池田屋前夜
元治元年、水無月
早速、薩摩藩として動いていた千影達に不穏な情報が伝えられた。
「情報が漏れたやもしれません」
倒幕側の一人である桝屋の主人、桝屋喜右衛門こと古高俊太郎が新選組に捕縛されたというもの。
「何の問題がある?」
だが千影は刀の手入れをしながら問う。間者が捕まった所で予定が変わる事はない。千影達はただ言われた通りに会合の場に出席し、指令を成功させれば良い。
「しかし新選組といえばかなり腕の立つ集団と聞きます」
「『鬼』が遅れをとるとでも?」
それとも、『風間千影』はその程度の腕だと侮辱しているのか天霧?
ぞっとする程凍てついた瞳と、声。天霧は己の失言を悟りすかさず頭を下げた。
「も、申し訳ありません」
「否・・・分かっている。いくら俺が鬼であろうとも世は広い・・・・・・俺が誰にも負けぬというのはただの驕りだな」
話せ。お前が気にするならばそれなりの腕なのだろう?
「は、」
浅葱の羽織を纏う浪士組と呼ばれていた治安組織。生まれが武士でない者も多く居るがその腕はかなりのものだという。
「ふん・・・武士でなき者が武士を謳うか・・・・・・滑稽だな」
千影はくつくつと嗤い、言った。
「どうせ変わらぬ。薄汚い羽虫如きに何ができるのか見てやろうではないか」
千影は人間が嫌いだ。鬼達はただ穏やかに暮らしたいだけなのに邪魔をする。同胞を、故郷を、誇りを奪われいくら恩を返す為とはいえ人間の下す命令に従わなくてはならない。風間千彰であった時は『女』ということもあり、『そういう』対象として見られた事もあった。
「醜く権力と金、名誉にとり憑かれた目障り極まりない下等な生き物だ」
「しかし人間は時として我ら鬼を凌駕します」
「ふ、不知火にでも影響されたか?・・・・・・まぁいい」
手入れし終えた刀を収め、立ち上がる。千影は静かに命じた。
「そろそろ不知火の阿呆を連れ戻せ。あまり一族としての役目を疎かにするなと伝えろ」
「はっ」
最近、ますます長州のある人間の元に行くようになった同胞に千影はため息をつく。天霧が去り、残された千影は先月と似たような事を呟いた。
「もし、それでも俺の知らぬ『人間』とやらがいるならば───見てみたいものだ」
池田屋前夜
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