09:From every window unfurls my heart

「これぐらいなんともないよ」


「だめです!小さな怪我だって、侮っちゃダメなんですから。いつも言ってたじゃないですか」


そっぽを向いて、手を放してというオーラを出す恭弥に、リイナは頬を膨らませる。リイナは恭弥の腕を消毒し、今包帯を巻くところだった。その包帯を見たときに、恭弥が嫌そうにしたのだが、それを無理矢理押しとどめる。
本当に嫌だったなら、彼女の手を振り切ってでも逃れるだろうとわかっているから、リイナもただもくもくと手当てをしていた。


「はい。終わりです。他はないですか?」


「ないよ」


「なら、よかったです」


救急箱に出した用具を片付けながら微笑めば、恭弥が息をのむのが分かった。その様子に首をかしげて彼を見れば、ふいっと視線をそらされる。逸らした横顔は、なんだか難しい顔をしていた。


「あ、リボーン君は怪我してない?」


「…してねえ。ツナ。報告書はあとで持っていく」


リボーンはそっけなく答えると、綱吉に声だけかけて部屋を出て行ってしまった。一度もリイナの方を見ることはなかった。警戒心をもたれることは予想済みだったが、あそこまで露骨にされると、胸を痛めずには居られなかった。


「…きらわれちゃった、かな?」


その呟きは誰にも聞かれることがなかった。その声が落ち込んでいるというよりもどちらかといえば嬉しさを持っていたことも、もちろん誰にも気づかれることはなかった。


俯いたリイナを心配したのか、なんだよあいつ…。と不満そうな呟きを洩らした綱吉。


「リイナ、大丈夫?ったく。もうちょっと愛想よくしたらいいのにな。疲れてるのはわかるけど…」


綱吉は、仕方なさそうに溜息をつくから、それにリイナも苦笑した。


「じゃあ、お兄ちゃん。任務の話しがあるんでしょう?あたし部屋に行ってるね!」


「リイナ。ありがとう」


笑みを浮かべた綱吉に、笑みを返して、他の者たちには手を振って部屋を出た。迷いなくリイナの部屋へと向かっていく足。もう大体の屋敷の構造は把握していた。
静かな廊下に軽い足音だけが響く。


もうすぐ部屋というところで、俯いていた顔を上げればそこには黒ずくめの彼がいた。その事実に目を見張る。


「リボーン君!どうしたの?あ、もしかして怪我してるとか!?」


「怪我はしてねえぞ。それより、話しがしたい」


漆黒の瞳はリイナを射抜く。鋭い瞳は仲間に向けるそれではない。その黒曜石の瞳に息をのんだ。まるで全てを見透かされているかのように帽子の隙間から見える瞳は、嘘も何も許そうとはしない。


それにしても、予想外だった。彼はどちらかというと、一歩下がり様子を見守ることに徹していそうだからだ。だからこそ、時間はかかるだろうと思っていたが、まさか待ち伏せされているとは思っていなかった。


「じゃあ、部屋に入る?」


「ああ。いいか?」


「うん!どうぞどうぞ。汚いけどね」


苦笑しながら中へと受け入れる。ソファーに座ってもらって、簡易キッチンで珈琲を淹れた。


「珈琲でいい?」


「いいぞ」


「エスプレッソだっけ?」


「ああ。よく覚えてるな」


「えへへ、練習したもん」


ニヘラと笑えば、その顔をじっと凝視され、思わず首をかしげる。変なことを言っただろうか?と首を傾げていれば、リボーンはなんの違和感もなく視線をそらした。


「いや、淹れてくれ」


「はーい」


タッタッタ、と簡易キッチンの方へ行き、エスプレッソを淹れ始める。この淹れ方も、リイナ特有のもので日記に淹れ方が書かれていた。だから、練習しておいた。だって、やっぱり淹れ方が違ったら、味も違うでしょ?


