19:That exist no more

「まあ、そうなの?」


「…もう、私固まっちゃって…。ちょっと逃げてきたの」


結は熱くなる頬に手を当てて溜息を吐く。その様子をみて、目の前にいるルッスーリアはおかしそうに笑った。


結が彼女に出会ったのは、今朝の出来事があったあとすぐだった。
昨日はいろいろあったせいか、ザンザスがシャワーを浴びている間にいつのまにかソファーで寝ていたらしい。それを風呂から上がったザンザスがベットへ運び、そのまま一緒に寝たらしいが、それを知ったのは次の日の朝。


結が目を開けて最初に目に入ったのは肌色。それがなんなのか、寝ぼけている頭ではわからずに、確かめるためにぺたぺたと触っていればそれが身じろいだ。え、と思って顔をあげていけば、少し眉をひそめて、それでも寝ているザンザスの姿が。


夏だからかなんなのか上半身裸のザンザスに思わず叫びそうになってしまったのは仕方ないと思う。朝から刺激が強すぎる。
そのあと、起きたザンザスに寝ぼけて襲われかけ、慌てて逃げてきたのだ。実はそのあとはあってないから、ちょっと彼に会うのが怖かったり。


さて、どうしようかと思っていたところに通りかかったのがルッスーリアだった。結がルッスーリアさんと呼べば、ルッス姐と呼んで!と腰をくねくねしながら強制された。その表情はサングラスで隠れていながらも必死な形相だった。
そして、暇だからとお茶に誘われて、今朝会ったことをルッスーリアに話して冒頭に戻る。


「それじゃあ、ボスったら怒ってるんじゃない?」


「…だよね。きっとザンザス、寝起きだったからちゃんと起きてなかったと思うんだけど…。でも、ほら経験ないから、さ…」


「そうよねえ」


結達が今いる場所は、庭にある温室のなかだった。そこにお茶ができるように椅子と机がセットされている。まわりには花が咲き誇りとてもきれいな場所だ。
机の上には、ルッスーリアお手製の紅茶と御茶菓子が用意されていて、どちらも結の好みの味だった。さすがヴァリアークオリティーといったところだろうか。


「あの…、ザンザスってやっぱり、その…」


「愛人とか?」


「う…。いや、もう愛人とかはしょうがないかな、っておもうんで…。いや、目の前でその現場見たらたぶん泣くけど…、えっと、その、やっぱ経験とかってなかったらいやだって思うかな?」


「経験?」


「その、キス、とか。私ザンザスが初めてだから…、で、昨日慣れろって言われて。慣れてなかったらやっぱ、嫌っていうか面倒だったりするのかなって」


結は実は昨日ザンザスに言われたことが気になっていたのだ。やはり経験があったほうが、ザンザスも気持ち良かったりするのだろうし、でもそれはもうどうしようもないわけで。今まで彼の周りにいた女性を思うと落ち込む一方だったりするのだ。


「その辺は大丈夫なんじゃないかしら?」


「でも、今までの女性たちって、やっぱり経験豊富だったりするんでしょう?」


「……まあ、そうねえ。でも、今は貴女に夢中よ?今までボスが女を優先させたことなんてなかったんだから。それに、あんなに優しく笑うのも知らなかったわ」


「?昨日笑ってた?」


「ええ!結にボスの好きなところを聞いたじゃ無い?そのとき、すごい嬉しそうに笑ってたものだから、あとでスクちゃんとかが驚いてたわ!レヴィなんか、貴女に嫉妬しちゃって。もう、おかしかったわー!」


笑うルッスーリアに、結はいいなあと唇を尖らせた。優しく笑うところなんて、めったにないのだ。随分と希少価値の高いものを見逃してしまったものだと、残念に思った。その様子に、ルッスーリアはあらあらと微笑んでいた。


