11:Into me you've poured the light

頬杖をついた骸が、リイナを静かに見つめる。
屋敷内にある司書室で本を読みふけっていれば、前の席のイスを引く音がきこえ、驚いて顔をあげた。そうすればそこに骸が涼しい顔をして座っているのでとてもビックリしたのだ。
彼はあの日からずっと任務だったため、会うことはなかった。


「骸君…」


「お久しぶりですね」


目じりを少し下げ、微笑みを浮かべる彼。でも、それは作り笑いだった。彼が、誰かをだます時、何かを画策しているときに見せる笑み。あの、黒曜戦のときに綱吉と先に接触したときの笑みだ。胡散臭い笑みに、気づいていながらもリイナは同じようにニッコリ笑いかける。


「久しぶり!今まで任務だったの?」


「ええ。少し…」


「怪我は、してない?」


「僕がそんなヘマをするわけないじゃないですか」


「ならいいんだけどね」


目を細める彼。10年前のときとは違い、低くなっている声。高くなった背。広い肩幅。そして、シャープな輪郭。頭の上の髪型は変わっていないけど、後ろは伸ばしているようで、それもまたよくにあっている。


そういえば、牢獄から出られたのだろうか?ここにいる彼は、クロームなのかもしれない。とそんな考えがよぎったが、どうしたって分かるわけではないのだと、そうそうに考えることを放棄した。


「どうしたの?こんなところに」


「貴女がここにいると…、聞きましてね」


「何か用事だった?」


笑みをたたえたまま会話をする。胡散臭い笑みは、作り笑いを浮かべている“彼女”だからよくわかる。それはもしかしたらあっちも同じなのかもしれない。だったら、彼は気付くだろうか。あたしが、『私』だということを。


そこまで考えて、自嘲する。何を言っているんだ。もう望めやしないのに。例え彼がこれからあたしに対してどうなっていこうと、あたしの中に『私』はなりを潜めてしまっている。それを引きづり出すことは容易ではないだろう。


「何か、面白いことでも?」


「ううん。前にもこんなことあったなーっておもって」


「前?」


訝しげに眉をよせ、問い返してくる骸に笑みをこぼす。


「初めてまともに話した時。あのときは、クロームちゃんと一緒だったけど、途中で骸君が変わったんだよね?」


「それは覚えているんですね」


「つい最近思い出した記憶だよ!」


皮肉めいた良い方に気付かないふりをして、元気よく返事を返す。読んでいた本にしっかりしおりを挟んで、机の上に置いた。


笑みを向ければ、骸が一瞬切なそうな表情を出したのを見逃さなかった。


「どうしたの?」


「そのときのこと、どこまで覚えているんですか?」


「どこまでって…、」


「約束は?」


おずおずといった表現がぴったりな感じで聞いてくる彼。その時の表情は、縋りつくといった感じだった。きれそうな糸を放さないように、離れてしまわないように祈っている、そんな顔。


その顔に、どこか残念に思う自分がいた。ああ、なんだ。彼も同じなのかと。
しかし、そんな気持ちは表情に出さず、首をかしげる。


「やくそく?」


その言葉を繰り返して首をかしげた。それを覚えていないととったのか、とたんに彼の表情に影が差す。しかしそれは一瞬にして隠されてしまった。


「いえ、なんでもありません。忘れてください」


「骸君」


がた、と椅子を引き、席を立ちあがる彼を視線で追いかけた。


約束。たしか、していたはずだ。あれはどんな内容だっただろうか。
日記に書いてあった出来事を思い出す。リイナは意外とまめだったのか、事細かに日常が書かれていた。誰とどんな話をして、どんなことに笑って。それはビデオを見ていたからか、その光景を思い浮かべることができて、とてもありがたかった。その日記のあるページに初めてまともに話した日のことが書かれていた。


≪骸君の瞳は、とてもきれいだと思うよ≫


リイナは出て行こうとする骸を呼びとめた。ゆっくりと振り返る骸に、頬笑みを浮かべる。視線が会った瞬間、骸が目を見開いていた。


「骸君の目は、きれいだよ。とても」


更に見開かれていく目。
リイナは、ゆっくりと骸君に近づく。金縛りにあったかのように身動きしない彼は、目線を逸らさなかった。だから、あたしも逸らさずに彼の赤と青の瞳を見返す。


≪だから、そんなに嫌わないで≫


骸へ手を伸ばした。わずかに身じろぎをしたけど、気にせずそのまま頬に触れる。触れた瞬間に、目をそらされた。何かに怯えたような、縋りたいのにそれを自制しているような、そんな雰囲気だった。


