「結、出かけるぞ」 「え?」 「行ってら―」 「気をつけてくださいねー」 ベルとフランと談話室でおやつを食べていると、現れたザンザス。彼はそれだけ言うと、結の腕を引き、車に乗せた。乗せられること数分。行きついた場所は人々の行きかう到底裏の人間などが行きそうにない街並みだった。 結は隣に立つザンザスを見上げるが、彼は結の方をみることなく足を踏み出す。腰に回っている腕に引かれ、結も歩き出すのだが、何がなんだかまだよく理解できていなかった。 「ほしいものがあったらなんでも言え」 自分を見上げる結に気付いたのか、ぶっきらぼうにザンザスは呟いた。その言葉で理解するのは十分だった。つまり、これは所謂デートなのだ。言い方が傍若無人な点がなんともこの男らしいと思わずにはいられなかった。 「ほしいものって?」 クスクスと笑いながら、同じように彼の背に肩腕をまわすと、宝石でも服でもなんでも買ってやる。とこれまたぶっきらぼうに言う。 以前、ルッスーリアにデートは行かないの?と聞かれたことがあった。そのときはザンザスもいたのだが、すぐに執務室へと戻ってしまったので行く気はないのだろうと思っていたのだ。だが、どうやら気にしていてくれたらしい。 にぎわう人々はどれも当り前なのだが外国人ばかり。初めて踏むイタリアの地にわくわくする心は抑えられず、きょろきょろとあたりを見回しながら歩いていた。途中、人にぶつかりそうになるのだが、そのたびにザンザスが腰を引いてくれてなんとか回避している。 しばらく歩いていくが、結は何かをほしいと言うことはなかった。店に入るも、ウィンドウショッピングをするだけで、何もねだってこない。ザンザスは、ルッスーリアの言葉を聞き、予定もちょうどあいたので連れてこようと思ったのだが、なにぶん今まで相手にしてきた女たちは宝石でも服でもなんでも買ってやれば喜んだ。だが、今隣にいる結はそれを欲しがろうとしない。 「…欲しいもんはねえのか」 「んー…服はルッス姐がたくさん買ってくれたし、私が買うよりセンスいいし。宝石は、なんだか恐れ多くて」 おどけたように笑う結を見て、欲の無い女だと心中で呟く。だが、そういうところも、気にいっている一つなのかもしれなかった。 ただ、己が惚れた女だ。なんでも買ってやりたくなると言うのも本心だった。 「恐れ多いも何もねえだろ」 「そうだけど、傷つけたら嫌でしょう?」 「ハッ、貧乏性か」 「もともと一般家庭のおうちで育ちましたから」 かしこまった口調になりながらも冗談めかして言う結。 「それに、ザンザスとこうやって外を歩けるだけで楽しい」 ザンザスを見上げ、微笑む結。身長差のせいか、自然と上目づかいになる。そしてその言葉だ。嬉しくならないわけがなかった。 そしてその衝動を抑えるようなことはしなかった。街中だというのに、結を抱き寄せるザンザス。そして、頬にキスを一つ送る。 「ざ、ザンザス!」 「誰も気にしてねえよ」 人前だと顔を赤くして怒る結は、言っちゃ悪いが迫力はまったくない。赤くなった頬に手を当てれば、少しだけ熱を持っている。それが夏の暑さなのか、はずかしさのせいなのか。 最後に触れるだけのキスをして離れたザンザス。顔を赤くしてそれを隠そうと俯いている結だったが、耳まで真っ赤にしているためあまり意味はなかった。その様子をザンザスが優しく見ているなんて結は知る由もない。 「行くぞ」 手を引かれ、歩きはじめるザンザスに引っ張られていく。指をからませられ、所謂恋人つなぎになったことに結は嬉しさを隠せなかった。 「行くってどこに?」 「この近くにボンゴレ御用達の店がある」 「…そんなとこ、私が行っていいの?テーブルマナーとか、わからないよ?」 「必要ねえ」 ボンゴレ御用達ということは、かなり高級な場所であるということはたやすく想像できる。