「なんだったら、ボスに直接きいてみるといいわよ」


「えっ!そんなの、ムリだよ!恥ずかしすぎる。というか、それで経験豊富な方がいいとか言われたら、回復できる自信がない」


首を左右に振り続ける結を見て、そんな心配は杞憂だろうとルッスーリアは思った。あんなに優しく笑うのだ。しかも、幹部たちに傷の一つでもつければカッ消すとまで言ったのだ。そのおかげでレヴィは嫉妬に狂い、いつもと違うボスの態度にベルは興味津々。


結に手を出す気はないらしいが、ちょっかいをかけてはくるだろう。その辺は10年たっても変わらないものだった。
スクアーロにとっては、結がいることは嬉しいことになるだろう。結がいればボスの機嫌は良く、暴力に耐えなくて済むことが多くなるのだ。


といっても、今もし彼がボスの部屋にいったとしたら、普段の何倍も荒れているだろうことは想像ついた。


「そろそろ、戻った方がいいんじゃないかしら?」


「ザンザス、怒ってるよね…」


「今頃、スクちゃんあたりが半殺しにされてるかもしれないわねえ」


それもいつものことだと、微笑むルッスーリアの言葉に結は顔をひきつらせた。漫画でザンザスのスクアーロに対する暴力を知っているせいか、その光景が簡単に想像できた。


「しかも、今は貴女がいないでしょ?」


「わ、私がいてもあまり変わらないと思うんですけど…」


「そんなことないわよー!ほら、いってらっしゃい。ボスも貴女には怒らないわ!」


結は立ち上がると最後に一つお茶菓子を口に放りこんだ。それを飲みこんでから、ぐっと拳を握る。


「よしっ。行ってきます!」


「あ、道に迷わないようにねー!」


ブンブン、と音がしそうなほど手を振るルッスーリアに見送られ、結は温室を出て屋敷の中へと入っていった。


迷わない自信はあったのだ。一度来た道。そのときにルッスーリアといたとはいえ、さすがに1時間ほど前のこと。結は自分の記憶力を信じて疑わなかった。


が、それがあだとなったようだった。現在自分がどのへんにいて、ちゃんとザンザスの部屋に迎えているのかすらよくわからない。行く時と帰るときでは逆向きになるせいか景色が違い、そうそうに迷ったことを自覚したのだ。こうなるなら、ルッス姐についてきてもらえばよかった、と結は溜息をついた。


動いてさらに迷って変な場所につくよりも、まだ安全そうなこの場所で誰かが通るのを待っている方がよさそうだ。と思い、結は廊下の隅に腰を下ろした。


静かだった。赤い絨毯はボンゴレの屋敷とも変わらない。手で触ってみれば、窓から差し込む光で温かくなっていた。
こうやって、廊下に一人でいれば、まだボンゴレの屋敷にいるようだ。自分は結ではなくてリイナなのだと言い聞かせてきた毎日を思い出してしまう。
思い出しそうになるのをせき止めるためにぎゅっと目を閉じてみる。


3日間誰とも会わずにひたすらリイナの映像を見させられたことは、結の中にトラウマのように深く根づいてしまっていた。はやくザンザスのもとにいって抱きしめてもらいたかった。彼の匂いが、存在が、声が、結を安心させる。


一つ息を吐き出して、ぎゅっと閉じていた目を開けた。


瞬間、目に映ったのは廊下の絨毯の赤ではなく、金色。そして、しししと漏れる笑い声。間近にある見知った顔にピシッと固まる結。その光景を口元ににんまりとした笑みを浮かべたベルが見ていた。


「き、キャアアアアッ!」


「うわっ、いきなり叫ぶなって。うるさいのはカス鮫先輩だけで十分」


「べべべ、ベル!な、いつ、いつからっ!」


驚きすぎて固まっていた結はようやく目の前にいるのがベルだと認識すると叫び声をあげながら飛び起きた。
慌てる結を面白そうに眺めるベル。目元は前髪で上手く隠されているせいで見えないが、その目もさぞ楽しそうに笑っているだろうことは容易に想像できた。