≪骸君の目も、手も、とてもきれいだよ≫


「骸君の瞳は綺麗だよ。それに、骸君の手は、とても優しいの。優しく、あたしに触れるから、骸君の手、好き」


つたない言葉ではあったけど、それでも彼の瞳が若干うるんだ気がした。ゆっくりこちらを向く彼。頬に指を滑らせればその手に、彼の手が重なった。黒い手袋をしたままのそれは、少し冷たい。


≪不安になったらなんどでも言うよ。何度でも…≫


「不安になったら、闇に迷いそうになったら、何度でも言うよ。何度でも、骸君の名前を呼ぶよ」


「…リイナ…」


初めて彼がリイナの名前を呼んだ。切なげに伏せられた瞳。離れていかないようにと、頬に添えている手に重ねられた手はぎゅっとつかんだ。


それから、しばらくそうしていた。やがて、彼の気がすんだのか、少し気まずそうにしながら名残惜しそうに手を放した。


「すいません。情けないところを、見せてしまって」


「ううん。それに、前にもいったでしょ?素をみせてくれていいんだよ。泣きたかったら泣けばいいし、怒りたかったら怒ればいい。笑いたかったら笑えばいいし、嬉しいならそれを表現すればいい。あたし達の前では、表に出してもいいんだよ」


骸君は、苦笑を浮かべるとそうですねと呟いた。その言葉は、ただの相槌のようだったから、表情を表に出す気はないのだろうと思う。


「骸君は、強がりだからな―…。しかも、頼らずになんでもできちゃうし。もっと頼っていいんだよー?恭弥君とか!」


「例え、万が一にも僕が彼を頼ったとしても、彼は振り払うでしょうね」


「えー、結構優しいから、聞いてくれるかもよ?二人、結構仲いいし」


「…今、本気で鳥肌がたちましたよ」


少し間を開けてゆっくりと口を開くから、本当に鳥肌がたったらしい。喧嘩するほど仲がいいっていうのに。


「それに、僕よりもリイナの方が心配ですよ。巻き込まれる体質は、兄譲りのようですからね」


「ハハッ!あたしは大丈夫だよー!だって皆がいるし」


「そうですね。必ず、僕が守りますから。今度こそは…」


リイナの手をとり、手の甲に口づけた。それは、一種の契約か何かのようで、体中に熱が駆け巡る。顔をあげた骸君が、今日初めて、本物の笑みを見せた。それはとてもきれいで、さらに体の熱は上がっていくのだった。




リイナの日記:
今日、骸君とお話しした。本当はクロームちゃんと一緒にお話ししてたんだけど、いきなり霧が立ち込めたと思って、それで背中がぞくってしたから、あ、来たんだと思ったら、目の前に骸君が綺麗に微笑んでいて思わずみとれちゃった!

だって、骸君って、すっごい美形だよね。というか、恭弥君も武君も隼人君も皆綺麗だよね。お兄ちゃんは…うん。まあいいや。

で、最近の出来事とか、クロームちゃんにあったきっかけとか、心境とか、そういうのを聞いたり、あたしも最近あったこととか話してたら、気づいたら、彼のオッドアイの瞳の話しになってて、赤い瞳を片手で覆った骸君はとても苦しそうだった。

それに、その目が嫌いみたいだった。でも、あたしは綺麗だから好き。だって、宝石みたいじゃん。綺麗でしょ。

だから、骸君に言ったの。
「骸君の瞳は、とてもきれいだと思うよ」
そしたら、骸君馬鹿にしたように笑って、これが?っていうの。なんだか悲しくなっちゃった。だって、骸君は心底憎いみたい。しょうがないと思うけど、でも、自分の目だから、こんなにも綺麗なんだから、嫌いにならないでほしかった。


だから、あたしは好きだよっていったの。
「だから、そんなに嫌わないで」って。
そうしたら、骸君、とても驚いてて、目をまんまるにしてるの。

で、その頬に手を伸ばしたら、やっぱりすべすべしててきもちよかった。
「不安になったらなんどでも言うよ。骸君の目も、手も、とてもきれいだよ」
そうやって言い聞かせてみた。

骸君、少し泣きそうになってて、ちょっと焦っちゃった。でも、それが悲しいとかじゃないのはわかったから、そのままでいた。

そのあとは、力がなくなったみたいで帰っていったけど、これから先、何かあったら、何度でも言おう。綺麗だよって。あたしは好きだよって。
骸君ってね、頭を撫でるとき、とても優しいんだよ。だから、あたし、骸君に頭撫でられるの好き!

あ、お兄ちゃんが呼んでる!今日はこれでおしまーい。




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