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傘のない日の雨

「雲行きが怪しいな…」

ガイは眉を顰め、薄暗い曇天を仰ぐ。
今にも雨粒が降ってきそうな空はどこか遠くの方で雷の唸りを轟かせ、もうすぐこの街に雨が訪れる事を告げている。

今日は久々にルークに会いに行く。
外殻大地を降下させた後、ガイはマルクトの首都グランコクマに住居を構えた。
そこで貴族院に顔を出したり、不本意ながらも皇帝であるピオニーのペットのブウサギを世話したりと、忙しくも充実した日々を送っている。

バチカルを離れて一月。
時はそれほど経っていないのに、ガイには此処が遠く昔の土地のように思えてしまう。

そうこうしている内に、ぽつり、ぽつりと冷たい感触が肌に伝わる。

「降って来たな…」

小雨が降り出し、ガイは溜め息をついた。
まだ本降りではないにせよ、屋敷に着く頃にはどうなるかわからない。
この天候に、普段は賑やかなバチカルの市街地も人がまばらだ。慌てて洗濯物を家に取り込む者までいる。
ここから屋敷のある上層区までは、軽く見積もって10分くらいだろうか。
ガイは足早にファブレ公爵邸に向かっていた。
が、途中から雨が激しく降り始め、あっという間に飲み込まれる。

「く…っ、だんだん雨脚が強くなってきた…」

先程まで穏やかに落ちていた雨粒が、今は激しく地面に叩き付けられて弾けている。
地面には水溜まりが出来始め、走るガイのブーツを汚していった。
服は当然のように濡れ、髪の毛につけていたワックスも、この雨で流される。

「あー!!こんなに天気が悪いなんて俺知らないぞ!?くそー、傘持って来れば良かった!!」

昇降機を乗り換え、ようやく屋敷のある上層区に着いた時だった。
雨の中、傘を差した人物が一人、ぽつんと立っている。

「遅かったじゃん」

聞き慣れた懐かしい声に、ガイは目を丸くする。
それは紛れもなく、ガイが長年使えていた主人《ルーク》だった。

「ルーク!?お前…何でこんな所に…」
「何でって…。ガイを待ってたんだよ」
「俺を?」
「今日来るって、手紙に書いてあったから。それにこの雨だろ?もしかしたら傘持ってないんじゃないかって…」

ルークは濡れたガイをそっと自分の傘に入れてやる。
男二人が一つの傘の中に入るには少々キツいが、ルークのその優しさがガイにとって何より嬉しいものだった。

その時、ふと昔の記憶がガイの脳裏によみがえる。

「お前、あの時と変わらないな」
「あの時?」

ガイの言葉にルークは小首を傾げる。
覚えてなくても無理ないかと、ガイは小さく笑った。

「お前が屋敷に戻って一年も経たない頃かな。俺が旦那様の言いつけでちょっと街に使いにいった時、いきなり雨が降って来たんだよ。
で、用事済ませて急いで屋敷に戻ったら、玄関前に傘差したお前がいて…」
「へぇ…。全然覚えてねぇ」
ルークは、うーんと考える仕草をするが、やはり思い出せなかったようだ。
それでどうしたんだ?と続きを聞いて来る。

「でも、屋敷の中はルークがいなくなったって大騒ぎでさ。まさかこんな雨の日にお前が玄関前とは言え、室外にいるとは誰一人思わなかったんだろうな。当然俺だってびっくりしたよ、あの時は。
何であそこに居たんだって理由聞いたら、
『ガイが雨に濡れて帰って来たら可哀相だったから』
って言うんだぜ?」
「そ、そんな事あったんだな。それ、本当に俺かよ?」

幼い頃の素直すぎる自分に、ルークは照れを隠せない。
頬をさっと赤く染めて、目は完全に泳いでいる。

「嬉しかったな、あの時は。でも、目の前が玄関だから傘に入っても意味なかったけどな」
「う…。実際今も屋敷は目と鼻の先で、ガイはびしょ濡れだし…。迎えに行った意味ないな…」
「なーに言ってるんだ」

ガイは、うなだれるルークの頭をぽんぽんと軽く叩く。

「俺はお前が迎えに来てくれて目茶苦茶嬉しいんだぜ?」
「ガイ…」
「その優しい気持ちを忘れるな。お前のそう言う所が俺は好きなんだよ」
「…ばーか」

照れ隠しなのか、ルークはガイの横っ腹に軽く拳を当てて小突く。
素直じゃないルークもまた可愛いと思いながら、ガイは顔を綻ばせた。



「お?日が差して来たな」

あれだけ激しく降っていた雨は、またぱらぱらと小雨になり、厚く広がっている雲間からは太陽の光が差し込んでいる。
雨と光の屈折で空には大きな虹が現れ、バチカルの頂上から見えるその景色は、どこはかとなく美しい。


「おかえり、ガイ」

「ただいま、ルーク」


そんな他愛もないやり取りが幸せに感じる今を、穏やかなこの時間《とき》を、いつまでも君と一緒に過ごせたら。

二人は一つの傘の中で寄り添いながら、その幻想的な光景を、虹が消えるその時まで見つめ続けた。







+後書き+
この度主催を務めさせていただきました、はぎあと申します。
ガイonly web企画が無事開催されてホッとしています。参加者様並びに協力してくださった方々に厚くお礼申し上げます。
さて、このお話なんですが、若干私の実体験が混ざってます(笑)仔ルクの部分なんですがね。いつか使いたかったネタだったので、少し組み込んでみました。
というか…ガイ、確実に風邪ひきますね。ずぶ濡れのまま虹見るとか…想像してみたらロマンチックに欠ける。
そんな細かい事は軽くスルーしていただけたら嬉しいです!!
それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました!!


あきゅろす。
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