25:You are with me

「リイナ。俺、そろそろ帰るよ」


そこにいたのは、なんと綱吉だった。予期せぬ人物と、彼が紡ぎだした名前。シンと静まりかえる室内は、気まづい雰囲気が流れていた。


「リイナ?」


「っあ、あ、えっと、そっか!じゃあお見送りするね!」



目を見開いて綱吉を見ていた結、もといリイナが綱吉の声にはっと我に返り、とりつくろうように笑みを浮かべる。


「ビックリしたー!お兄ちゃん、いきなり入ってくるんだもん!」


唖然としている二人を置き去りにして、リイナは座っていたソファーから立ち上がると綱吉のもとに駆け寄った。


「やあ、久しぶりだね。ベル。フラン」


「久しぶりってほどでもないですけどねー。それに、その子はリイナじゃ―――モガッ!」


リイナじゃ無くて、と言おうとしたことに気付いたベルが急いで口をふさぐ。それによって、口を開くことができなくなったフランは恨めしげにベルを見た。


ベルの口元にはいつも通りの笑みが浮かんでいるが、まとっている雰囲気はどこか殺伐としている。それに気付いたのはフランだけだった。


「ししし、ひっさしぶりじゃん。ツナヨシ。何?ボスに用?」


「ああ、もう用は済んだよ」


「じゃあ、さっさと帰れば」


「あれ?武君は?」


首を傾げ、見上げてくるリイナの頭を撫でる綱吉。先ほどのベルの暴言ともとれる言葉を気にも止めていないようだ。


「まだ、スクアーロのところかな。そろそろ声をかけて行こうと思って」


「そっか。スクアーロさんたちならたぶん道場にいるかな?案内するね!」


「すっかり、なじんでるね。リイナがこっちにきてから、皆寂しがってるんだけど」


「アハハッ!本当?ほら、行こう?」


綱吉の背を押すリイナ。そして扉から出る間際、振り返ったそこには、無表情のベルとベルに未だに口をふさがれているフランがいた。二人に向かって、人差し指を立てて口にあて、少しだけ笑んで見せる。


それを最後に閉じられた扉。シンと静まりかえる室内に、扉の外から結と綱吉の二人の話声と気配が遠ざかっていくのがわかる。


呆然とつったっていると、ベルはくぐもった声を聞いて、隣の奴に目をやった。目とジェスチャーで必死に手を話せと言っているフランをみて、さてどうしてやろうか。と考え込む。が、その間に手をベリッとガムテープを剥がすかの如く剥がされてしまった。


「チッ、そのまま窒息死させてやろうかと思ったのに」


「も、本当に死ぬかと思いましたー。ほら、涙が…」


目じりに溜まった涙を指差し、恨めしげにベルを見上げるフラン。ベルはそれを鼻で笑うだけだった。


「キモ。つーか、お前結との約束破る気だったのかよ」


「そんなんじゃないですけどー。だってなんかむかつくじゃないですかー。結があんな顔するなんてミー知りませんでしたし、それを知ってるアイツもなんかむかつく」


「ばっかじゃねえの?あんなん演技に決まってんだろ」


どこからともなくナイフを取り出したベルは、それをもてあそぶようにぶらぶらと揺らす。それをフランは目で追いながらも、不満げに声を返す。


「なんでそんなの分かるんですかー」


「俺、王子だし」


「聞きあきました。その台詞」


「チッ、最後、泣きそうな顔してただろ。つーか、俺思い出したんだけど、」


「何をですかー?あ、自分が堕王子だってことですかー?」


フランの言葉に、ナイフが投げられた。


「誰が堕王子だ!…そうじゃねえって。リイナって名前だよ。名前!あれ、確かツナヨシの妹の名前のはずだぜ?」


「…その妹って、確か死んだって話じゃなかったでしたっけー?」


一時期ヴァリアーにも捜索の要請がきて、それなりに探したものだった。まったくはた迷惑な依頼だと思ったのをフランは覚えていた。見ず知らずの人間のために、通常の任務を切り上げてまで捜さなければいけない理由がわからなかった。


「ま、遺体は見つからなかったらしいけどな」


「えー、じゃあ結がその妹だって言うんですかー?」


「それはねえって。俺あいつ嫌いだったし。つーか、ボスも嫌いなタイプだったんじゃね?」


「じゃあ、趣味が変わったんですかー?」


「だから、それはねえって」


さっきから、繰り返しの問答にいい加減飽きてきたのか、ベルはどさっとソファーに腰を下ろした。


「じゃあ、なんだっていうんですかー。それに、あの性格の変わりようも驚きですー」


「ししし、確かに。ま、どうせあとで結が来るんだし、そのときに聞けばいいだろ」


「まあ、そうですねー」


結局はそこに行きつく二人だった。そのあとは、談話室でそれぞれがそれぞれ別々なことをして過ごしていた。







そのころ、結ことリイナと綱吉は道場に来ていた。道場を覗けば、死闘が繰り広げられている。


「山本!そろそろ帰るよ!」


綱吉の言葉がかかると、二人はピタッと動きを止めた。そして、ここまでか。と息を吐き出し刀をしまう。竹刀ではなく刀でやり合うところがまた彼ららしいと言えるだろう。


「う゛お゛おおぉい!小僧!また、手合わせしようぜえ」


「おう!あれ?リイナはどうしたんだ?」


「え?そこに…ってあれ?」


綱吉が振り返ったそこに、いるはずのリイナの姿はなかった。


「おい、リイナって…」


「さらったのはスクアーロだろ?俺、アレについては怒ってんだぜ?」


笑顔を浮かべたままさらっと言う武の後ろには何か黒いものが見えたと後にスクアーロは語った。
武の言葉を聞いて、押し黙るスクアーロ。それは武の後ろの黒い何かにビビったからではなく、武の言った言葉を考えていたからだ。


