所謂姫抱きというものをされながら結は廊下に出た。遠ざかっていく今出てきたドアの向こうからは、楽しげな声が響いている。廊下には人はいなかった。よかった。こんなところ人に見られたら恥ずかしくて死ねる。 「…ザンザス。重くない?」 「もっと食え」 「無理」 「肉」 「野菜も食べようよ」 「それこそ無理だな」 「もう…」 どこに向かっているのかはわからないけど、とにかく彼の腕の中は安心する。くだらないだろうととれる会話をポツリポツリとこぼしつつ、ザンザスは足並みを崩すことなく進んでいった。正直、きっと談話室までの道のりを覚えなきゃいけなかったんだろうけど、覚えてない。 心臓がバックンバクン言ってるし、それが触れてる場所からザンザスに伝わるんじゃないかとハラハラしてる。 「談話室から遠い?」 「まあな」 「私、道覚えられるかな?」 「必要ねえ。俺と一緒に行動すれば問題ない」 「…それってザンザスが任務のときとか困るじゃん。迷子になっちゃうよ」 「知るか」 なんて横暴な。と思っていると、ついたらしく一つの扉が開かれた。あれ?なんだかみたことあるドアなような気がするんだけど。 既視感に冷や汗をたらたら流しているも、無情にも開かれる扉。そして、その扉の向こうにはやっぱり見たことのある部屋。 「…あの、ここって」 「お前の部屋だ」 「でも…」 「俺の部屋でもある」 「ソレって…」 「問題ねえだろ」 いや、ありまくりだろ。という言葉はさすがに言えなかった。 部屋をのぞけばキングサイズというやつなのだろう。大人3人ほどが余裕で寝れそうな大きさのベッドが一つ。それとローテーブルにそれを挟んで両側に高級そうな黒革のソファー。扉もあるから、トイレ、浴室はついているのだろう。つまりホテルのスイートルームみたいな感じ。 さっきまで結がいた部屋で間違いなかった。 「あの、ザンザス?」 結を抱き上げたままソファーに座ったザンザス。必然的に結はザンザスの膝の上に座ることになる。 「ザンザスはベッドで寝るでしょう?」 「ああ」 「私は?」 「ベッドに決まってるだろ」 「デスヨネー」 思わずカタコトになってしまうのはしょうがなかった。予想通りだったというのもあるが、それ以上に結は先ほども談話室で話していたように、恋愛経験皆無なのだ。 それが、いろいろとすっとばしていきなり恋人と同じベッドで寝ろというのだから、ハードルが高すぎる。 それでその日に同じ部屋で同じベッドで寝るとか、恥ずかしすぎて死ぬ。 「なんだ緊張してんのか」 ニヤリ、と誰がどう見ても極悪人な笑みを浮かべるザンザス。それにまた顔に熱が集まるのが分かった。もともと、そんなに赤面したりする方ではなかったはずなのに、彼を前にするとどうにも制御できない。 「す、するに決まってるでしょ…」 「今夜は手は出さねえよ」 「今夜は、って…」 「当り前だろ」 鼻で笑いながら、彼の手が私の頬をかすめた。 「…セクハラ」 「ハッ、てめえの女に手をだして何が悪い」 「まあ、そうなんだけど…」 確かにそれは正論なんだけど、と口ごもる結。しかし恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。しょうがない。だって、さっきルッスーリアの質問で初恋は終わってるとは言ったけど、そんなの小学生のときの顔しか思い出せない男の子だ。 今現在どうしているのかなんてわからないし、第一本当に好きだったのかと言われれば微妙なところ。ただ、かっこいいとかそれだけの感情だったんだろうと言われれば否定できない。 そう考えれば、結にとってザンザスは初恋も同然だった。高校のときは興味がなかったし、社会人になってからは、環境になれるので精一杯で好きな人ができる余裕もなかったのだ。 「そういえば、窓から私が見えたんでしょう?どこがよかったの?私なんかの」 少し自分を卑下した言い方になったけど仕方ない。実際に別に顔がいいわけではないと思ってるし、特別スタイルがいいわけでもない。胸とかも人並みって感じだし、彼の傍にはそりゃもうスタイル、容姿ともに抜群って人はいたはずだ。 「……知るか」 「私は言ったのに」 「……チッ」 ちょっと、苛めすぎたかな。と思って苦笑する。答えあぐねて、結果そっぽを向いてしまったザンザス。まあ一目惚れだって言われたし、いいかな。 「ふふ、拗ねた?」 「拗ねてねえ」 そっぽ向き続けるザンザス。なんか、かわいいな。というか、私ザンザス相手にかわいいとか…。前だったら絶対に思わなかっただろうに。意外と、子供っぽい行動をしたりするから、そのギャップにキュンとする。 「笑うな」 「ふふ、ごめんね」 頬を軽くつままれて、また笑いが漏れた。穏やかな雰囲気が流れていた。とても居心地がいい。 彼の手はそのまま頬をすべり耳まで到達すると、耳尻を撫でられ、くすぐったさに身を捩らせた。 するとその指は後頭部に周り、髪をからめては梳いていく。ザンザスの赤い瞳と目が合えば、その目がとても優しくて優しくて温かい気持ちになった。 「あ、そういえば、ザンザスってリイナのこと知ってるんでしょう?嫌じゃ無かったの?」 「関係ねえ」 きっぱりと言い切ったザンザス。男前だ、と感嘆する。即答してくれたのが嬉しくて、顔がニヤけそうだった。それを隠すためにザンザスの肩に顔を埋める 「照れてんのか?」 「照れてないもん」 「ハッ、そうかよ」 優しく頭を撫でられる。この手で、人を殺したりしているのかと考えればなんだか不思議だった。 「あ、そういえば、ザンザスはお仕事ないの?」 聞いた途端にぴたりと止まる手。しかしいました質問が無かったかのように再び手を動かし始める。ああ、やっぱり仕事があるんだ。となんとなく理解した。 「ザーンーザースー」 「伸ばすな」 わざとらしくザンザスの名前を伸ばして彼の顔を覗き込めば、眉間にしわを寄せて咎められる。 「お仕事はちゃんとしないと」 「必要ねえ。俺は今お前を構うので忙しい」 「…いやいや。それ仕事じゃないし。思いっきりプライベートだよ」 「知るか」 離れようとする結の頭を無理矢理押しつけさせるザンザス。彼の厚い胸板に顔を押しつけられる形になると、ザンザスの鼓動が聞こえてきた。 「結」 呼ばれて彼を見上げれば降ってくる口づけ。額、頬、鼻、瞼、と口づけられて、くすぐったくて笑い声を洩らす。最後に、唇にキスをされた。 もう、何も言わせないとでもいうように、そのキスはどんどん深いものになっていく。結の体は傾き、ソファーにゆっくりと横になっていた。しかしそこに意識をむけることもできず、ただされるがままになる。 やがて、息が切れてきたのかザンザスの背中を弱々しい力で叩くのを感じ、唇を離した。部屋の中に荒い息遣いが響く。 「これぐらいでへばるな」 「だ、だって…、は、初めて、なんだもん」 口元を手で押さえて視線をそらす結。頬は薄く色づき、どこか艶やかしさを醸し出していた。ザンザスは、もう一度今度は触れるだけのキスをする。 そのあと、しびれを切らしたスクアーロが呼びに来るまで彼からの攻めは続いたのだった。 |