未だにぎゅうぎゅうとそれこそ締め付けるように抱きしめられている結は、なんとかフリーズしていた頭を働かせ始め、抱きしめている人物の背中をたたいた。 それに気付いた男性は、ようやく体を放してくれるも、まるで放してしまえば逃げられるとでもいうようにその手は、結の肩に置かれたままだ。 「リイナ…。よかった。生きてたんだね」 頬に手をあてられ、安心したように微笑む男性。思わず彼から後ずさろうとするも、それは彼の手によって阻まれてしまった。 「ちが、違い、ます」 何が起こっているのか状況も何も把握できないのに、目の前の男の人は、うんうんと何やら頷いている。 「どうやって戻ってきたとかはまたあとで聞くから、ほら、皆に顔を見せに行こう!」 そういって、声をあげる間もなく、腕を引っ張られた。ドアへと大股で歩いていく彼に、腕を引かれているせいで小走りになりながら走る。 赤いじゅうたんのしいてある長い廊下。さっきいた部屋も十分広かったのだが、この廊下を見てもそこが立派な屋敷であることは見て取れた。壁にかけてある絵画は、きっと有名な画家の物なのだろう。 たまにある窓から外を覗けば、さきほどみた景色ににた風景と、広い庭が見えた。 たまにすれ違う人は、どうやら使用人らしく、彼に頭を下げているから、彼はここの主人か何かなのだろうか。 結は、現状を把握するためにまわりをきょろきょろと見回しながら歩いていた。すると、いつの間にかとまっていたのか、前を歩いてた男性にぶつかってしまった。 「ハハッ、大丈夫?リイナ」 鼻の頭をぶつけてしまい、痛さに呻いていると、男性に頭を撫でられる。 「中に、隼人たちがいるんだ。皆心配してたから、きっと驚くよ」 クスクスと笑う男性は、至極楽しそうだった。じんじんとする鼻の頭を押さえながら見ていると、彼はさあ、入ろうかと言ってドアを押し開く。 中は随分広いようだった。どこかの晩餐会で使われそうな長いテーブル。その上には白いクロスが敷かれていて、中央に等間隔で花瓶に花が活けてある。しかし、それも控えめで上品な感じだ。 その奥には、今ではあまり見ない煉瓦づくりの暖炉があり、その前には、膝ぐらいの高さの机と、それを囲むように赤い布地のソファーが置かれている。どう見ても、金持ちの家だ。 男性の横から顔を出していたが、そこに人がいることに気づき、すぐに後ろに顔を引っ込めた。 「お!ツナ!こんな時間に来るなんて珍しいのな!」 「十代目!どうかされたのですか!?」 「うん。ちょっと…、会ってほしい人がいるんだ」 このまま後ろに下がり逃げてしまおうか、と結が考え始めた時、いきなり男性に腕を引っ張られ、前に引きづり出された。 そこにいたのは、2人。一人は、黒髪短髪の男性。洋服を着ているから分かりにくいが、肩幅が広いのでかなりがっちりした体形のようだ。そしてもう一人は、銀色の髪を持ち、煙草をくわえている男性。 「なっ!リイナ!?」 二人が声をあげたのは同時だった。銀髪の男性は、加えていた煙草を落としそうになっている。 黒髪の男性も口をぽかんと開けて放心状態だ。 「クククッ、ドッキリ成功」 至極楽しそうに結の後ろで笑う彼は、悪戯が成功した子供のようだった。しかし、結は笑えなかった。突然知らない人たちの前に立たされているのだ。顔は緩むどころかひきつっていくばかりだ。 「二人とも!リイナが帰ってきたんだ!」 満面の笑みをたたえて、彼は声高らかに報告する。その顔は興奮していて、目はキラキラと輝いていた。いまさら否定できないような雰囲気に、思わず息を飲む。 「ね、リイナ!」 「…違う…。違う!私は、貴方たちなんて知りません!」 今否定しておかないと、どんどん流されてしまいそうだった。ここがどこなのかも、どうしてこんなところにいるのかもわからないのに、リイナと言う人に勘違いされたままになりそうだった。 「何、言ってるの?」 「私は、貴方なんか知らない!」 結にできる精いっぱいの訴えだった。 「でも、さっきリイナの部屋にいただろう?」 「いつの間にかいたんです!信じてください!」 彼に縋りつくようにつめよった。そして、ああそっかと呟いた彼に、やっとわかってくれたんだ、とほっと息を吐く。しかし、次に発せられた言葉で、それは落胆に変わった。 「疲れてるんだよね?まだ頭が混乱しているんだ」 ああ、この人は、何をいっても聞かないつもりなんだ。と瞬時に理解した。どうすればいいというのだろう。どうやってわかってもらえばいいのだろう。彼の目は盲目的なまでにまっすぐ結を通してリイナという人物を見ていた。 他二人に助けを求めようと振り返っても、未だに呆然と突っ立っているだけで、今の状況を理解しきれていないようだった。 「じゃあ、いったん部屋に戻ろうか。話しはまた明日聞くよ」 「だからっ!」 「ほら、リイナおいで」 有無を言わせずまた手首を掴まれ、半ば引きづられるようにしてさっき歩いてきた道を連れ戻される。本当になんなんだ。 部屋に戻れば、彼はゆっくり休んで、明日ちゃんと話そう。とどこか切なげに呟いて出て行ってしまった。 部屋に一人ポツンと取り残される。もちろんそこは結の部屋じゃないから、落ち着きようがなかった。 部屋を見て回れば、ベッドヘッドの近くに蜀台が置いてある。そこに写真立てがあった。それを見てみると、さっきの男性らしき人と、結によくにた女の子が仲よさげに映っていた。 確かに、似ている。と思った。 しかし、笑い方は全然似ていなかった。 「本当に…、なんなの…」 すっかり疲弊しきっていた結は、部屋にあったソファーに倒れ込んだ。さすがに、部屋の主の許可をもらったわけじゃないから、ベッドを使うのは気が引けたのだ。部屋にいる時点で気が引けるが、出る気にもなれなかった。 きっと部屋を出ても、また同じようにリイナに間違われるだけなのだ。 ふう、と息を吐き出す。目を閉じ、この部屋に来る前のことを思い出していた。 ゆっくりと遠ざかっていく意識の中で、母の声を聞いた気がする。とても必死に名前を呼んでいた。 目の奥があつくなり、目じりから涙が伝って重力に従いソファーに落ちた。 精神的に酷く疲れていたせいか、すぐに眠気はおそってきて、結は誰とも知らない部屋で眠りについたのだった。 |