24:You, my moon,

「行って、来ます」


執務机にどかりと座り、逆光でよく顔が見えないザンザスに告げる。この扉から出たら、私は私ではなくなる。私は、沢田リイナとならなければいけない。
恐怖はあった。でもそれがどれに対しての恐怖なのかよくわからなかった。バレることが怖いのか、リイナとなることが怖いのか。でも、とにかく、指先が震えているのは目視できた。


逆光の中で、赤い瞳だけが自ら光を放っているかのようにきらりと光る。それだけで十分だった。結は一歩、部屋から足を踏み出した。


思い出すのは、ボンゴレでの生活。あの生活でみたこと。リイナの成長の映像。しゃべり方、しぐさ、癖、全てをまねて、まねて自分のものへとした、3日間。


「よし。もうすぐお兄ちゃんが来るころだしね!」


ぐっ、と拳を握って楽しみで仕方がないというような足取りで玄関へと向かう姿は、完璧にリイナだった。


リイナが玄関へとつけば、ちょうどいいタイミングで外で車が止まる音がした。勢いよく扉を開けば、ちょうど車から降りてくる兄の姿が。そして、反対の扉からは武君が降りてくる。


「お兄ちゃん!」


パアっ!と顔を明るくさせて、めいっぱい笑顔を浮かべて振り返ろうとした兄に飛びついた。それをなんなく受け止めた綱吉は嬉しそうに顔をほころばせる。それをみて武も微笑んでいた。


「久しぶり、リイナ。元気そうでよかった」


「うん!今日は、あたしが案内するからね!はぐれたら、スクアーロさんとかに怒られるよ」


「わかったわかった。ほら、行こうか」


「そーだね!ザンザスさん、待たせたら怒られちゃう!」


「よっ、リイナ。久しぶりだな」


「武君!久しぶり〜!今日はお兄ちゃんの付き添い?」


「ああ。それにスクアーロとも久しぶりに手合わせしたいしな!」


「そっかー。スクアーロさんも剣するもんね。というか、仲良いんだね!知らなかったー」


その言葉に、武が表情をわずかに暗くするが、すぐに綱吉が見咎めたためそれがリイナに気付かれることはなかった。
そして、リイナの案内でザンザスの待つ執務室へと向かう。


「リイナ。ザンザスとかに酷いことされてない?」


「されてないよー!皆、すっごい楽しいね。守護者の皆に負けないぐらい個性的!」


「ハハッ!確かに、個性的な奴らばっかだよなー」


「うん。そうだよね。とくにルッスーリアとかは一度見たら忘れられないよね」


「アハハッ!それ、ルッス姐に失礼だよー!」


「り、リイナ?ルッス姐って…」


「ルッス姐って呼んでって言われたんだー」


姐って…と苦笑する二人に対して、リイナはにこにこと笑みを浮かべながら今までのこととかを話している。その様子をみて、元気にやっているようだと綱吉と武はほっと胸をなでおろしていた。


「あ、ついたよ!しつれーしまーす」


きっちりノックをして、中へとはいるリイナは、つれてきましたー。と言って二人を中へと入れた。中にはいつのまにかスクアーロもいて、その頭からは雫が滴り落ちている。


「う゛お゛おぉい!小僧も来たかあ!」


「よっ!スクアーロ!久しぶりだな!」


「今日は、手合わせしてくのかあ?」


「ああ、そのつもりだぜ!スクアーロも時間あるんだろ?」


「当り前だあっ!さっさと行くぞお!」


いつもより笑みを深くしたスクアーロは、武を連れて出ていく。その様子を苦笑しながら見送った綱吉は、すぐにザンザスの方へ向き直ると断りもいれずソファーに腰を下ろした。
そして、退出しようとするリイナの腕を引っ張り隣に座らせる。


「お、お兄ちゃん!?」


「リイナ、今日はあまり時間がないからね。何か、思い出した?」


「え?」


「思い出せそうだっていっただろ?」


「……まだ、何も。お兄ちゃんは教えてくれる気はないの?」


「…うん。思い出さなきゃいいと思ってるから」


「……そっかー」


少し哀しそうな顔をする兄に何も言えなくなるリイナ。ザンザスはと言うと、目をつむりただ黙って座っているだけだった。


「お兄ちゃん、それでもあたし、思い出すから!」


「リイナ…」


複雑そうな顔をする綱吉の顔を、リイナは思いっきり引っ張った。


「ひひゃい…」


「アハハッ!変な顔!変な顔になってるよ!そんなんだから、お兄ちゃんはいつまでたっても結婚できないんだよ!」


「なっ!リイナが引っ張るからだろ!」


「アハハッ!」


綱吉が引っ張ってこようとするのをひょい、と避けて立ち上がる。それを見計らったかのようにザンザスから声がかかった。


「遊びに来ただけなら、さっさと帰れ。俺は暇じゃ無い」


「ハハ…、うん、今本題に入るから」


ちら、と綱吉がリイナの方を見る。それだけで言いたいことがわかったから、じゃああたしは出てるねと声をかけようとしたところで、部屋の扉が開かれた。


「お、やっぱここにいた。ゆ…」


「ああっ!ベル君と遊ぶ約束してたの!」


「は?王子の言葉遮るとか、」


「お兄ちゃん!行ってくるね!あ、帰るときには声かけてね!」


「え、は?」


ことごとくベルの言葉を遮るリイナは、不機嫌そうに口をへの字に曲げているベルの手をとってドアの向こうへと向かう。やっと状況が把握できた綱吉は、慌てて声をかけた。


「こ、転ぶなよ!」


「昔のお兄ちゃんじゃないんだから、転ばないよー!」


声を立てて笑うリイナを見送り、バタンと閉まった扉。それを見てから、綱吉は今までの笑みを消し、ザンザスへと向き合った。その表情は、今までのふやけたものではなくボンゴレボスの表情。