といっても、前の味を知らないのだから、比べようがないのだが…。


「はい。久しぶりに淹れたから、おいしいかわからないけど…」


リボーンは、ゆっくりカップを持ち上げると、まずは香りを楽しみ、そして口に含んだ。その様子をドキドキと見つめるリイナ。それを横目に見てリボーンは口角をあげる。
何も変わっていなかったのだ。このにおいも、味も。心配は杞憂だったか。とリボーンはほっと息をつく。口内に広がる久しぶりの味に満足げだった。


「相変わらず、うまいな」


「よかった」


リボーンと向かい合うようにしてソファーに座り、自分用に淹れた紅茶を口に含む。リイナは珈琲は飲めないのだ。苦いという理由は、綱吉も同じだった。しかし、彼はさすがにボスがココアを飲んでいたら格好がつかないだろうということで、無理矢理舌になじませたのだった。


ふと、カップに落としていた視線をあげるとリボーンと目があった。黒曜石の瞳が帽子の下からまっすぐに見つめてくる。


「リボーン君?」


「…お前は…、記憶がないんだったよな」


「…うん。覚えてることもあるんだけど、思い出せないことも多いんだよね…。でも、お兄ちゃんたちにたくさん思い出話聞いて、少しずつ思い出してきてはいるんだよ!」


「そうか」


「だから、きっと、もうちょっとしたら、リボーン君との思いでも思い出すよ」


「…そうか」


「…記憶がなくなったあたしは、リイナじゃ無い?」


リボーンは、今の今まで、彼女を『リイナ』とは呼ばなかった。それは、彼女がリイナでないと感じたからかもしれない。
彼女は不安に思った。このまま、リイナとして認められなかったら、どうなるのだろうかと。記憶が乏しいことはどちらにしてもしょうがないとして、どうやって認めさせればいいのだろう。


リイナが酷く困惑しきった顔をしたせいか、彼女の言葉にか、リボーンはきまり悪そうに視線をそらして。


「そんなこと、ねえぞ」


ぼそりと呟かれた言葉は、聞き逃してしまうかと思った。それでも、しっかりと聞こえてきた言葉。リボーンの方を慌てて見てみれば、平然と珈琲を口に運んでいる。帽子の上でレオンがキョロリと目をわました。


つまり、遠まわしにお前はリイナだと言ってくれたのだ。


嬉しさと同時に、心の奥に燻る痛みに気付かないふりをした。


「ありがとう!」


静かに口角をあげたリボーン。所謂アルカイックスマイルと言う奴。女性に万人受けしそうなそれは、もともと整った顔立ちのせいでよくにあっていた。謎に包まれている感じも、きっと彼の魅力の一つなのだろう。


誰も寄せ付けない、そんなオーラがどこかある。
世の中の女性がほおっておかないだろうな、と紅茶に口をつけながらリボーンを見つめていた。


「そんなにほめても何も出ねえぞ」


「え…」


「読心術を使えるんだぞ。それは思い出してなかったか?」


「なっ!よ、読むの禁止!!」


さっきのアルカイックスマイルとは別に、ニヒルな笑みを浮かべるリボーンは、喉の奥でくつくつと笑いながら立ち上がった。悪戯が成功だと言わんばかりの意地悪な表情に、思わず顔に熱が集まる。確かに、見惚れていたのだが、それを相手に知られないからいいのであって、知られてしまっては、はずかしくて仕方なかった。


「惚れてもいいぞ?リイナなら」


「も、もう!そんなこと言ってると、お兄ちゃんに怒られるよ!」


「クククッ、障害があるほど燃えるだろ?」


最後に、かすめるようにリイナの頬に口づけを落として、リボーンはさっそうと部屋を出て行ってしまった。


残されたリイナは、頬に残る感触の意味を遅れて理解して、真っ赤になりながら椅子に座っていた。それを心配して見に来た綱吉が見つけるのはもう少し後のこと。




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