結は珍しく一人で庭にきていた。ザンザスは、任務に赴いたため屋敷にはいない。なので、屋敷内にある図書館のような場所から日本の本を探し出し、持ってきていた。 あの温室で読もうと思い、中庭にきたのだが、そこに行く前にベンチを発見。なぜ庭にベンチがあるのだろうと思わなくもないのだが、とても精巧なつくりの木の色をしたベンチはどこか趣があった。 だから、結はそこで本を読むことにした。後ろにある木が、ちょうど木陰を作ってくれている。今日は爽やかな風も吹いているし、夏の暑さもわずらわしくないだろうと思われた。 座ってしばらく本を読んでいると、ふいに、視界の隅に誰かの靴が見えて、顔をあげた。そこには銀色の髪を太陽の光にきらめかせて立っているスクアーロがいた。 「スクアーロ。おはよう」 「ザンザスはどうした?」 ただいまも言わずに近寄ってきた彼の一言はザンザスだった。本当に忠実というかなんというか。 「任務よ。だから、外で本でも読んでようと思ったの」 そう言って、本を持ち上げて見せれば、なっとくしたように一度頷いてから近寄って来たので、場所をあけるために、ベンチの端に避けた。すると、そこにドカッと腰を下ろすスクアーロ。その豪快なまでの行動に笑みをこぼす。 「護衛も付けずに来たのかあ?」 「護衛って必要なの?」 屋敷の中なのに?と首をかしげると、当り前だあと鼻で笑われる。 「ヴァリアーに似合わねえ女がいるんだ。狙われねえわけがねえ。それでなくてもザンザスの女ってだけで狙われる要因には充分だろお!」 それもそうか。と納得する結はじゃあ、なるべく屋敷から出ない方がいいんだろうか?と思考を巡らせる。それがわかったのかスクアーロはさらに言葉をつづけた。 「誰か、幹部一人でもいいから一緒にいろ。お前が攫われたとなったら、俺の命があぶねえ」 「ふふ、ザンザスってスクアーロに物投げるのが習慣化してるよね」 「う゛お゛おぉい…。笑い事じゃねえぞお!そう思うんなら、頼むから止めてくれえ…」 「私が言ってもとまらないと思うけど?」 「んなことねえだろ。仲間に暴力する人は嫌いとでもなんとでもいやあ、その時点で止めるだろお」 「うーん…、そこまで私の発言に影響力があると思わないんだけど」 「う゛おぉい…それ本気で言ってんのかあ!?」 信じられないとと言うように目を見開いて結を見るスクアーロに苦笑する。スクアーロたちこそ、自分のことを買いかぶりすぎているのだと、結は思っていた。ザンザスが、自分如きの言葉でいちいち左右されるはずがないと思っているのだ。 実際に、ザンザスという男は、他人の助言などものともしない。元からあるカリスマ性と実力によってヴァリアーをここまで引っ張ってきたのだ。他人を簡単に信じないということも含めて、他の人間の言葉など聞いたためしがない。それは幹部の言葉でも同じだった。 だが、結の言葉だけは素直に聞くだろうとスクアーロは思っていた。というより、そういう場面をなんどか見てきているのだ。それなのに結は自分の発言に影響力はないという。それが信じられなかった。 「あのザンザスが唯一心を許してる奴だぞお!?もっと自信持て」 そして、もっとあの暴挙を止めてくれとスクアーロは切に思っていた。昔と比べて大分耐性もついてきてはいるが、それ以上にザンザスの力も上がっている。つかれているところにあの暴挙はさすがにスクアーロの身にもきつかったのだ。 かといって、それを他の奴らに言っても、まあスクアーロだしね。と流されるだけなのだが。 「ふふ、でも、ザンザスはスクアーロのことも信頼してると思う。付き合いが長い分、遠慮も必要ないし」 「………そ、そうかあ?というか、あのボスが遠慮とかしねえだろお」 「まあ、そうなんだけど。なんていうか、スクアーロに任せれば他の人にはできないことでもなんとかなるだろうって気持ちはあるんじゃないかな?」 だから、作戦隊長だって任されてるんだろうし。と言葉を続ければ、照れたのか、もういい!と怒鳴られてしまった。ザンザス自身はそんなこと一言も絶対に言わないだろうけど、頼りにしていると結は感じていた。それは、マンガを読んでの感想でもあったりするのだけど。 「あっれー…。なんでアホのロン毛隊長と結が一緒にいるんですかー?」 「フラン!フランも任務帰り?」 フランは、背中に痛々しいほどのナイフが刺さったまま平然と歩いてくる。その頭には珍しくカエルはかぶってなかった。 「そうですよー。今日は堕王子とでした。あ、そうだ。センパーイ、あの王子殺しちゃっていいですかー?任務中ミーのこと狙ってくるんですよー。