているか、ザンザスの手が腰に回っているかなどなのだ。


ひそかに手をつないでみたいと思っていた結は漸くつなげた手を、堪能するように、もう片方の手をザンザスの手の甲に重ねた。
女のそれとはまったく異なる感触にどこか気恥ずかしくなりながらも、ザンザスの肩に頭を預ける。


もうちょっと堪能してから、談話室に戻ろうと思いつつ、だんだん陽光の温かさに眠気をさそわれ、いつの間にかその場で眠ってしまっていた。





ザンザスは、隣で何かが動いた気がして、ゆっくりと目をあけた。どうやら眠ってしまっていたらしいと、目を瞬かせ窓の外に視線を走らせる。窓から差し込む太陽は、あまり位置を変えておらず、時間があまりたっていないことを知らせる。まだ眠気は覚めないが、書類をさっさと終わらせて結を呼び戻したかった。


「……ん」


横から洩れた声に驚き、横を見れば、いつのまに入ってきたのか結が己の肩に寄りかかって眠っていた。そして、これもまたいつの間にかザンザスだけにタオルケットがかけられている。


普段寝ていても人の気配に敏感なザンザスは、結に気付かなかったことに少し驚いたが、別段気にすることはなかった。


ふと、手に違和感を感じてタオルケットをどけてみると、結の手がザンザスの手を包み込むようにして握られている。
己の手よりずっと小さく、少し力を入れれば握りつぶしてしまいそうな手。そういえば、手をつなぐのはあまりしなかったとそこで初めてザンザスは気付いた。


普段、腰に腕を回したりして体を密着させているから、とくに気にしていなかったのだ。


だが、たまにはこんなのもいいかもしれない、と思った。


ふっ、と笑みをこぼし、ザンザスは結の手から少し手を放すと、今度は指と指を絡めるようにつなぎかえると、結と同じように、己の手の上に重なる手に、反対の手を重ねる。


結局つないだ手に二人して手を重ねている状態になった。その様子をベスターは片目を開けてみていたが、再び、寄り添うようにして目を閉じた主を見て、ベスターも目を閉じた。





(…オカマ、何してんの?)
(しーっ!ちょっと、見てみて!)
(?…!!ししし)
(…先輩達怪しいですよー?そんなとこにいたらボスのコオオが飛んできますー)
(ししし、フランも見てみろって)
(!あー…これはまた)
(おもしれえだろ?)
(ほのぼのよねえ!)
(ぬっ、貴様らボスのへ―――モガッ)
(うっせえんだよ。おきんだろ!)
(何を言って…。ハッ!ボスが、ボスがお昼寝…っ!)
(…ミー、今完全に引きましたー)
(俺も)
(気持ち悪いわねえ)
(つーか、カス鮫は?)
(あの先輩が来たら確実に起きちゃいますよねー)


「う゛お゛お゛おぉい!」


どたどたとかけてくるスクアーロ。時すでに遅かったか、と頭を抱えるレヴィ以外の一同。しかしそんなこと知る由もないスクアーロは足音をならせてザンザスの部屋の扉を勢いよく開けた。その周りにいた者たちももちろん一目散に逃げている。


「ザンザ―――」


しかし、扉を開けきる前に、憤怒の炎が飛んできた。慌てて、しゃがんだスクアーロ。その真上を通過したものにさすがに冷や汗を流す。


「う゛お゛おぉ―――モガッ!」


「おほほ、スクちゃん、ちょーっと空気読みましょうか!ということで、さっさと行くわよー」


「ししし、カス鮫先輩って本当にKYだよな」


「ぬっ、けーわいとは何だ」


「空気読めない奴の略。そんなことも知らねえのかよ」


「まあおっさんに若者用語なんて使えないでしょうけどねー」


「何っ!つ、使えるに決まっているだろう!スクアーロはけーわいだ!」


「ひらがなにしてる時点でアウトですよー。というか、もう大分それも疎遠になってきてますよねー」


「ししし、だな」


「なっ!」


落ち込むレヴィを誰も顧みることなく進んでいく一同。


一方スクアーロによって眠りを妨げられたザンザスとベスターはいらだたしげに扉を睨んでいたが、全員が去ったとわかると結の方を向いた。あれだけの大音量だったにもかかわらず、なお眠り続けている結に、若干安堵しつつ、一人と一匹は再び目を閉じ、この穏やかな雰囲気を堪能するのだった。




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あきゅろす。
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