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骨の髄まで使用人


<骨の髄まで使用人>


雪が降りしきる白銀の世界で赤色がひとつ跳ね回る。
ケテルブルクに来てはじめて目にして触れる雪にはしゃぎ回るルークの姿に思わず俺の口元が緩む。
ミュウと一緒に雪まみれになってけらけら声を上げるルークは無邪気そのもので、可愛いと思った。
しかしそんなことをうっかり口にしようものなら、どこかで目を光らせている被験者に剣で刺されそうなので
黙っておく。それでも胸中では可愛いかわいいと連呼していたら隣にいたジェイドが鼻で笑った。とうとうひとの心まで読めるようになったのか恐ろしいなだんなは。
俺は気を取り直して、ひとつ咳払いをしてからルークに声を掛けた。

「おーいルーク、そろそろ宿に戻るぞー」
「俺はもうちょっとここにいるっ!」
「ではガイ、子守は任せましたよ」

ルークの返答にポンと肩に手を置いてにっこり笑顔のジェイドにいわれ、俺は小さく片手を上げて苦笑を返す。
結局、その場に残ったのは俺とルークとミュウだけだった。
俺は近くにあった花壇に軽く腰掛けて、いつの間にか仲良くなっていたらしい地元のこどもたちと雪合戦をしているルークを眺めていた。
こどもたちはみんな10歳前後のようで、ひとり外見年齢17歳のルークは浮いて見えた。しかし実年齢を考
えれば、まあ微笑ましい光景だと思う。
ルークは屋敷に閉じ込められていたから、複数の相手と遊ぶという経験をしたことがなかった。だから余計に楽しくて嬉しいのかもしれない。

「ガイー」
「うん?…て、ぶっ?!!」
「あはは、顔面ヒットー!」

いつの間にか物思いに耽っていると、ルークの声が聞こえてきて反射で顔を上げたらべしゃっと雪球が顔に当たった。それも結構な速球で。ガチガチに固められた雪玉だったらしく、痛かった。痛みのあまりに悶絶して顔を抑えているとルークの笑い声とこどもたちの歓声が響いてきてこの時ばかりは大人気なく俺はこめかみをひくりと引きつらせてしまった。
それでも理性を総動員させて眉をハの字にしてしょうがないヤツだなあルークは、といった。するとルークはニィと悪ガキが悪戯を思いついた時に浮かべるような笑みを見せた。あぁ、まさにわんぱく坊主そのものだ。あのルークの表情は屋敷でも何度か見たことがある。アレは(俺にとって)良くない事が起こる前兆だ。

「狙い定めてー…」
「おいおいおいおい」
「投げろーっ!!!」

わああっ、とルークの掛け声を合図にこどもたちから雪球が飛んでくる。慌てて避けるが、何せ数が数だ。しかもあちらには投擲機もある。完璧不利な状態に情けないやらどうしたものやらで回避が僅かに疎かになった瞬間、

「ぶはぁっ」

再び顔面を雪球が直撃してぐらりと身体が傾いで頭から地面へと倒れた。
通算二回にも渡る頭部へのダメージで頭蓋骨の中がぐわんぐわん鳴り響いている。おまけに眩暈もして立ち上がれそうに無い。やってくれるなこの坊ちゃんはとため息をついて倒れたまま腕で顔を覆う。ここでルークを怒ればいいものを、仕方ないなとため息で片付けてしまうのだ。本当に自分は馬鹿だと思う。
流石に引っくり返った俺が心配になったらしいルークが近付いてきて、俺の上にふっと影が降ってきた。
腕を少しだけずらすと、大きな翡翠の双眸と視線が合った。小さく笑って「心配したか?」「ばっ…、誰が心配するかよ!」「あはは」からかうように問えばぶあっと顔を紅くしたルークが足元の雪をざっくり掬ってそ
れを俺に落してきた。
冷たいのと痛いのとが同時に襲ってきて俺はカエルが潰れたような声を上げた。開けた口に入った雪を吐き出して顔にかかった雪を払う。俺がそうしている間にルークは腰に手を当ててふん、と鼻を鳴らすと踵を返してホテルに向かおうとしていた。
その背中を見て、俺はあ、と声を上げて手を伸ばしてルークの外套の裾を掴んだ。
え?とルークが一歩踏み出そうとして、しかし俺が後ろから引っ張っているから踏み出せずにバランスを崩す。何も掴むものが無いから両手が大きく空気をかいてルークは尻餅をついた。

「あ、すまんルーク」
「……」

自分でも少し驚いた感じで呆然とした声で謝ると、肩越しに向けられた翡翠の瞳が半眼だった。

「本当に、悪い」
「…なんで掴んだんだよ」
「え、あ、いや。……風邪」
「風邪?」
「服、濡れてるのを着たままだと風邪を引くよなあ、とか考えていたら勝手に腕が伸びてな」
「あぁ、そう」

俺の台詞にルークが心底呆れたようにため息を零す。
いや、でも俺はお前の為を思ってだな―――

「お前ってどこまでも世話焼きなのな」
「…?」
「そんなに俺の世話したいんだったら、させてやるよ」

不意のルークの言葉に俺は意図が掴めなかった。眉をひそめてルーク?と返せば、ルークはにやりと笑った。
首だけではなく身体も反転させて俺と向き合う形になって、さらに俺の上に乗りかかるような体勢でルークは俺の顔を両手で挟みこんで額をくっ付けてくる。ルークの触れてくる肌はすっかり冷え切っていて冷たかった。
極至近距離で楽しそうに眇められた宝石のように透き通った瞳に俺の困惑を浮かべた顔が映る。

「主人の冷えた身体を温めるのも、使用人の仕事だろ?」
「……」

絶句した。
とんでもないルークの爆弾発言に俺は返す言葉が出てこなかった。
コイツはいったいどういう意味でこんなことをいっているんだというか俺の知らない間にどうやってひとを誘うことを覚えたんだ…?!

「おま、それ、どういう…―――」
「言葉の通りだよ。なんだよガイ、わかんねぇの?」

くすり、と吐息で笑うルークに俺は無意識に唾を飲み込んだ。なんだなんだなんなんだ…!

「使用人は主人の命令を絶対に訊くんだよなあ?」
「それはまあ、そうだけど…」
「じゃあはやくホテル戻ろうぜ」

俺の上から退いたルークが頭の後ろで手を組んでさっさと歩き出す。
いまだに座り込んでいた俺ものろのろと緩慢な動作で立ち上がって赤毛の後を追いかける。
遅いぞガイー、と前で叫ぶルークの声に急かされるように歩調を速めながら、俺はひとり曖昧な笑みを浮かべてぽつりと呟いた。



「全く、ご主人様にはどうやっても敵わないよ…」










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はじめまして、すずめと申します。
お題の方は長年の使用人癖が抜けなくてふとした拍子に無意識に反応してしまうガイをイメージしながら書かせていただきました。
うっかり最後の辺りがルクガイのようですが、大筋はガイルクです。

この度は素敵な企画へ参加させていただき有り難う御座いました。




あきゅろす。
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