一本の電話が室内に鳴り響いた。めんどくさそうにしながらも、それをとるザンザス。執務室のソファーには結が寝ていた。ザンザスの上着がかけられているが、そこから出ている足はむき出しのままで、寝返りをうつことによってあらわになる胸元には赤い所有印がたくさんつけられていた。それを見ただけで、誰もが情事後だとわかる。 受話器をとったザンザスは、相手からの声を聞いて一気に不機嫌さが増した。 「なんの用だ…沢田綱吉」 低く響く声はいつにもまして不機嫌そうで、電話越しの綱吉は苦笑した。 『何って…、リイナは元気?』 「さっさと用件を言え」 綱吉の問いを完全に無視するザンザスに深いため息をついた綱吉は、まあいっかと呟いた。 『今日、そっちに行くから』 「…来るな」 『そんなわけにはいかないんだよ。任務の話しもあるし』 「電話で言えば良いだろうが」 『そういうわけにもいかないんだって。わかるだろ?』 「チッ」 『じゃあ明日行くから。リイナによろしく伝えといて』 再三念を押され、うんざりしながら受話器を切る。未だに寝ている結を見る。椅子から立ち上がり、近づくも起きる気配はない。 ソファーから垂れてしまっている腕をとり、その甲に口づける。ザンザスとしては結と沢田綱吉を合わせたくなかった。沢田綱吉の前に出れば、結は必ず妹となって前に出るだろう。そして、そのあと辛そうにするのだ。 攫ってきたあの日のように。 それがたまらなく嫌だった。 結の頬に口づける。わずかに身じろいだ体。口から洩れる声。その唇に一つキスを送る。片手で簡単に折ることができそうなほど華奢な体だった。その体が、消えてしまうんじゃないかとザンザスの心を掻き立てる。 「結」 「ん……ザン、ザス?」 「結」 「どうしたの?」 まだ眠気から完全に覚めていないせいか、どこか舌ったらずな口調。ゆるゆると持ち上げられた手は、ザンザスの頬に添えられて傷跡をなぞる。 「明日」 口を開いたザンザスはどこかためらっているようだった。それを横になったまま見つめる結。 「明日、沢田綱吉が来る」 「え」 「会いたくないなら部屋に入ってろ」 「………会わない、わけにはいかないよ。会わせようとしなかったら、ザンザスたちの立場が悪くなっちゃう」 「問題ねえ」 即答するザンザスだったが、結の言いたいことは分かっていた。ただ、それをさせたくなかった。しかし、結は首を横に振る。 「それに、もし会わないことで連れ戻されることの方が怖い。長時間、一緒にいて正気でいられる自信はないもの」 自嘲気味に微笑む結。ザンザスはその頬に手を滑らせる。そのまま唇に吸い寄せられれば、柔らかいものにたどり着く。重ねるだけの軽いキスだった。 ゆっくりと離れていくザンザスをみて、結は微笑む。 「明日、リイナになっても、怒っちゃダメだよ?」 「……ああ」 「ふふ、間があるね」 「お前は結だ」 そっぽを向くザンザスに、結は苦笑する。まるで大きな子供のようだった。見た目は完全に大人なのに、たまに酷く可愛い行動をするから、そのギャップにはまってしまっている。 「うん。終わったら、たくさん名前を呼んで、抱きしめてね?」 手を伸ばせば、結の体はソファーに横たわったままザンザスに抱きしめられる。そのまま体を起こされて、執務室から移動できるザンザスの部屋のベッドへと運ばれた。 ゆっくりと降ろされる体。ベッドに体が沈むと、その上にザンザスがのしかかってくる。 「重たい…」 「うるせえ」 「ふふ、大きな子供がいるね」 「誰が子供だ。ざけんな」 そういいながら、どこうとはしないザンザス。結も、ザンザスの頭に手をまわし、髪に指をからませる。 しかし、その時間もすぐに終わりを告げることになる。それを告げに来たのは一つの声だった。 「う゛お゛おぉい!ボスさんよお!終わらして…、ああ!?何処行きやがった!?」 「チッ、カス鮫が」 「ふふ、お仕事だね。私もそろそろ服着たいし」 そういうと、ザンザスはじっと結を見つめた。その様子になんだろう?と首をかしげる結。 「もしかして、部屋にいやがるのかあ?ったく。あの御曹司があ!」 足音をたかならせながら近づいてくる気配に、さすがに結は慌てだした。なんていったって、今結が着ている、というより結の体を隠しているのはザンザスの上着だけなのだ。体格差によって全体が隠れてはいるのだが、さすがにこの状態で人に会いたくなかった。 「ざ、ザンザス」 「チッ、カスが」 ザンザスは、忌々しげに舌打ちをすると、ポケットから何か四角い物を取りだした。そして、もともとはめていた指輪に炎をともすとそれを匣にはめた。 結はそれが何かわからずにただ黙って見つめていると、何処からともなく、というより明らかに四角い物から何かが飛び出した。その何かは白い大きな物体。 「ベスター」 ザンザスが、その白い物体に一言呟くと、それはのそりと動きだし自分で部屋の扉を開けて出ていった。 「う゛お゛おぉい!ベスターじゃねえか!ボスはどうしたあ!」 スクアーロの声がはっきりとここまで聞こえてくる。いつ入ってきてしまうかとびくびくしている結に対し、ザンザスは余裕の表情で再び結を抱きしめていた。 