29:That I never have seen or experienced

「結」


背後で低く響いた声に、その場にいた3人は一斉に振り返った。そこには商談をしているはずのザンザスがいた。


「ザンザス」


その場を立ちあがった結。しかし、しっかりと立つ前に何かに押されて後ろに倒れそうになった。


「ザンザス様っ!」


慌てて体勢を立て直すと、ザンザスに駆け寄るあの女が見えた。スクアーロが大丈夫かあ?と心配してくれたが、それに返事を返すことができない。


「怖かったっ!」


ザンザスの腕に抱きつくアーシアを見て、そのとき初めて結の表情がゆがんだ。それを女は見て取って口角をあげる。


「離せ」


「ザンザス様っ!この女が私に刃物を突き立てて来たんです!」


甘えるようにぎゅうぎゅうとしがみつくアーシア。ザンザスはその女を引っぺがすと大股で結のもとに歩み寄る。アーシアはこれであの女はいなくなるとほくそ笑んでいた。


「結」


「ザンザス…」


「濡れてるな」


手が伸ばされ、それが顔のよこにある髪を耳にかけさせる。


「ん、平気」


「怪我は」


「ないよ」


ザンザスは、その言葉を聞いても一応目視で確かめた。しかし本当に濡れている以外の被害はないらしい。
ただ、夏の薄着に加え、濡れているせいで体にピッチリと洋服が張り付いてしまっている。これをカス鮫が見たかと思うと腹立たしかった。ザンザスは、普段肩にかけているコートを結の肩にかける。


それを見てアーシアは目を見張った。なぜ!と叫び出すもそんな声無いかのようにザンザスはスクアーロを呼ぶ。


「商談は終わった。そいつらはもう用済みだ」


「…いいのかあ?上がうるさいぜえ?同盟じゃ無いとはいえ、これから結ぼうってんだろお?」


「知るか。こいつに手を出した。理由はそれだけで十分だ。それに…、どうせこいつらの手を借りるつもりなんざもとからねえよ」


「ハッ、そりゃそうだよなあ!」


「ししし、それ、王子も行っていい?」


どこにいたのか、突然現れたベルは、スクアーロの隣にズボンに手を突っ込んで立っていた。それをチラッと見てから、結を抱える。


「…好きにしろ」


「ちょ、ザンザス!歩けるよ」


「大人しくしてろ」


ザンザスがテラスを出るのと同時に漸く追いついてきたジョバンニ達が走ってきた。そして、呆然と突っ立っている娘と、その娘の腕から流れている血を見て、ジョバンニは顔を真っ赤にさせながらザンザスを呼びとめた。


「さっきといい、娘といい!どうなってもいいんだな!」


逆上の仕方は親直伝だったか。とスクアーロは鼻で笑う。


「ねえ、ボス。こいつらヤッちゃって良いんだよね」


「ざけんな。後始末が面倒だ」


「チッ」


その会話を聞いて、今何が話されているのか理解した彼らは、多勢に無勢だと言うことで転げるように逃げ帰っていった。


ザンザスは、結を抱えたままスクアーロとベルに視線をやる。二人は無言でうなずいたかと思うと逃げていった彼らを追いかけた。


ザンザスなりの気づかいだったのだ。ここで結に残虐な行為を見せたくないという。だからこそベルを止めた。内心、結をこんな風に扱われたことに腹を立てているのだが。


ザンザスは無言のまま部屋まで歩いていく。その間、結はザンザスの肩に顔を埋め、微動だにしなかった。


部屋につき、結をベッドに降ろそうとするが、結は離れない。


「結。着替えろ」


「もう渇いた」


「…嘘つけ」


「嘘じゃないもん」


頑なに離れようとしない結を見て、ザンザスは短く息を吐き出すと、自分がベッドに座り、その膝に結を横抱きにしてのせた。


「何をされた」


「何も」


「嘘つけ」


「水をかけられた」


「だけか?」


「…それだけだよ」


部屋に沈黙が訪れた。静かな部屋で二人は身動き一つしない。先に口を開いたのは結だった。
ゆっくりとザンザスから離れる。


「…ごめん。着替えてくるね」


笑おうとしているようだが、笑いきれていない。顔をゆがめるだけになってしまった表情をみて、ザンザスも眉を寄せる。


「何があった」


「何もないよ」


「何もないわけねえだろ」


「本当に何もないって」


頑なな結に、舌打ちをこぼす。結はザンザスの膝から降りようとするが、降りる前にザンザスが結の腰を引き寄せ、がっちりホールドした。


「言わねえとわかんねえよ」


顔をそむける結の顎をつかみ、無理矢理己の方に向かせるザンザス。


「言え」


赤く鋭い瞳は、獲物を逃がさないだろう。それに、逃げられるわけがなかった。その瞳と目を合わせたら、隠すことなんてできないことは結が一番良くわかっていた。


「ずるいよ…。それに弱いって知ってるくせに」


「当り前だろ」


「もう…。…ただ、あの人がザンザスに抱きついたでしょ?…嫌だなあって。ザンザスが他の女と抱き合ってるのを見るのは嫌」


「…抱き合ってねえよ」


「同じだよ」


拗ねたように唇を尖らせる結に、愛しさがこみ上げる。頬に手を忍ばし、その唇に噛みつくようにキスを送った。


「嫉妬したのか」


「だって、あの人綺麗じゃん。美男美女って感じ」


結は別にあんなふうに着飾りたいと思っているわけではないが、やはりザンザスの隣に美女がいると自分といるよりしっくりきているように感じたのだ。


「あー、やだやだ。今の私、醜いから見ちゃダメ。シャワー浴びてくる」


そういって腕から抜け出す結を寸でのどころで、その腕をつかみ引き寄せた。再び引き戻されてしまった結はザンザスに噛みつくが、ザンザスは笑みを浮かべるだけだ。


「いらねえよ。どうせ今から汗かくんだ」


「え」


「やっと下らねえ仕事が終わったんだ。かまえ」


なんて横暴ないいかたなんだ。と思うも、それが嬉しかったりするのだから、恋は盲目ってことなのかな。


「…俺の方がいつも妬いてる」


「へ?」


「チッ、もっと警戒心を持て。俺以外にこんな恰好見せるな」


「ちょ、ザンザス?」


結をベッドに押し倒し、その洋服に手をかける。


「エロい格好しやがって」


「え、エロいって…」


「水で張り付いた服。エロくないわけねえだろ」


「ふ、不可抗力だもん」


「俺の前だけにしろ」


「ザンザス」


「Ti amo」


口がふさがれる寸前、囁かれた言葉に結は目を見開いた。唇が重なると、その温かさと、少しかかるザンザスの体重に愛しさがあふれてきて、彼の背に腕を回す。噛みつくようなキスを受けながら、もう嫉妬はしたくないな、と思う結だった。


そのあと、結はザンザスにおいしく戴(いただ)かれちゃいましたとさ。




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あきゅろす。
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