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双子の宴


エロ無し/依頼人





エンジンの唸るような響きは、何度聞いても体が震える。これこそバイクに乗る醍醐味だと、定期集会で集まった何十台ものバイクと部下たちを、廃車の上から見下ろした。生憎今はバイクをふかす者はおらず、部下たちは煙草に火をつけてカードゲームをしていたり、酒を煽っていた。

この近辺では知らない者がいない、県下でも1,2位を争う暴走族の総長である勇はタバコの煙を見つめながら、ぼんやりと先週の事を思い返していた。

ライバルともいえる、目障りな族のトップを消すための方法がある、と身内の人間が言って来た方法は、「どんな人間をも従順に作り変えてしまう」男たちの話だ。
その敵対している族の総長は、前総長の時代から散々辛酸を嘗めさせられてきた相手だ。言葉よりも手が出てきて、話し合いの場を設けても、一瞬で血の海に変えられ、何人もの部下を病院送りにさせられた。その強さに惹かれる者が集まった人数は、勇のチームより多い。

勇も一度、入ったばかりの時にそいつとの喧嘩に参加したことがある。だがそれが始まって1時間もしないうちに当時の総長を含めた全員が地面に伏し、ソイツはつまらなさそうに倒れた人間をゴミのように蹴飛ばしながら去って行った。
その時から勇はソイツが気に食わなかった。このチームに参加するようになったのは、当時の総長に憧れていたせいもあり、総長への詫びを入れさせるのは自分だと、ひたすら喧嘩の腕を磨くようになった。
そうしているうちに総長に選ばれ、前総長は引退した。だが彼もまた勇に告げたのだ。
必ず奴を潰せ、と。

しかし、部下を送り込んでも返り討ちに遭うだけの、一向に状況が進展しないことへの苛立ちがあったせいかもしれない。
持ち込まれた話を、身体を前のめりにして聞いて、頭を縦に振っていた。

(手段は選ばねぇ。奴を消せンならな)

そう告げて、その、「どんな人間をも従順に作り変えてしまう」男とやらに連絡を取ったのが、6日前。前料金として告げられた金額を、指定された口座に振り込んだのが5日前。そして、その敵の総長が失踪したのが4日前。

居なくなったことが分かったのは、そのチームの人間がこちらに殴り込みをしてきたからだ。返り討ちにして口を割らせれば、総長を返せだのどこにやりやがっただのわめき散らした。
なんでも見知らぬ男がふらりと現れ、総長を含めたその場にいた全員を床に沈め、総長だけをどこかに連れ去っただとか。

勇は信じられない気持ちになりながらも、口角が上がるのを抑えられなかった。ただひたすら嬉しかった。目障りな、一番大きな瘤が消えたのだから。

思い出しただけでも喜びに打ち震える身体に、ニヤニヤとしていたその時。怒声と派手に何かが倒れる音が倉庫の入り口からした。

50人近くいる倉庫ざわざわとしていた空気が一瞬で静まった。勇も音のした方に目を向ければ、ラフな格好に身を包んだ男が、笑顔を浮かべて「やー」と右手を挙げていた。

「・・・なんだてめぇ」

その男に一番近くに居たのは、チームの中で一番体格の大きな男だ。門番のような存在で、見る者を威圧威嚇する男。
だが、来訪者は相変わらず笑顔のまま、ぐるりと倉庫の中を見渡した。そして廃車の上に座る勇を見つけると、「あぁいたいた」と呟く。

「あー、君がここの総長さん?どうもどーも、俺はヤマトって言います」

よろしくーとへらへらと笑って倉庫に足を踏み入れる。
大男は一瞬呆気に取られていたが自分の横をさっさと歩いて行く男――ヤマトにハッとし、肩をつかんだ。

「てめぇ、総長に舐めた口叩いてんじゃ、っ!!」

言い終わらないうちに、ヤマトは肩に置かれた手を掴み、捻りあげた。

「っぐあ・・・!!?」

そのまま大男の身体を持ち上げ、背負い投げを決めた。ズドン!と屈強な体が床に落ち、埃が舞う。
どうやら大男は頭を打ち付けたのか、失神した様でピクリともしない。

「っな・・・!」

部下たちに動揺が走る。それもそうだ、体格差のあり過ぎる男を軽々と背負い投げをしたのだ。動揺しない方がおかしい。
だがヤマトは笑顔のまま、倒れた大男を避けて、まっすぐ勇のもとへ歩いてくる。その再開された行動に何人かがハッと戻ってきたのだろう。
「ざっけんな!!」と怒鳴りながらヤマトに殴り掛かる。だが、

