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紫水晶の影

土方歳三という男は実に狡猾だった。腕力だけでなく小手先の技術で急所を狙って来る。己の不利を認め、優位な点を見出だし、それを武器にする。


千影は其処に、恐れるべき『人間』の性質を見た。



思い出すいつかの戦闘。愉悦はいつの間にか消え去り戦意が、殺意が、憎しみが───押し寄せてくる。



「ははっ!」


(嗚呼、殺してやる)


千影の瞳にも命を摘み取ることを躊躇わない苛酷な本能が滲み出ていた。土方を通して忌むべき、そして一族を苦しめてきた『人間』への、殺意。


『目的』と『対象』が擦り変わる。
土方という『個』ではなくただ忌まわしいだけの『人間』でしかなくなる。


息つく間もない剣戟を重ね合うが互いに決定的な一撃は決まらない。両人共に冷静さなど失われ殺意のまま攻撃していた。



「───そこまでです。双方、刀を収めて下さい」



凜、とした男の声が二人の間合いに入り込む。


「天霧・・・・・・」


その正体は天霧だった。彼が浮かべているのは分かりやすい呆れの表情。


「我々は今回幕府側なのですから新選組と戦う必要はないと分かっておられたでしょう」


「・・・薩摩藩か」


土方はすぐに二人の所属先を理解した。会津や桑名にこんな強さを持ち、目立つ外見の浪士がいるなら既に新選組が把握しているはずだ。


「ご明察です、土方歳三」


天霧は慇懃無礼にそう言って未だ刀を下ろさない千影を見やり厳しい口調で諭す。


「薩摩藩が貴方を探していますよ風間。今日は退きなさい」


「・・・・・・・・・・・・チッ」


冷静さを取り戻した千影は舌打ちをしながらも大人しく刀を鞘へと戻した。


「風間・・・お前さっき【何】を斬ろうとしてやがった?」


同じく刀を収めた土方は問いかける。鋭い紫水晶が逃げるのは許さないと千影を射抜くが真紅が合わさることはなかった。


「・・・・・・」


先ほどまでの高揚は、本能は、殺意はもう鳴りを潜めている。不敵な笑みすら浮かんではいない。


「さぁな。知りたければ力尽くで言わせてみろ」


それだけ言って、千影はその場から消えた。天霧もそれに続く。



≠≠



「何故あのような事をしたのです?不知火の件なら彼処までする必要がなかったことなど分かっていることでしょうに」


天霧は厳しい表情で言う。此処は薩摩藩邸に程近いとある宿屋である。千影は手酌で酒を煽りながら素っ気なく答えた。


「言う必要はない」


ちらつくのはあの紫水晶。それに被る忌まわしい、影。それがとにかく気に入らない。


「千影様、」


「・・・っくそ」


呑んでも呑んでも酔えない。
ぐしゃり、と前髪を掴んで千影は悪態を吐いた。



───消えない。



あの鋭い影に被る不快な感情を振り払おうとその夜、いつになく千影は酒を呑み続けたのだった。








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あきゅろす。
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