「山本、行くよ」


「おう!じゃあなスクアーロ!過労死すんなよ!」


「う゛お゛おぉい!さっさと行きやがれえ!」


高らかに笑いながら去っていく武を見て、忌々しげに舌打ちをするスクアーロ。しかし、その表情もすぐに消し、己が攫ってきた女について思考を巡らせた。


「リイナ!何処行ってたんだよ!」


「だって、道場って殺気バンバンで怖いんだもん!」


胸を張ってそう答えるリイナに、ガックリと肩を落とす綱吉。それをなだめるかのように背中を叩く武だったが、その力の強さに、綱吉がよろめきかけていた。


「じゃあ、玄関にご案内しまーす!」


片手を元気よくあげるリイナに、二人は笑みをこぼした。やはり、彼女がいると場が明るくなる。そして、心から安堵するのだ。その安堵がなんであるかなんて二人は考えもしなかった。


玄関まで案内すれば、すでに黒塗りの車が前に止めてあった。リイナ達が出てきたのを確認すると、運転手は、扉を開ける。


「リイナ。本当に、思い出さなくていいんだからね」


「…お兄ちゃん」


「おい、ツナ」


「…ん、ごめん。忘れて。とにかく、元気でやってるならそれでいいから。もう、勝手に消えたりとかするなよ?」


「大丈夫だよ!もう…」


それ以上、言葉が出てこなかった。首をかしげる目の前の兄に、言葉をつづけなければと思うのに、その考えを上回るほど胸の奥が痛くなる。


「えへへ。ヴァリアーの人たちが、あたしなんかに逃げられたりしないって!」


「…まあそうだけど」


とりつくろった笑みから、綱吉は目をそらした。それは武も同じだった。


「じゃあ、またな」


「うん!ちゃんとリボーン君の言うこと聞かなきゃダメだよー!」


「なっ!」


「ハハハッ!ツナ、これからサボれねえな」


「武君もだからね!」


「お、おう…」


ビシッ、と指をさされ、たじたじの武をみて綱吉は苦笑した。結局妹には誰もが弱いのだ、と。


「ボス、お時間です」


運転手が静かに告げた言葉に、名残惜しそうにリイナの頭を撫でて二人は車に乗り込んでいった。扉が閉まるとすぐに動きだす車。それを見えなくなるまで見送る。


振っていた手をゆっくりと降ろし、自分の胸倉をわしづかむ。深く吸い込んだ息からはなんとも言えない苦味を含んでいた。口内に広がる苦みに顔をしかめる。


なんどか浅い呼吸を繰り返し、目をきつく閉じる。夏の暑さのせいで、肌に汗が浮かんでくる。いる場所が日陰だからか、肌を撫でていく風はさわやかなまでに涼しかった。


戻ろう。戻らなければ。
その思いだけに突き動かされ、鉛のように重たくなっている足を無理矢理動かす。一歩一歩が重かった。もう歩きたくないと思うほどに。ここで座り込んでしまいたかった。それでも、動かし続ける足が、心が望んでいるのは、思い描くのはあの、赤く、紅いルビーのような瞳。


ようやくたどり着いた扉を開ければ、こちらに背を向けてソファーにどかりと腰をおろしているザンザスの姿。


その姿を見たとたん溢れだしてくる切なさと愛しさがないまぜとなって胸を焦がす。


たまらず、かけ出していた。その首に腕をまわし、後ろからソファー越しに抱きつく。


「結」


低く響いた声に、意識を奪われる。顔を上げれば赤い瞳が射抜いてきた。黒い髪の間からのぞく赤い瞳を目にとめた瞬間、せき止めていたはずのものがあふれだした。


「どうした」


「…ギュって、して」


言い終わったしゅんかん、ザンザスの首にまわしていたはずの腕は囚われ、気づけば体が浮いていた。そして、ソファー越しにズルリと前に引っ張られザンザスの膝に抱えられる。


後頭部に回された腕が結の顔を肩に押し付ける。腰に回っている手が結を引きよせさらに密着させた。触れあっていない部分をなくすようにぎゅうぎゅうと抱きしめてくれるザンザスの背に、結は腕を回す。


「結」


「うん」


「結」


うわ言のように呼ばれる名前に安心感が胸を占めた。


「お前は、俺を裏切るんじゃねえ」


「うん。…離さないでね」


「当り前だ」


その言葉に、結の目から一滴の涙がこぼれた。しかし、それもすぐにザンザスのコートに吸い込まれてしまう。


「Ti amo XANXUS」


か細く、けれどもはっきりと、紡がれた言葉はザンザスの胸の内を温かくするのには十分だった。スースーと聞こえてきた寝息を聞き、起こさないようにそっと抱き上げる。執務室から続いている己の部屋へと足を運び、結をベッドに横たえさせた。
顔にかかる髪をどけてやり、その隣に同じように横たわる。


「…ん」


もらした声に起こしたか、とも思ったが、結が目を開ける様子はなかった。そのまま結を少しだけ引きよせザンザスも目を閉じた。




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