「あー」

と間延びした、面倒くさそうな声をあげて、それらを避け、足で払い、あるいは顔面に拳を叩きこんだ。そのまま倒れかけた男の一人の襟首を持って、一瞬躊躇した男へ投げ飛ばす。避けることができないままぶつかり、床へ頭から倒れた。
数人とはいえ、1分もしないうちに殴り掛かってきた男たちを沈めた。

「あのさぁ、俺ケンカしに来たんじゃなくってビジネスやりに来たんだけどさぁ」

スポーツ刈りされた頭をガシガシと掻きながら、溜息を吐き出した。

「、ビジネス、だと?」

その尋常でないスピードと力技に目を見張りながら、勇はヤマトの言葉を反芻する。

「そ、あんたら俺らに依頼してきただろ?一人社会的に抹消してくれってさぁ」

その言葉で、この男が何者かを勇はようやく理解した。
敵チームの総長を連れ去ったという、男。1週間前から話に聞いていた、男。
「どんな人間をも従順に作り変えてしまう」男たちの、一人。

「・・・そうか、どうやら世話になったな」

部下たちに「決して手を出すな」と怒鳴れば、それに気をよくしたのか、ヤマトは再び笑顔を浮かべ、ポケットから紙を1枚取り出し、差し出された。ヤマトの近くにいた部下に受け取らせ、部下はそのまま紙に目を通し、目を見開いて勇を振り返る。

「なんだ」
「・・・せ、請求額・・・30万円って・・・」
「・・・はぁ?」

何の冗談だ、と廃車から飛び降り、歩いて部下のもとへ行き、その紙をひったくるようにして覗き込めば、確かにそこにあったのは30万の文字。

「何の冗談だ!」

吠えれば、ヤマトは「ん?」と首を傾げる。

「前料金で5万、払って、なんで30万も・・・!!」
「ああ、手間賃も含めての金額。確保するだけでも大変だったからさぁ」

そう言ってケラケラ笑うヤマトに怒りがピークに達した勇は、襟を掴みあげる。

「てめぇ、っざけんじゃねぇぞ!!!」
「・・・あ?」

途端にヤマトの顔から表情が消える。目は鋭い光を帯び、声のトーンが低くなり、勇を一瞬で威嚇する。
たじろいだ勇の腕を掴み、背中に回り込んで捻りあげた。

「っいつ・・・ーっ!!!」
「ああ、暴れんなよ?コレ、少しでも変に動けば、骨とか筋肉とかやられるからな」

低いままの声で告げられた言葉にビクリと硬直させる。その言葉は勇だけではなく、周りの人間にも動くなと告げていた。

「あんたさぁ、なめてんのどっちなんだよ?人間一人社会的に抹消させるのに、前払いと同じような甘い金額で済む訳ねぇだろ?」

そういいながら、空いている左手を伸ばし、勇の喉仏をなぞる。

「ひっ・・・」
「怯えんなよ、テメェも総長なんだろ?総長がホイホイ怯えてるようじゃ、先は長くねぇぜ?」

カリッと爪を立てながら「あぁでも」と続ける。

「相手の総長をまともに相手にできねぇようじゃ、どっちにしろ同じか?」

ククッと笑って、ようやく解放する。前のめりになったものの、何とか倒れこみそうになるのを耐えた。
冷や汗が頬を伝う。

「じゃ、後払いの料金。今月中によろしくー」

元の表情に戻ったヤマトはそういって、床に落ちた紙を別の人間に渡して去っていく。
だが数歩歩いて、何かを思い出したかのように、固まったまま動けない勇たちを振り返る。

「もし払えなかったら、こんどはあんたたちの身体で払えるようにしてやるよ」

冷たい声音で言い放って、今度こそ振り返らずに去って行った。





(代償があって当たり前だろ?)




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