「結?」 結の白い手がザンザスのコートを握っていた。しかし、名前を呼ぶとパッと手を放し、曖昧に笑って見せる。 「な、なんでもないよ」 ザンザスは、じっと結を見た後、そうかと呟いて再び踵を返した。とたん、後ろからか細く名残惜しげに声が漏れたのを聞き、口角をあげる。 踏み出そうとした足を元に戻し、ゆっくりと結の方を振り返った。若干うるんでいるように見える瞳が見上げてくる。 「どうした」 低く、問い返すと、結は視線を泳がせた後首を横に振った。 「…なんでもない。着替えなきゃ、いけないんでしょ?大丈夫だよ」 「寂しいか?」 「なっ」 図星をつかれたからか、熱以外で結の顔が熱を持つ。それを暗がりの中見てとって、ザンザスはふ、と息をこぼすように笑みを漏らした。 そして、身を屈めると結の頬に口づけを落とす。 「―――〜っ、も、寂しくない、から!」 「そうか」 ゆっくりと離れていくザンザスは、結から目をそらさない。結は、離れていくザンザスを名残惜しげに見つめていた。 それをみて、口元を緩める。 素直になれないところも、自分に迷惑をかけまいと必死に気丈にふるまっているところも、全て愛しく思うのだ。それと同時に、悪戯心も芽生えてくる。スクアーロ曰くドがつくほどのサディストなのだ。 それも、愛しい女が自分を引き留めたくてそれを我慢しているなど知れれば、その悪戯心も止められないというもの。 「寂しいなら寂しいって言え」 「そんなこと、ないもん」 「強情だな」 「ザンザスほどじゃないよ」 なおも言い返してくる結。 しょうがないかと溜息をついたザンザスは徐に上着を脱ぎ捨て、その下のカッターシャツも脱ぎ始めた。 「なっ、ちょ、ザンザス!?」 それには慌てた結がわずかに上半身を起こさせるが、完全に起き上がる前に上半身裸となったザンザスが結の体をベッドに沈める。 暗闇に慣れてきた結の目に、はっきりとザンザスの体が浮かび上がっていた。9代目の零地点突破によってつけられた傷は、筋肉がつき引きしまった体をより屈強なものに見せる。 鍛え上げられた肉体はしなやかに、結の上に覆いかぶさってきた。 「ちょ、ザンザス!」 慌てて結は手をザンザスの胸に当て押し返すが、そこは暗殺者と一般人。それ以前に男と女の力の差もあり、ピクリともしない。 「別にシねえよ」 お望みなら、シテもいいが?と耳元で妖艶に囁かれ、その声に結は背筋にゾクゾクとしたものが駆け抜けるのを感じて慌てていらない!と首を横にふる。 「なんで、脱ぐの!」 「あのままじゃ硝煙の臭いが移るだろ」 そういいながら、ザンザスは布団をまくりあげ、結の横にもぐりこんだ。ふだんは隠れている男の胸板が目の前に来て結はさらに顔に熱を集めていく。 「赤いな。熱があがったか?」 「ザンザスのせいだよ」 既に布団の中に入ってしまったせいか、半ばやけになってきた結は、ザンザスの胸板をそのザンザスにとっては小さな手でたたく。もちろんそんなの痛くもかゆくもないのだが、可愛い抵抗であるには違いない。 「ハッ、そうかよ」 「もう…」 ザンザスはそのまま結の頭を少し持ち上げさせてその下に腕を差し込んだ。所謂腕枕だ。肘を曲げ、背中を撫でるザンザス。その手にくすぐったそうに結が身をよじらせた。 その結の唇にソレを重ねる。ついばむようにキスをして、少し開いた唇から舌を差し込んだ。わずかに声をもらす結を無視して結の舌をからめ取っていく。 「ん…、あ、ざ、ザンザス、風邪うつっちゃうよ」 「そんな柔じゃねえ」 鼻先が触れそうな距離に赤い瞳がある。それがとても優しく細まったのをみて結は嬉しくなった。 「ふふ、そっか」 「もう寝ろ。明日は一日傍にいてやる」 ザンザスの太い指が結の細い髪を梳いていく。さらさら流れるその感触を堪能しながら、さらに結を引き寄せた。 結ももう抵抗することはなく、ザンザスの胸板に耳を押しあて、彼の心音を聞く。とくん、とくんと一定のリズムで聞こえるそれに、酷く安心感を覚えた。その音が子守唄がわりとなって結の眠気を誘う。 「Buona notte」 耳に低く聞こえた声は、なんといったのか、それすらもう考えることのできなくなった結は、眠気に促されるまま目を閉じるのだった。 |