ゾンゼロ長編
007
安吾クンの表情が一気にこわばる。その手は彼の腰に伸びていった。
カチャッ
「言うならはっきり言いや。何のための上京か?魔物の自分に分からへん訳ないやろ?」
「なんのこと?」
安吾クンの言うとおり、本当は理由なんて分かってる。
「どないしたん?撃たれたいんか?言え」
安吾クンの手にはワルサーP38が構えられている。銃口は私の額に向いて、これはいわゆる、ピンチ。
でもそこは長い付き合いだし、回避の仕方くらいは心得てる。
まあ、尤も安吾クンにとっては長い付き合い、ってことだけど。
「ほおう。ここでそれを出すとは、志萬家も落ちぶれたもの。いつ人の目があるかもわからぬ、多く人の集うここでわっちを撃てば…どうなりんす?安吾樣」
「…っ」
「仮の姿のわっちを撃てば、ただの人殺し。銃声を聞き付けて誰かが来て、安吾樣と倒れたわっちとを見れば、どういう事の有様かは一目瞭然。京に上ったところですぐさま逆戻りよ。と、言わすか、当主でも、生きてもいらりゃせんのう。そういう事を判断出来ぬとは嘆かわしや」
安吾クンのあごをなぞり上げ、喉でくすりと笑う。
うちは、花梨は格式高い遊女。花魁や。
「そっ…そんなん屁理屈や、そないな事言うてると、ほんまに撃つで」
…見るからに動揺している。
「出来ぬ癖に」
「あっ!!」
一瞬にして蝶へと姿を変え、ヒラリと飛び立った。
こうなればもう大丈夫、私は警戒を解いた。
「安吾クン、一つヒント。安吾クンの近くにおるよ!近すぎて見えへんくらいに」
「おい!」
果たして声は届いてるんかな。
「聞こえてる?まあええよ。そのうち分かるわ」
「ん?なんや…そのうち?そのうちや困る!」
ユウグレゴロ
「せやな…逢魔ヶ刻…もう間もなくや」
それだけ言い残してうちは飛び出した。
行ってしもた…
そんな、安吾クンの呟きが、聞こえた気がした。
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