「ちょ、ザンザス。スクアーロ来ちゃうよ?」 「来ねえ」 「でも」 「ベスターが追い返す」 「ベスター?」 結が首をかしげたと同時に、なにしやがるんだあ!というスクアーロの叫び声が聞こえてきた。それと同時に獣の唸り声も聞こえてる。 「……大丈夫なの?」 「いつものことだ」 それってもっと大丈夫なんだろうか、と思わなくもなかったが、まあスクアーロだし、と結も自己完結させていた。それもそれでスクアーロが聞けば怒りそうなことなのだが。 「ベスターって、さっきの白い奴?」 「匣兵器だ」 「ぼっくすへいき?」 「本当に何も知らねえんだな」 鼻で笑うでもなく、まじまじとそう言われて少しだけ落ち込む結。知らなくても当り前だった。綱吉たちは戦うことに関して結に何も言おうとしなかった。それはきっとリイナにも同じだったのだろう。それだけ過保護で大事にされていたということでもあった。 「リングは知っているな」 「うん。ボンゴレリングとかでしょう?」 「他にもリングはある。それに炎をともす」 「炎って、憤怒の炎みたいな?」 「それもだ。他に属性ごとの炎がある。大空、嵐、雨、雷、霧、雲、晴れ。その属性によって開けられる匣は違う」 「へー…、ザンザスは何なの?」 「大空と憤怒だ」 「混ざってるの?」 「ああ」 「ほかの皆は?」 「カス鮫は雨。ルッスーリアは晴れ、レヴィは雷、ベルは嵐、フランは霧」 「雲はいないんだね」 「ボンゴレでは雲雀が雲だ」 「ああー……、守護者の人はそのままってこと?」 「そうなるな。何種類か炎を持ってるやつもいる」 「へー。じゃあそのぼっくす?ってやつをその炎であけて…、明らかに容量的に入ってたものが大きすぎなかった?」 こんなに小さいのに。とザンザスの手の中にある匣をまじまじと見る結にザンザスは吹き出す。ぶはっ、と笑うザンザスはそのあともくつくつと喉の奥で笑っていた。 「大きさなんて関係ねえよ」 「ふーん…」 「ベスターはリグレ・テンペスタ・ディ・チェーリ、天空嵐ライガーだ」 「リグ…?ライガー?」 「ライオンとトラの雑種だ」 どんな雑種だ、と思わなくもなかったが、どちらもネコ科なのだしありなのだろうか?とすぐに考えを改めた。それ以前に思わなければいけないことはあるはずなのだが。 「雑種だったら、長生きするね」 不意に結の呟いた言葉にザンザスも面食らった。 「…兵器だ。関係ねえだろ」 「そうなの?」 そのとき再び扉が開いた。すっかり扉の向こうのことを忘れていた結は驚いて肩を跳ねさせる。しかし入ってきたのは、スクアーロではなく、先ほどから説明を受けていたベスターだった。その姿は、ライオンとトラの雑種ではなくまさしくライオンだった。しかも白いライオンだ。アニメでしか見たことのないその真っ白な体に結も目を見張った。 「ベスター」 ザンザスが呼ぶと、のっそりと近寄ってくる。そして、ベッドの横に来ると、ザンザスがその頭を撫でた。ぐるぐると喉を鳴らすその姿はまさしく猫なのだが、何せ体が大きい。立ち上がれば結と背丈が大して変わらないだろうと思われた。 「見た目はライオンなの?」 そう聞くと、ザンザスは無言のまま手に炎をともした。すると、どうしてかそれに合わせて、ベスターの肌に黒い虎の模様が現れ始めた。 「ま、マジック?」 「ちげえ。これがベスターだ」 「……触って平気?」 結は動物が好きだった。とくに小型の動物もそうだが大型の動物が好きだった。大きい体で甘えるようにすり寄られたら、撫でまわしたくなるのだ。 ザンザスは、顎でベスターをしゃくった。 それを見て、そっと手を伸ばす結。 ベスターは、ザンザスと同じ赤い瞳で結をじっと見ている。 ようやく触れたたてがみは、ふわふわで柔らかかった。その感触を楽しんでいると、ベスターがゴロゴロとのどを鳴らす。 「か、可愛いっ!」 未だにザンザスの下に結はいるのだが、その状態のままベスターの喉に手をやって喉元を掻いてやったりした。気持ち良さそうに喉を鳴らすベスターはとてもかわいかった。 しかし、その様子を見て面白くない人物が一人。ベスターを撫でまわしている結の腕をつかむと、ベスターをそうそうにボックスの中にしまってしまった。 「あー…、もうちょっと撫でてたかったのに」 「うるせえ」 恨めしげに結が見上げてくるから、それをやめさせようとするかのように瞼の上にキスが降ってくる。 「ふふ、嫉妬したの?」 「してねえ」 なお、頬に、瞼に額にキスを振らせてくるザンザス。くすぐったさに身をよじらせれば、逃がさないと言うように唇をふさがれた。荒々しいそれは本当に食べられているかのような錯覚に陥る。 「ん、ざ、ザンザス…、お仕事、戻らなきゃ」 「…今日はいい」 「でも」 「お前といる」 その言葉は彼の精いっぱいの優しさなのだろう。不器用なザンザスが、結を気遣っているのだ。その優しさに、結は目の奥が熱くなった。 「ヤらせろ」 「…もう、感動が台無しだよ」 「知るか」 まあ、その方がザンザスらしいね。と言って結は笑った。そのあと、再び結がザンザスに食われたのは言うまでもない。 |