「うしし、さあ、いつだと思う?」


「い、いたんなら声掛けてよ…」


「何してんのかな―っておもってみてた。で?こんなとこで何してたわけ?ボスのとこにいなくていいのかよ」


「じ、実は…」


見てるぐらいなら声をかけてほしかったという言葉は飲みこんだ。それを言ってもきっと無駄だろうと思ったのだ。ポケットに手をつっこみながら、ゆっくりと立ち上がったベルは、ブーツのつま先で床をとんとんと叩く。


そんなベルに、今の現状を説明すると、大爆笑された。目の前で、お腹を抱えて笑い転げるベル。それがなんだか悔しくて、そんなに笑わなくてもいいじゃないか。小声で呟けば、どうやら聞こえたらしくヒーヒーいいながら、こんなとこで迷子になる、奴マジでいるんだ!とさらに笑いだしてしまった。



それから笑いがおさまったのは数分立ってから。ようやく笑い終わったベルは、笑った笑った。と未だに口元に笑みを浮かべながらほら、来いよといった。
その行動に、小首をかしげる結。


「ボスのとこ、連れてってやるよ」


言うが早いか、歩き出すベル。その後ろ姿を呆然とみていたが、すぐに言われた意味を理解してベルの後を追う。きっと彼なら簡単に置いていくだろうと思ったのだ。


行き道すがら、ベルはいろいろなことを話していた。かわいくない後輩のことや、うるさすぎる作戦隊長のこと。母親化してきているキモいオカマ。その話しに、結はクスクスと笑いながら聞いていた。



ベルは、その光景をみて、落とすように笑うやつだと思った。笑うというより微笑むという方が正しい。その時に結がまとう雰囲気はとても柔らかく、隣にいて居心地のいいものだった。
だからなのか、ベルは自分でも言わなくてもいいだろうと思うことも口からするりとすべり出ていた。


「俺、もうヴァリアーにはいって結構立ってるんだぜ?なのに先輩はまだペーペーだっていうし。フランのお守やらされるし」


「ふふ、でも、ベルって結構面倒見いいよね」


「……ししし、結は変わってるよな」


「変わってる、かな?」


「ボスに惚れる時点で変わってるって。つーか、ボスが惚れる時点で?」


「でも、ザンザスってモテたでしょう?」


「ボスが今まで女に興味持ったのなんて見たことねーし。つーか、本気で恋愛ってしたことないんじゃね?」


「そんなもん?」


「第一、殺し屋してる時点で“フツーの恋愛”なんて無理だろ」


「じゃあベルは好きな人いないの?」


「俺、女相手にするよりご当地殺し屋めぐりしてるほうが楽しいし」


しししっ、と笑っていった言葉にすごい発言がとびでたな、と結は呑気に考えていた。


「つーかさ、一般人だったんだろ?こわくねーのかよ。俺らのこと」


「うーん…。実際に見たことないし。まだ、なんとも。まあ、目の前で殺しとかがあったりするなら、やっぱり怖いっておもっちゃうんだろうけど、でも、それ以上にここの皆が殺されちゃう方が嫌」


誰も殺されずに、誰も殺さずにっていうほどお人よしでもなければ綺麗な考え方もしてないから。と結がベルに告げれば、面食らったようにその口元から笑みが消えた。が、それも一瞬のことで、すぐに口角はあがり、楽しそうに笑う。


「ししし、さっすがボスの女」


その表情は、どこか嬉しそうでもあった。そうこうしているうちにザンザスが仕事している部屋についたらしく、あそこ。と指差された。そして、じゃあ、王子はここで。といって廊下の向こうに歩いて行ってしまった。本当に送ってくれるだけのためにここまで来てくれたらしい。意外と優しいところがあるんだ、と妙なところで感心してしまった結だった。




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あきゅろす。
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