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短編
オレ様の宿主と千年輪(後)





 不意打ちの一発を喰らって大人しくしているオレじゃねぇ。その後は殴り合いになった。
 コイツはその本体である、千年輪の力を使わなかった。宿主からの借り物である身体を使って、オレを殴り、蹴り飛ばし、踏みつけた。ひょろいからすっかり油断していたが、コイツは人間ならあるはずのセーブというものがない。普通の人間は自分の身体が破壊されない程度に無意識に力を抑えるが、コイツにはそれがねぇから、手の指がおかしな方向を向いても、拳が擦り切れて血塗れになっても、オレを殴り続けた。
 もちろんオレだってただ殴られてたわけじゃねぇ。痛みがないのか手応えはなかったが、何発か喰らわせてやった。掴みあってそこらをゴロゴロと転がり回りもした。互いの苛立ちをぶつけ合うように、飽きもせずに。
 それでも、やっぱりコイツの顔は殴れなかった。宿主と同じ、その顔だけは。

 息が切れて寝転がったまま立ち上がれなくなった頃、体力という概念が存在しないコイツもさすがに飽きたのか、その場に座り込んだ。互いに互いの血塗れだ。奴はボロボロになった手から血を流していたし、オレは顔面を散々殴られて鼻血と口から血を流していた。鏡を見たらきっと酷いツラなんだろう。身体のあちこちに走る痛みが、骨までやられた事を訴えている。呼吸するだけであばらがすげー痛い。なんでこんな展開になったか、理由なんざとっくに忘れた。
 だが、スッキリした。こんな風にコイツと殴りあったのは初めてだ。
「……なぁ」
 切れる息を整えて声をかけると、千年輪は視線だけこちらに寄越した。コイツも散々オレを殴って、オレに殴られて、頭が冷えたんだろう。さっきより棘がとれて冷静に見える。その事にいくらかほっとして、オレは言葉を続ける。
「結局、宿主の事はどーすんだよ」
「泣かせた記憶は消すさ。また最初からやり直しだ…………それでも今よかマシだからな」
 やっとコイツからマトモな返答がきた気がする。動かす度に悲鳴を上げる身体を起こして、オレもなるべくマトモな返答を心がける。もうコイツの機嫌を損ねて殴られても防ぐ気力がねぇ。止まったらしい鼻血を手の甲で拭うのが精一杯だ。
「あんまり、記憶いじりすぎんなよ。宿主の表の精神状態がおかしくなっちまうかもしれねーだろ」
「もうなってるかもな」
「おい」
 骨の突き出た指を撫でながら、自嘲気味に言いやがる。心当たりがあるんだろう。一撫でした手は元の綺麗な皮膚に戻っていた。
「他に方法がねぇ」
「ねぇことねーだろ。世の中の人間がみんな都合の悪い記憶を消し合って仲良くやってるとでも思ってんのか?」
「仲良くなりたいわけじゃねぇ。欲しいだけだ」
「似たようなモンだろ。宿主を泣かせる度にリセットするつもりか?現代でゲームやりすぎたんじゃねぇのか。テメーはまず謝る事を覚えな」
「謝るだぁ……?オレが何したってんだよ」
 本当に悪びれなくそう言う。コイツからすれば本当に悪気はなかったんだろう。その価値観が、宿主とずれているどころか対極の位置にあるとも気付かずに。
「何かしたから宿主は泣いてたんだろーが」
「大した事はしてねぇよ。どうもオレの事を心から信用しねぇから、オレが如何に今まで宿主の為に色々してきたか、忠誠の証を映像で見せてやっただけなんだぜ」
 コイツほど心の部屋を使いこなせる奴はいないだろうなと思う。伊達に三千年も色んな人様の心に巣食っていなかったというわけか。オレも同じはずだがその発想はなかった。記録を映像で見せるという発想は、現代慣れしてるコイツならではだろう。
「映像ってのは……」
「宿主にちょっかい出したヤツ全員に罰ゲームを与えた時のだ。お前も持ってる記憶だろ」
「…………」
 哀れな宿主!なんでこんな奴に好かれちまったんだ。
 かつてコイツだったオレは本気でよかれと思ってやった事ではあったが、今ならそれを見せられた時の宿主の気持ちが少しわかる気がする。
 優しい宿主の事だ。きっと自分のせいで次々と知った顔が昏睡状態に陥った映像を見せられて、心臓が潰される思いだっただろう。
 だいたい宿主からすりゃオレ達は、ある日突然、心の中に湧いて出た寄生虫だ。そんな奴に自分の生活を左右するほどの被害を与えられていたと知って、怒らないはずがねぇ。オレなら殺す。
「じゃあ、泣いた宿主を楽しんで見てたってのはどう説明すんだよ」
「宿主は泣いてる顔が一番綺麗だと思っただけだ。楽しそうに見えたかもな」
 しれっと言いやがる。確かに宿主の泣き顔は可愛かった。オレもそう思った事は認めてやる。だがそれを本人にわかるほど顔に出して、相手が喜ぶはずがねぇというのがコイツにはわかんねーらしい。
「今すぐ謝罪してきな」
「何でだよ。アイツの為におトモダチは全部手元に置いてやったんだぜ。アイツを虐げるヤツ全てに罰を与えてやりもした。これほど宿主想いなのは全世界ひっくるめてもオレだけだろ」
「宿主はテメーの思考回路とは根本的にちげーんだよ」
「嫌だったってのか」
「そういう事だ。反応見りゃわかんだろ」
「………………」
 ようやく宿主と千年輪の根本的な価値観のズレに気付いたらしいコイツは、何やら考え込んで黙る。その様は、そこらにいる普通の男子コウコウセイというものに見えなくもねぇ。見た目だけだがな。
 だがこういう時間は、悪くない。