「今回の任務は、リイナにも関係があるんだ」


重苦しく続いた言葉。それは薄暗い部屋の中で空気に混ざりさらに室内の雰囲気を重くさせた。





部屋をでた結はただベルの手を引っ張り、歩いていた。さっきまでの声を立てて笑っている姿などどこにもない。ただ、繋がっている手から、わずかだか震えているのがベルにはわかった。
言葉を遮られたことにむかついてもいたが、それ以上にさっきの結の様子が気になっていた。一言で言えばらしくない結の姿だった。


結はあんなに声を立てて笑ったりしないし、しゃべり方も全然違う。あんな表情があったのか、とビックリしたほどだった。そんなところ今まで一度も見せてこなかったのだ。
ただ、今ベルの目の前にいるのは、雰囲気も、何もかも元の結であることは確かだった。


結が向かった場所は談話室だった。そこにはフランが一人でいた。ただならぬ雰囲気で入ってきたベルと結を見てわずかに眉をしかめる。


談話室に来たとたん、今までベルの手を掴んでいた結の手は離れた。俯いたままソファーへとふらふら歩いていく結を見て、フランはベルの方を向き目で問いかけるが、ベルもわからない、と肩をすくめるだけだった。


そして、ベルはゆっくりと結に近づくと、なるべく刺激しないように隣に腰を下ろす。
結はソファーの上で膝を抱えその膝に顔を埋めている。


「結?」


ビクッ、と肩が揺れる。ベルは彼には珍しいほど恐る恐る結の肩に手を置いた。


「なあ、俺、意味わかんねえんだけど…」


前髪で隠れていてよくわからないが、困惑しきっていることは誰からも見て取れただろう。


「―――」


「え?」


か細い、声が聞こえ、聞き返すと今度はもう少し大きな声で結が言葉を紡ぐ。そのどれもが今にも消えてしまいそうなほど儚かった。


「……名前、呼んで」


ベルは、今にも消えてしまいそうだと思った。この目の前にいる女はこんなにも儚かっただろうか、と。もともと、そこまで濃い存在なわけではなかった。空気に溶け込むのが上手く、持ち前の雰囲気が穏やかな者であるせいか、一緒にいれば穏やかな気持ちになれる。伝染させられる。
かといって、それが嫌な気持ちになるかと言われればそうでもないのだ。どちらかというと、結といる時間は気にいっていた。


「結」


「……うん」


「結」


言われたとおりに、名前を呼ぶベルの声に、逐一返事をする結。わずかに震えていた肩は今はおさまっているようだった。


「うん…、も、ね…。身構えてなかったら…、きついね…。前は、もっと…、楽、だったんだけどなあ」


ゆっくり、言葉を区切りながら話す結の声は聞き取りにくいほど小さく、顔を埋めているせいでさらにくぐもっていた。しかしそこは、暗殺者である2人だ。結の言ったことをしっかりと聞きとっていた。


「…何の話しなのか、ミーにはさっまり見えないんですけど…。でも、結は結ですよー?」


「話し見えてないなら入ってくんなっつーの」


「そういう先輩だってわかってない風じゃないですかー」


「…二人とも、ありがとう」


ようやく顔をあげた結が普段通りに微笑んでいたため、二人は気付かれない程度に胸をなでおろした。


「あの、ね。お願いがあって…」


「なんですかー?」


「結のお願いなら、たとえば城を買ってとかでも叶えますよー。先輩が」


「お前が叶えるんじゃねえのかよ!」


「ミーはそんなお金もってませんー。先輩が後輩にたかるなんてどうかしてるんじゃないですかー?」


「つーか、俺達がどうにかする前にボスがかうだろ」


「あー…、確かにそうですねー。なんてったって溺愛ですしねー」


遠くのほうを見つめるフランをみて、結は笑みをこぼす。なぜ城を買う話しに発展したのかはわからなかったが、元気づけようとしていることはわかった。


「ふふっ、お城じゃなくてね、おに…、沢田さんの前では私のことリイナって呼んでほしいの」


「リイナ?誰だよそいつ。偽名?」


「うーん…。まあそんな感じ」


「まあ、いいんですけどー」


聞きたいことは多々ありそうだったが、何も聞かないでいてくれる二人の優しさに結はほっと息をついた。


そのあとはしばらく3人で他愛の無いことを話していた。ベルとフランが喧嘩を勃発させそうになりながら、それをやんわり結がなだめる、そしてまた話しは移り変わり、些細なことで喧嘩しそうになる二人を結がなだめる。その繰り返しだった。


何度目かの喧嘩という名の殺し合いが始まりそうになったとき、突如、静かに扉が開かれた。それに気付いた二人はいち早く扉の方へと振り返る。それに気付いた結がゆっくりと振り返った。




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