結は昔学校の授業でテーブルマナーについて習ったことがある気がするが、それも何年も前のことだし、もともとそういう高級料理店など行く機会など全然なかったために忘れてしまっていた。 「どうせ、個室だ。誰も見てねえ」 そういう問題でもないと思うんだけど、と結は思ったがそれは口には出さなかった。実際ヴァリアー邸でもボンゴレ邸でもテーブルマナーなど気にした試しなどなかった。それ以前にボンゴレ邸では日本人が多いせいか日本料理が多かったためにテーブルマナーも何もなかった。 ヴァリアー邸でも、いる人が人なのだ。全員自由に皿から取り自由に食べる。というより途中から争奪戦になるのだから、マナーのへったくれもない。 ただ、全員がそれなりなたしなみをできることは知っていた。というより、ファミリー同士のパーティーなどもあるようだし、知っていないとまずいというところだろうか。ベルやフランなんかが大人しくテーブルに座って食事をしているところなど想像できないが。 本当に近かったようで歩いて5分もしないうちにそのお店についた。少し裏路地に入った場所にあるそこは、外見はそうでもなかったけれど、中に入れば厳かな雰囲気が漂っていてとても一般人が入れるような場所ではないだろう。 ザンザス達が入るとすぐに駆け寄ってきたボーイたちは一斉に頭を下げた。 そして、奥から出てきた、ボーイたちよりも偉そうな人。支配人といったところだろうか。その人がザンザスに笑みを張り付けながら告げ、結の方をちらっと見た。 結について何か言われたようだが、それについては答えずにずかずかと中へと入っていく。ザンザスが腰を落ちつけたのは、奥にあり、周りはしきりによって個室と化している場所だった。 失礼にならない程度に周りを見回す結。ボーイは即座に近寄ると2人にメニューを見せた。結はそれを開くも、中に書いてあるのは全てイタリア語。読めるわけがなく、申し訳なさそうにザンザスの方を見る。 「嫌いなものはあるのか」 「ううん。大丈夫」 それだけ答えると、ザンザスはすぐに何かを注文して、メニューを投げつけた。それを顔面で受け取ったボーイはそそくさと逃げるように引っ込んでいく。 「ここ、よく来るところなの?」 周りのボーイを見ていたが、無駄な動きをせずすぐに引っ込んでいってしまった。きっとザンザスを怖がってのことなのだろうけど、随分とザンザスの扱いに慣れているようでもあった。 「たまに」 「そっか」 たまにでもザンザスが来ると言うことはそれなりに気にいっている店ということなのだろう。 ザンザスの向かいに座っている結は、改めて目の前に座っている男を見てみた。いつもの如く隊服を肩から羽織っているだけのザンザスは、腕を組み目を閉じている。 あまり待つことなく運ばれてきた料理は、どれもおいしそうだった。前菜も何も関係なく全て置くと、再びそそくさと去っていくボーイたち。きっと、彼が何かいったのだろう。まどろっこしいものは嫌いなようだし。 「ザンザス。料理が来たよ」 「ああ」 目を開けたザンザスは、流麗なしぐさでナイフとフォークを持つと食べ始める。それを見てから、見よう見まねで結も料理を食べ始めた。 「ん、おいしい!」 初めて食べるようなものが多かったが、どれもおいしくて笑みがこぼれる。 「気にいったか」 「うん」 「ならまた連れてきたやる」 「ありがとう」 微笑んだ結に、ザンザスもわずかに笑った。それを見て、結は顔を真っ赤に染める。不意打ちだったのだ。普段、嘲笑のような笑みや悪戯な笑みはよく見るのだが、微笑むような優しい笑みはあまり見せることはない。ザンザス自信も意識していないだろう。 そのあと、結局赤くなった結を見てこらえられなかったザンザスに深いキスをされ、腰が抜けた結は抱きかかえられながら迎えを呼んだ車に乗せられたのだった。 |