「なぁ」
 出現させた手拭でゴシゴシと血塗れの顔を拭いながら、声をかける。身体の痛みも落ち着いて、折れたと思われる骨を治そうと間接をゴキゴキ鳴らす。こーすると治る気がすると思ってやったら本当に治ったから、心の部屋ってのはわからねぇ。
「たまには素直に腹割って話してくれねぇか?さっきみたく気に入らねぇ事があってブン殴っても、オレは結構頑丈だし構わねぇ。テメーはオレが嫌いなんだろうが、どーせ死ぬ時は一緒なんだ。だったらもっと上手くオレを使えよ。今みたく多少なりともテメーの為になる事が言えると思うぜ」
 じゃなきゃこんな奴に好かれてる宿主が哀れだ。コイツを理解してブレーキ役になってやれるのは、オレしかいねぇ。そもそもコイツの周りには誰一人として仲間なんざいない。かつてオレが、そうだったように。
 千年輪はしばし呆気にとられて黙った後、眉を顰めて言った。
「嫌いだと言った覚えはねぇし思った事もねーよ」
「は?」
 今度はオレが呆気にとられる。今まで散々殴っといて何言ってんだ、コイツ。
「お前はオレの一部だ。なんで嫌うんだよ?」
 それが全てだと言い切りそうな勢いだ。なんでそんな事を言うのか、不可解だと言いたげなツラで言う。
「…………」
 オレも宿主の気持ちがわかった気がする。思わず盛大な溜息が漏れた。
「コイツがわからねぇ……」
 オレが髪に手を突っ込んで項垂れていると、伸びをして立ち上がった千年輪が背後に屈み、オレの肩に置かれた手が背中へ滑り下りた。するとオレが地道に治そうとしていた身体中の傷があっという間に治り、よれた服も元通りになった。なんでだ?
「まぁ、そこまで言うなら早速テメェに仕事を与えてやるよ」
 驚いて振り返ったオレの疑問を受け付けない笑みで、千年輪は言う。機嫌はすっかり直ったらしい。
「オレの分身が遊戯の心の部屋に潜って記憶の在り処を探している。あの迷宮みてーな部屋でテメェの盗賊としての能力は役に立つはずだ。行って見てきな」
「遊戯のだぁ?」
 いきなり出た名前に素っ頓狂な声が出る。すっかり忘れていたが、そういやそんな事をしていた気がしないでもねぇ。どうもオレは現代の記憶が薄い。今となっちゃ、表に出ているのもほぼコイツだ。
「ああ。オレの記憶はもう現代のものが強い。お前ならまだ昔の事を覚えてるはずだ……記憶は薄れても、感覚で覚えてるだろうよ」
「構いはしねぇが……」
「なら、さっさと行きな」
 そう言って、素っ気なく千年輪は部屋を後にする。
「おい!宿主にちゃんと謝れよ!!」
 後ろ姿のまま、千年輪は手を振ってそこから消えた。オレの声だけがそこらに反響して残る。
 嵐のような出来事ってヤツだ。アイツが去った後の部屋は、異様にしんとしていた。

 部屋に残されて、オレ一人。さっきのアイツの言葉が脳裏に浮かぶ。
『嫌いだと言った覚えはねぇし思った事もねーよ』
 好き放題殴られてボロボロになったってのに、口が勝手に笑いそうになる。本当にムカつく野郎だ。何もかも気に入らねぇってのに、心の底から憎む気にはなれねぇ。
『お前はオレの一部だ。なんで嫌うんだよ?』
 オレも、そう思う。嫌う理由なんざ一つもない。オレもアイツも互いの一部で、それが全てだ。
 閉じた瞼の裏には、宿主の泣き顔が浮かぶ。男のくせに傷付きやすい、繊細で可愛いオレ達の宿主。
「千年輪のアタマがもうちょいマトモだったらな……」
 宿主の泣き顔は確かに可愛いが、オレは笑った顔の方が好きだ。ずっと暗いツラばかりしていた宿主だからそう思う。その暗いツラをしていた理由も、千年輪が原因なわけだから…………責任を感じないでもねぇし。
「うまくいくのかねェ、アイツら」
 ガシガシと頭を掻きながら呟く。
 オレの知る限りじゃ相性は最悪だ。きっとこれからだって千年輪は宿主を泣かすし、宿主は千年輪を簡単に受け入れはしねーだろう。手先が器用で何でも創り出せる宿主と、消すか壊すかしか出来ねぇ千年輪。見た目は同じでも全く違うあの二人は、反発しやすい質なんだろうと思う。そしてこれからも今回みたく、オレが巻き込まれるハメになるはずだ。
「ったく……オレ様がここまで殴られてやってうまくいかなかったら泣くまでブン殴ってやるぜ、アイツ」
 よいしょ、と立ち上がる。千年輪からの頼まれ事だ。さっさと行かねーとまた機嫌を悪くされる。そんな風に考えるオレ自身に笑える。かつて自分自身の目的だけが全てだった、このオレ様が。
 きっとアイツらの関係は間にクッションがないと成り立たねぇだろう。オレのような冷静な判断が出来る人間が必要不可欠なはずだ。宿主は可愛くても男だし千年輪は偉そうでムカつくが、しょーがねーから願ってやろうと思う。オレ様の宿主と、千年輪の幸せを。
 その幸せの一歩になるんだかならねーんだか知らねぇが、久々の探索に肩を鳴らしてワクワクしながら、オレも部屋を出た。






END









「…………ところで、どうやって遊戯の心の部屋に行けってんだぁ?」




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