ナイフが刺さって動きにくいのなんのって」 「う゛お゛おぉい!ナイフをここで捨てんじゃねえ!つーか、かぶり物はどうしたあ!」 え、突っ込むとこそこ?と結は思ったが、フランはスクアーロの言葉など無視して背中に刺さっているナイフを次々に抜いてはスクアーロの足元にむかって突き刺していく。 「あれは今洗濯中です。あ、それより、先輩ってこれから任務じゃないんですかー?」 「ああ!?……今何時だあ?」 思考を巡らせた後フランへと戻すスクアーロは、フランの返事も待たず立ちあがった。そして、歩き出す前に結の方に顔を向けると、口端を吊り上げる。 「とにかく、結はもっと自分に自信持てえ!」 そういうと大股で歩き去ってしまった。叫ぶような大声に、本当にあんな大きな声を出してるんだなあ。としみじみと思っていると隣にフランが腰かけた。 「なんの話しをしてたんですかー?」 「私の言葉は影響力があるのかないのかってことだったと思う」 「ボスに対してですか」 「そう。で、スクアーロは私がザンザスに仲間に暴力をふるう人は嫌いとでも言えばとまるっていうんだけど、私が言っただけでなくなったりしないと思うのよ」 「というより、まず仲間って認識されてるかどうかの問題ですねー。ボスなら、ミー達なんか仲間じゃないとかいって続行しそうだとおもうんですけどー」 ああ、確かにそんなこと言いそうだな。と思ってしまって、結は何も言い返せなかった。 二人の間に沈黙が広がったが、それは気まずいものではなく、穏やかな時間が流れていた。 風がふき、結の髪が風になびく。顔の前にくる髪を耳にかきあげた。 ふと、隣を見ると、エメラルドグリーンのフランの髪も風になびいている。細くやわらかそうな髪はとても触り心地がよさそうだ。 「…そんなに見られるミーも照れます」 真顔でそんなことを言うもんだから、思わず笑みをこぼした。 「フランの髪って綺麗ね」 手を伸ばして、フランの髪に触れる。思った通りさらさらと指通りがいい。 「っ!今、キュンってきましたー。ボスのじゃなかったら、手出してたのに」 「ふふっ!なにそれ」 チッ、と舌打ちするフランは、表情だけは崩していない。というより、言葉も全て棒読みに近いから本気なのか冗談なのか判断がつかない。 「結ってボスにべたぼれですよねー」 「…そうね」 結は自分がザンザスにべた惚れだと言う自覚はあった。だが、それを他人に指摘されるとどうにもはずかしい。 「なんでボスみたいな顔面凶悪犯の怒りんぼをすきになったんですかー?」 「んー、本当の私を初めて見つけてくれたのがザンザスだったから、かな」 「そういえばそんなこと前にもいってましたねー。本当の結って、なんですかー?」 「私ね、ボンゴレ本部にいた時は自分を偽ってたのよ。でも、ザンザスは見抜いてくれた。本当の私を見つけてくれた」 「じゃあ、もしミーがはじめに見つけてたらミーのこと好きになってました?」 フランは、結の顔を覗き込む。そうすると少しだけ上目遣いのようになった。フランにとっては確信犯なのだが、結はそんなことは知らず、心の中でかわいい、と頬を緩ませる。 「んー、フランには無理よ」 「なんでですかー。ミーだって幻術を見破るようなことだってできるんですよ?」 「それでもきっと、たとえばザンザスより先にフランと出会ってたとしてもザンザスに惹かれると思うの」 「べたぼれですねー。なんか、お腹一杯って感じですー」 「ごめんね?まあ、どっちにしても、フランじゃ、知らないから私だって気づかないわ」 「どういう意味ですかー?」 訝しげに見るフランを見て、ふふと笑みをこぼす。これはまだ言えないことなのだ。本当のことを言うには時期が違う。 「きっと直に答えはわかるわ」 「結」 低い声が耳を刺激した。そのこれに顔を上げれば、そこには任務にいったはずのザンザスがいた。 「ザンザス!」 「こんなところにいたのか」 駆け寄り、その胸に飛びつくと、なんなく受け止めるザンザス。 「お帰りなさい!早かったんだね」 「……フラン」 「ミーは、護衛なんで」 「…ご苦労だった」 結を胸に抱いたまま、ザンザスはベンチで未だに座っているフランに目を向けた。その視線の鋭さに、両手をあげて降参のポーズをするフラン。しかし、最後に向けられた言葉に普段ポーカーフェイスのフランでも目を見開かざるおえなかった。 ザンザスと結が仲よさげに手をつないで屋敷へと入っていく様子を眺めながら、漸く固まっていた体を動かすフラン。 「……ミー、お礼言われましたよねー…」 その言葉は誰にも聞かれることはなかったが、後に幹部たちの中で驚愕の事実として語り継がれるようになった。 |