26:My sun,

「で、どういうことか説明してくれるんだろ?」


ナイフを手に持ち、きらりと光らせながら小首をかしげるベルに一歩後ずさる。しかし、逃がさないとでもいうようにいつの間にか回り込んでいたフランが結の両肩をつかんだ。


「逃がしませんよー。昨日はミー達がお願い聞いたんですから」


確かにお願いはしたが、貴方達がしているのは確実に脅しだっ!と結は心の中で叫んだ。もちろん、そんなの知る由もなく、あれよあれよと言う間に入口付近に立っていた結はソファーに座らさせる。
右にはベルが。左にはフラン。目の前にはスクアーロとルッスーリア。そして、少し離れたところにある壁に寄りかかり目を閉じているレヴィ。


なぜこんな日に限ってこうも勢ぞろいなのかと、結は嘆いた。今日は朝からザンザスが任務だったため、暇になった結が誰かいるだろうと思って談話室に来たのだ。
入った瞬間、見えたベルとフランのニヒルな笑みに扉を閉じようとしたも、叶わず、中へと引きこまれて冒頭に戻る。


「…ほら、さっさと説明しろよ」


ナイフを手で弄びながら、ししし、と独特な笑みを漏らすベルに肩が跳ねる。ルッスーリアは、まあ怖いねえといいながらまったく助ける気はないらしい。いつもなら止めるスクアーロも何やら難しい顔をして黙り込んでいる。


「せ、説明って…」


「昨日のこと。言い逃れすんなよ?結の嘘なんて俺達が見破れねえわけがねえんだから」


逃げられないとこはこの現状を見るより明らかだ。こんなことなら暇だろうとなんだろうと一日部屋に閉じこもっていればよかった、と数分前の自分の行動を嘆く。


それでも、中々口を開かない結にしびれを切らしたのか、ベルが一つ溜息をついた。


「リイナ」


徐に呟かれた言葉に、結の肩が跳ね上がる。勢いよくベルの顔を見る結の表情は絶望に近かった。若干うるみ始めている目に、泣かしたら王子あぶないんじゃね?と思いつつ、そのときは鮫を盾にして逃げようと決める。


「その名前って、ツナヨシの妹だろ?」


「あらん?その子の捜索はもう終わったはずでしょー?」


ベルが言いたいことがわからない、と言うように頬に手を当てて首をかしげるルッスーリアに、ベルが持っていたナイフを投げる。が、なんなくキャッチされてしまう。それに舌打ちをしつつ、口出してくんなよオカマ。と減らず口をたたく。


「…し、知らないんじゃ…なかったの?」


「何が?」


「リイナ、のこと」


「少し前に、ヴァリアーも含めてボンゴレファミリーで一斉捜索が行われたんですよー。外部に顔が漏れるのを恐れて、写真までは配布されなかったんですけどねー。顔がわからなくてどうやって捜索するんだって感じですよー」


相変わらず淡々としている口調だが、言っていることを結が理解するには適当な人物だった。つまり、ヴァリアーでも捜索が行われたからリイナを知っていたのだ。たしかに捜索が行われていても不思議じゃ無い。それに、ザンザスが覚えていた時点で何か接点があったと気づくべきだった。
記憶力が悪いわけじゃないが、ザンザスはどうでもいい人間、または嫌いな人間の名前は忘れてしまう性質だ。


「……そ、か」


「俺、結ってどっかで見たことあるっておもってたんだよねー。で、思い出したんだけど、沢田リイナに似てんだよ」


ベルの言葉が胸に突き刺さる。体がわずかに震えるが、それを抑えるように拳を強く握った。


「う゛お゛おぉい…。お前どこで沢田リイナに会ったんだあ?あいつら、頑なに会わせねえようにしてただろうがあ」


「俺、学校に忍び込んだことあるし」


「う゛お゛おぉい!テメエ!んなことして騒ぎが起きたらどうするつもりだあっ!」


「俺がそんなヘマするわけないじゃん?つーか、今そんなこと討論してる暇ねえし」


額に青筋を浮かべるスクアーロなんて気にしていないベルは、そのまま結に向き直った。


「で、説明しろって」


真剣な顔をしてベルと目があった気がした。息を飲む。もう、誤魔化しはできないだろう。ザンザスに、傍にいてほしかった。名前を呼んで、抱きしめて。


「…わかった。話す、ね」


それから、順を追って話していった。まず、私がここに来たこと。この世界は私の世界では漫画だったこと。だから過去も知っていたこと。
そして、彼らのもとで生活していた時のこと。


「じゃあ、結はリイナとして生活してたってこと?」


「そう。だから、沢田さんたちの前ではリイナになりきらないとダメ。名前を出すのはNG。リイナになるしか道がなかった。じゃないと、気が、狂いそうだった」


毎日流される映像。同じ顔が笑い声をあげる。幸せそうに満面の笑みを浮かべて頭を撫でられる。これは、誰だ?私は、誰だ?本当に私は結だったのか?彼の言うように記憶を植え付けられているだけじゃないのか?


