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立ち塞がり、放つ刃

薩摩藩の方は天霧に任せ、千影は打ち合わせ通り天王山に通じる道に建ち並ぶ家屋の屋根で気配を殺して追っ手を待っていた。



「───来たか」



市中を駆け抜ける浅葱色の風。嗚呼、忌々しい。人は彼らを『壬生浪』と蔑む──くだらぬ名誉のために手段を選ばず、掲げた頭を挿げ替えることも厭わず、他者を虐げる暴力を好み、戦場の導として血臭を好み、仲間内への制裁を好む質の悪い下賎の浪士集団。


千影は軽やかに飛び降り、その彼らの道を立ち塞ぐ。


目の前の存在の放つ異様な空気を感じてか集団は足を止めた。先頭の男───あの夜見た男が手振りで止まるように合図をしたが血気に逸る隊士は無視して刀を振り上げ駆け続けた。



「うぎゃあっ!?」



すかさず抜刀し、一太刀くれてやればその隊士はどう、と倒れる。勢いのまま思い切り袈裟斬りにしたのだ。倒れた隊士は即死である。


「てめえ、ふざけんなよ!──おい、大丈夫か!?」


千影は最早その隊士など見ていなかった。声を荒げながら抱き起こす誰かの声すら聞いてはいない。向けられる殺意にただ佇む。


「その羽織は新選組だな。相変わらず野暮な風体をしている」


千影のからかうような言葉に怒気はますます高まるばかり。


「あの夜も池田屋に乗り込んで来たかと思えば今日もまた戦場で手柄探しとは・・・田舎侍にはまだ餌が足らんようだな・・・・・・いや、貴様らは【侍】ですらなかったか」


神経を逆撫でするような無礼な言葉。もっとも、ただの挑発でしかないのだが。


「・・・・・・お前が池田屋に居た凄腕とやらか。しかし随分と安い挑発をするもんだな」


厳しい眼差しのまま凍りつくような冷笑を浮かべて言ったのは烏羽のような黒髪に紫水晶の瞳を持つ先頭を走っていた男。


「【腕だけは確かな百姓集団】と聞いていたがこの有様を見るにそれも作り話だったようだな」


ここでようやく千影は倒れた隊士を見下す。


「池田屋に来ていたあの男、沖田と言ったか。あれも剣客と呼ぶには非力な男だった」


男は紫水晶の眼を細めてぎり、と奥歯を噛み締めた。


「──総司の悪口なら好きなだけ言えよ。でもな、その前にこいつを殺した理由を言え!」


倒れた隊士に駆け寄った別の男が刀を抜き放ち殺意をみなぎらせて怒鳴った。


「その理由が納得いかねぇもんだったら今すぐ俺がおまえをぶった斬る!」


ふん、と千影は鼻で笑う。安い挑発に乗るか、と馬鹿にした笑み。


「貴様らが武士の誇りも知らず、手柄を得ることしか頭に無い幕府の下賎な狗だからだ」


侮蔑。ただそれだけだった。



「敗北を知り戦場を去った連中を何のために追い立てようと言うのか。腹を切る時間と場所を求め天王山を目指す長州侍の誇りを何故理解せんのだ!」



千影は長州がどうなろうと幕府が滅ぼうがどうでもいい。だが矜持に生きる者として新選組の行為はたかが名声のために敗者の命を愚弄し、たかが権威のため醜悪な行いに喜び勇む、人間の卑しさを象徴しているかのようにしか見えなかった。だから気に食わない。


「・・・・・・誰かの誇りのために誰かの命を奪ってもいいんですか?確かに形だけ【誇り】を守ってもらうなんてそれこそ【誇り】がずたずたになると思います」


見覚えのある少女が恐る恐るながらもそう言った。では、と千影は問い返す。


「新選組が手柄を立てるためであれば他人の誇りを犯しても良い、と?」


「そういうわけじゃ、ないんですけど・・・・・・」


徐々に弱くなる言葉に下らぬ、とまた呟いたその時だった。



「偉そうに話し出すから何かと思えば・・・・・・戦いを舐めんじゃねえぞこの甘ったれが」



それまで黙っていた紫水晶の瞳の男は分かりやすい呆れを浮かべながら強い調子で口を開いた。









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