20:When you're far away

ザンザスの部屋の前に立った結は中から聞こえてきたガラスの割れる音に、ビクッと肩を震わせて、今扉をたたこうとしていた手を止めた。


びくびくしながら中の音に耳を澄ませていれば、スクアーロの声が聞こえてくる。どうやら、彼が中にいるらしい。ということは、いつものごとくグラスを投げられたのだろう。


これは、入っても大丈夫なのだろうか。不安が募る中、かといっていつまでも扉の前でうろうろしているわけにもいかないのだ。と心を決めて、扉をノックする。長い沈黙。入っていいのか迷いに迷ってドアノブに手をかけた時、中から誰かが先に扉を開けた。


内開きの扉だったらしく、ドアノブに体が引っ張られていく。え、と思った時には体はよろけていた。


「うおっ!」


慌てて体制を立て直そうとしたものの、その前に結の体は堅い何かにぶつかってしまった。その際に鼻をぶつけてしまい、その痛さに顔をしかめる。


「お前だったのかあ。ボス!待ち人がきたぜえ!」


未だに何が起こったのかわからずに固まっている結の肩をつかみ、己から引き離したのはスクアーロだった。そして、そのまま結をザンザスの前に引っ張る。


「結」


「ざ、ザンザス…。お、おはよう」


睨むように見られて、固まりかけるが、とりあえず朝できなかった挨拶をしてみた。そして、スクアーロはというとお役御免だとでもいうように、じゃあなあ!と叫びながらさっそうと部屋を出て行ってしまった。


もう少し部屋にいてくれてもいいのに、と考えたが、それはそれで恐ろしい惨状を目の当たりにしそうだと考え付き、そうそうに否定した。


「今までどこにいやがった」


「…ルッス姐と温室でおしゃべりしてた」


あそこか。と忌々しげにつぶやいたザンザス。もしかしたら探してくれたりしたんだろうか?


「テメー、なぜ逃げやがった」


低く、地を這うような声にビクッと肩を震わせる。赤い瞳が鮮烈なまでに脳裏に焼きつく。


「だ、だって…、ざ、ザンザスが…その」


「あ?」


「ザンザスが、襲ってきたんだもん」


「………知らねえ」


心当たりは全くないらしく、神妙な面持ちで思考を巡らせた後、否定された。でも、知らないのも当然だろう。何せあのときのザンザスは確実に眠気から覚めていなかったのだから。あれは、本能行動にしたがったケモノだったのだろう。目の前にある餌を前に食らい付かずにはいられるか、ということだ。


「そ、それに、上、着て寝ないと…、風邪ひくよ」


言っていてだんだん恥ずかしくなってきたらしい結はそっぽをむきながら、聞きとれるかどうかの声量で告げた。その言葉に、ザンザスは鼻で笑う。


「夏だ。暑いだろうが」


「で、でも…」


「なんだ。欲情したか?」


「なっ!」


一気に赤くなった結の顔に、機嫌が直ってきたのか、悪戯な笑みをつくるザンザス。そして、今まで座っていた執務机から立ち上がると、大股で近寄ってきた。慌てて逃げようと試みるも、それよりはやくに腰に腕がまわり身動きが取れない状態になる。


「躾のなってねえペットには首輪が必要か?」


凶悪な笑みを浮かべるザンザス。間近にせまった彼のたくましい体に、今朝の光景をおもいだしてさらに赤く頬を染めた。ザンザスが結の首元をなぞる。


「ひ、必要ない、もん!」


「なら逃げるな」


「だ、だって!」


それ以上、何も言わせないとでもいうようにザンザスの唇が結のそれをふさいだ。間近に見える赤い瞳に、はずかしさが混じってぎゅっと目を閉じる。一度唇を放されたが、それもすぐにふさがれて、今度は彼の舌が侵入してきた。


それに驚く暇もなく、口内を荒らされていく。息継ぎをどこですればいいのかわからず、ずっと詰めていると、だんだん酸欠状態になってきて、ザンザスの背中をバシバシ叩くと、ようやく離れてくれた。勢いよく入り込んでくる酸素に少しむせながら、涙目でザンザスを見上げる結。


「息をしろ。死にてえのか」


「だ…、て、分かんな…もん」


体の力がぬけ、ザンザスの腕だけに支えられている状態だった。足はガクガク言うし、息も絶え絶え。経験が乏しい結にもザンザスのキスは上手いということがわかる。


ザンザスは、未だに腰の抜けている結をソファーに運ぶと、己の膝の上にのせた。もたれかからせるように肩を抱き寄せ、反対の手は結の手に重ねる。


分厚い皮膚の感触に、全然違うんだ。と妙なところで感心してしまった結は、ザンザスの手に指を走らせた。


「誘ってんのか?」


「ザンザスは、」


ザンザスの軽口には答えずに、結は彼を見上げた。さっきまでの上気した頬はなりを潜め、どこか不安げな瞳が彼を見上げてくる。


「やっぱり、キス、とか上手い人の方がいい?」


突然の言葉にザンザスも意味がわからず眉をしかめた。そんなザンザスをみて、結はさらに言葉をつづけていく。


「ほら、今までの人って、そういうの、上手い人の方が多かった…、でしょ?だから、その…、私経験とか、ないし、キスだって、息とかわからないし…、やっぱ、経験豊富な人のほうが、よかったりするのかな…て」


すっと逸らした目。結はザンザスの方が見れなかった。その代わり、視線がビシバシと感じる。それが勘違いであってほしいと思わずにはいられなかった。


ずっと何も言わないザンザス。怒ったのか、それともその通りだと思ったのか。後者だったら確実に泣ける。と思っていると不意にザンザスの指が頬に触れた。
突然のことにビクッと揺れる肩。しかし、ザンザスはそれを気にした様子もなく、結の顎を掴むと無理矢理己の方へと向けさせ、その口をふさいだ。


さっきまでの喰らい付くようなキスとは違い、とても優しいキス。この男がこんなにも優しくキスをすることができるのかと、そのキスに酔いながら結は思っていた。


「ん…ふあ……んあ…」


絡めとられる舌に、無意識のうちに声が漏れる。


最後に結の下唇を舐めると、ゆっくりと離れていった。


「俺好みに調教できるほうが良いに決まってんだろ」


それはつまり…。


「Io ti amo solamente」


イタリア語で紡がれた言葉。意味なんてわからないけど、なんとなく雰囲気だけは伝わってきていた。


「どうして、イタリア語なの?日本語じゃ言ってくれないの?」


「俺はイタリア人だ」


「私は日本人だもん」


「イタリア語、覚えりゃいいだろ」


「う…、え、英語ですらまともに話せないのに」


「ハッ、ならこれだけ、俺に言えばいい」


ニヤリ、と口角をあげたザンザスは私の耳元に口づけた。ゾクリとした感覚が背中を走り抜ける。その感覚から逃れるために身をよじらせるも、ザンザスは逃がさないとあざ笑うように耳元で囁いた。


「Ti amo」


「な、なななっ!」


かすれる声でささやかれた言葉。耳をくすぐった言葉に体中が沸騰する思いだった。
結は囁かれた耳を抑え、ザンザスをただ凝視する。ザンザスはというと、その反応に笑みを浮かべていた。


「意味は…、愛してる」


低い声で囁いた彼は、そのまま再び口づけた。


彼の色気と、囁かれた言葉と、雰囲気に酔ってしまった結はただ、されるがまま。


このまま、溶けてしまいそうだと思いながら、ザンザスの首に腕をまわした。




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あきゅろす。
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