気が狂いそうだった。一日があんなに長く感じたことはないだろう。


「でも、そんなの無理があるんじゃないですか?」


フランの言葉に苦笑して頷く。


「限界だった。限界が来そうだと思った時に、ザンザスと会った。初めて、名前を聞かれた。私の名前を。リイナだって言っても、違うだろうって言われた]


ヒマワリを背景に立っているザンザスはどこか浮いていた。しかし、そのかっこよさは失われず、紅い瞳に目を奪われる。


「彼の、前だけでは自分になれる気がした。本当の私に戻れる気がした。でも、すぐに沢田さんに引き離されたんだけど」


「あの時かあ…」


「スクちゃんもその時、いたのん?」


「ああ…。顔までは見えなかったがなあ」


神妙な顔をして頷いたスクアーロ。


「そういえば、異世界から来たっていってましたけどー、どうやって来たとかわからないんですかー?」


フランが思い出したように告げた言葉に、ビクッ、と肩が跳ねる。


「結?」


「…たぶん、私は死んだんだと思う」


「殺されたのかあ?」


「ふふ、暗殺者に狙われるようなことはしてないよ。そうじゃなくて、私、病気だったの」


「病気?」


「今の医学では治せない病気。緩やかな死を待つだけだった。病室で、変わることの無い景色を眺めて、ただ横たわっている。生きているのか死んでいるのかもわからない、途方もない時間。もうすぐ死ぬんだって思った時、風が吹いたの。窓は閉めていたはずなのに、風が、吹いたの」


静かに、どこか遠くを見つめる結はヴァリアー一同から見て、今にも消えてしまいそうだった。儚く脆い、この少女が気づけばどんなにあがいても手の届かないような場所に行ってしまう気がして、わずかに恐怖を抱く。


「遠くでお母さんが何度も呼んでた。まだ逝かないでって。それで、気づいたらあの部屋にいて、沢田さんが入ってきた」


「今は…」


「今はなんとも無いみたい。こっちに来るときに、病気は置いてきちゃったんだと思う」


しん、と静まりかえる室内。その静寂を破ったのはスクアーロだった。


「…守護者の奴らも、あのアルコバレーノも信じたのかあ?お前がリイナだって」


「最初は疑ってたけどね」


苦笑する表情から顔をそらすスクアーロ。それを見て、ルッスーリアも苦笑した。


「皆、信じたかったんだと思う。本当に大切にしてたから、いなくなったことを受け入れられなくて、ぽっと出た私がリイナのまねをするから、顔が同じだから、縋りたかったんだと思う」


隼人と武は一番最初に会っていた。そのときに、私はリイナじゃ無いと叫んだはずだ。もちろんそれを沢田さんは聞いてくれなかったけど。でも、二人はそれを聞いたうえで私をリイナだと呼んだ。それだけ大切だったと言うこと。


「結」


バッ、と両手を広げたフランに首をかしげる。


「ミーが胸を貸してあげますから、泣いていいですよー」


本気で言っているのか冗談で言っているのか、フランは両腕を広げてさあ!と言っている。それを見て、後ろからフランのカエルめがけてナイフが投げられた。


「お前なんかに、務まらねえっつーの!」


「少なくとも、堕王子よりは役に立ちますって。なんてったって堕ちた王子」


「てんめっ!次言ったら、まじで切り刻むぞ」


「きゃー。さくせんたいちょー。先輩が苛めてきます―。後輩いじめですよー」


「…てめえら…。うっせえぞお!」


「お前の方がうるせえよ」


二人の声がかぶった。それにさらにスクアーロがキレるものだから、室内は一気に騒がしくなる。


結局は何も変わらないヴァリアー。その光景に結はかすかに笑みを漏らした。      


帰ってきたザンザスが、部屋の惨状を見て、3人を殴りつけ、さらに結を小脇に抱えて部屋に戻っていくのは、30分後。




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