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虹の放流場
スレイ…アニメ二期ED後(L様)鬱々・捏造・死亡
いつかその時がやってくると知っていた。
旅立った日、出会った日、別れた日。
人の一生涯で得られる知識の全てをもってしても、僅かな一端しか知ることのできない存在を理解し、我が身へ導いたあの日。
この手で滅ぼせる全てと引き換えに救いたかったあの日。
そんな人生という織物が完成し、糸が切られる一瞬に、また一つ、理解出来ることがある。





かみさまのおくりもの





あたしは瞼を開けた瞬間に気付いていた。
深く静かな眠りの彼方が、今眺める光の水平線なのだと。
そして知覚する。意識する。口の中で、頭の中で、胸の奥で自覚する。

あたしはリナ。
リナ・インバース。
数多の渾名を持つ稀代の天才大魔導師である。
若い時分は旅を重ね『魔の殲滅者』などと魔王が如き称号を戴いたり、一休みに商売で実家を大きくしてみたり、休息がてら盗賊をいびり倒して半ば絶滅させてみたり、史上稀にみる波乱とロマンに充実した人生を謳歌した女。
愛する伴侶を得て子宝にも恵まれた。子供も立派に独立し孫も両手で足りない程に。
資産が出来て安定してきたら、昔世話になった方々へ挨拶周りにも行った。当然の様に新たなトラブルにも巻き込まれたが。

―――幸せな、人生だった。
あたしは死んだ。体感的には数分前くらいに。
老いて尚、老獪な魔導師として名を馳せていたあたしは、この日運悪く増長していたのだ。油断したのだ。
いつもなら飲み下せる筈のサイズのローストチキンに不覚を取り、喉に詰めてしまった。
倒れた絨毯が思いの外あたたかくて眠るような心地で―――気が付くと、ここに来ていた。
見た事のない景色が広がっていたが、すぐにあたしは理解してしまったのだ。
そう、かつて絶大なる魔と対峙したあの時。
あたしの全てが大いなる混沌、金色なる闇の母に呑まれ失われ掛けた時、ガウリィが必死に助けてくれた、あの時。
この場所で、あたしは、ガウリィは、『あれ』に救われた。
どういう気まぐれだったのか―――知る由もないけれど、確かな事実。

今ならここがどういう場所なのか、大体想像が付く。むしろ感じ取れる。魂と肉体が自動的に理解するのだ。
生と死の際。
時空の狭間。
混沌へ還る寸前の崖っぷち。
安定から不安定への分岐点。
あたしの理解する金色の魔王のイメージ、一度だけ見た金環食。
その外縁の輪に居るとするなら、こんな風情でぴったりしっくりくるものがある。
総ては混沌の母なりしものへ還る…それが正しいなら生も死も、命の輪を綴じる部分に混沌が在る筈。
かつてあたしを引き摺り込んだ『あれ』が通る道も、全てが混沌へ連なる道。
つまり、定番で表せば三途の川である。
光源の分からない光の水平線は、若い頃の視力を取り戻したようにはっきりと、どこか焦点の定まらぬようにふんわりと、この静かな世界を分かつように、繋ぐように真っ直ぐ延びていた。
今度は、帰れそうにない。
まだ生きていてくれている仲間達を思い出して、共に白髪の生えるまで過ごしてくれた伴侶を思い出して、あたしは少しだけ瞼の暗闇に逃げた。
まだ果たせていない約束や終わってない仕事もあった。でも。

「よく生きた…よね」

後悔はなかった。
ただ、伴侶に死に様を見せてしまう事が、少しばかり哀しかった。

感じる。
世界に漂い充ちていたものが、目の前に力を以て形作るのを。
反射的に開いた眼が見たものは、他でもない。
あたしだった。
癖っぽい栗色の豊かな長髪。黒のバンダナ、マント、護符石付きショルダーガード。半袖の旅装をショート・ソードを差したベルトで纏めて。白のグローブ、揃いのブーツに、魔族から買い叩いた呪符。
だが、本来の色を全身から発する目映い金色によって失ったその姿は。
それは紛れもなく、冥王と戦った際に混沌に呑まれたという、あたしの姿。
仲間から伝え聞いた、魔王と成り果てた、あたしの―――

「――あ―あああああああぁぁぁぁ―――」

刹那に理解した。
目を閉じて異界黙示録を感じた時の様に。真実を。真理を。
あの時、『それ』があたしに何をしたのかを。

―――行いの対価は、払われねばならぬ―――

金色の『それ』はあたしと同じ声で言葉を紡いだ。
厳かに、静かに。

―――其れを決めたのは、其方に他ならないのだから―――

そうか、そうか。
そうだ。混沌の母。最初のあたしの認識自体はある意味では間違ってなかった。
何故魔族が母と呼ぶのか。それは神よりも魔族に近しい意識を持っているからではないのか。
魔族の重んじる契約という概念は『それ』から生じたものであるなら、『それ』は契約を破綻させる存在を赦さないのではないか。
あたしが願った『全てと引き替えにガウリィを救いたい』という願い、それを阻む冥王を滅ぼしたが、今度はガウリィがあたしを追い掛けて此処まで来てしまった。
『それ』は契約を守る為、『ガウリィ』を救う為に、この『あたし』を産み出した。
そして『それ』が呑み込んだあたしを連れていった。
残された『あたし』は、ガウリィを、救った。
『リナ・インバースを喪う絶望』から。

「ぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁあああああああ………」

ああ、これが、きっと―――コピー・レゾも感じた―――絶望。
まがいものだったんだ。
ほんものは、こうして、ずっと待ってたんだ――――魔王と化して。
あたしが、死を迎えるまで。

「……これで、これでやっと帳尻が合うって訳…?」

『それ』が慟哭するあたしを無言で見つめる。
風ひとつない空間でマントを棚引かせながら。
あの日のままの姿で。

―――そうだ。リナ・インバースの全てと近しき者よ―――

嗚咽が、一塊の溜め息になって、溶けた。
『あたし』は顔を上げ、もう一度ゆっくり、あたしの顔を見直した。
大きな瞳、可愛らしい唇、柔らかな頬。
思い返せば一番あたしが可愛い時期。一番色んなひとと出会えた時期。

「――――ありがとう――」

心から、言葉が零れて音になった。
あの時、失われる筈だった時間が続いた事に。彼女の慈悲に。彼の勇気に。彼女を想う全てのひとが救われた事に。

―――ならば、往くか―――

光が、満ちてゆく。
あたしの身体の底から、心の天辺から、染み渡り、満ち溢れる。
この輪郭まで充たされたら、霧散したら、融け落ちたら、顕になる。無明が。
ああ、無くなる。
あたし、無くなる。
闇深く、無くなって、混沌に、還る。
いいや、孵る。
あたしの中の、混沌が、孵る。
咲き乱れて、交わって、混ざり合って、解ける。解ける。
あとかたもなく。
あたしはしんだ。
あとにはただ、
あたしがのこる。
こんじきのやみが。





おわり


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あきゅろす。
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