短編 オレ様の宿主と千年輪(前)※3ばくら ――もっと喜べよ。全部お前の為にやった事なんだぜ。 ――どうやって喜べって言うの……?こんなの酷いよ……!どうしてこんな事したの?! ――お前はオレのお気に入りなのさ。お前の為なら忠誠を誓ってやる……望みがあるなら何だって叶えてやるよ。 ――ボクはこんな事、望んでない!! ――お前は気付いていない、お前自身の心の闇が望んだ事さ。宿主の為ならオレは何だってしてやれるんだぜ。そう、何だって―― 今日もあのホモ野郎の千年輪サマは宿主を心の部屋に引っ張り込んでイチャついてるらしい。 らしいというのは、オレは宿主の心の部屋に侵入する事も覗きする事も禁止されたせいで、向こうの状況がわからねーからだ。アイツの独占欲の強さには呆れさせられるぜ、全く。宿主を眺めたいのはアイツだけじゃねーってのに。 仕方なく、オレは自分の心の部屋でゴロゴロしている。暇すぎて頭がイカレそうだ。かと言って、千年輪に早く戻ってきてほしいとは思わねぇ。アイツはオレを痛めつけて遊ぶ嫌いがある。千年輪さえなければ、絶対オレの方が強いってのに…… どうすればあの偉そうな千年輪をギャフンと言わせられるか、最近はそれを考えるのが趣味だ。本体がアッチだから、この心の部屋で千年輪を取り上げても抜け殻になるだけなのか、そもそも千年輪を取り上げる事は可能なのか。最初は真面目に考えるが、その内そんな事はオール無視して、アイツがオレの前に平伏す想像を働かせるようになる。そんな風に、空想だけがおトモダチになりつつある。ヤバイぜ、我ながら。 想像力を働かせて遊んでいると突然、オレの部屋の扉が開いた。 千年輪が戻ってきたのかと思って寝転がったまま目線だけ送ってみると、背格好はアイツと同じだが、雰囲気は丸っこい感じの……つまり、宿主がそこに居た。しかも泣いている。 「宿主?」 驚いて上体を起こすと、宿主は気まずそうに踵を返す。迷い込んだだけのようだ。涙を見られまいと、目元を手で覆う。 「あっ、ごめんなさい……」 「待てよ!」 思わぬところで宿主の顔が見られて、相手は泣いてるってのに嬉しさを隠し切れねぇ。濡れた目は突然のオレとの遭遇に困惑して揺れている。やっぱ可愛いな、コイツ。男のクセに。 「何泣いてんだ。アイツと何かあったか?」 "オレ"になってからは前に一度話しただけではあったが、なるべく優しく声をかけてやると、宿主は全然警戒せずにオレの部屋に一歩踏み込んだ。さっきは引き返そうとしたが、やっぱり誰かに話を聞いてもらいたいんだろう。寂しがり屋か?クソ、可愛いな。 「……ボク、アイツがよくわからない……」 そう言って、まためそめそと泣き始める。男だってのになんでこんなに庇護心を煽るんだ。アイツは見た目だけじゃなく、中身も宿主を真似るべきだ。 ……とにかく、今はそんな事を考えてる場合じゃねぇ。アイツが宿主に何かやらかしたらしい。 「それじゃわかんねーよ。ちゃんと話してみな」 立ち上がり、宿主に歩み寄ってごしごしと目元を擦る手をとる。色だって白いし、手首もこんなに頼りなく細い。風呂上がりなんだか長い髪から石鹸の匂いまでしやがる。こりゃー変な気を起こしそうにもなるぜ!オレがそう思うという事は、アイツも同じという事だ。 「立ち話も落ち着かねーし、こっち来いよ」 手を引いて部屋の奥へ招くと、宿主は濡れた目のままコクリと頷いて着いてくる。コイツ、いちいち可愛いじゃねーか…… だが、そこで邪魔が入る。 「宿主」 部屋の扉に寄り掛かるようにして、いつの間にか千年輪が立っていた。しかも機嫌の悪さがオーラで伝わってくる。何なんだ、この差は。同じ場所に立ってるってのに宿主の時とは大違いだ。コイツと宿主の温度差が凄すぎて台風の目が発生しそうじゃねーか。 「なんで逃げんだよ」 不機嫌を隠そうともせずに千年輪が言う。バカが。そんな威圧したら宿主が怯えるじゃねーか! 「なんでって……」 宿主は少しオレを気にしてチラリと見る。よくわからないが頷いてやると、宿主は勇気を振り絞るようにアイツに向き直った。 「お前、態度は親切だし優しいけど、でも、いつもボクを傷付けて笑うじゃないか……」 文句の一つでも言うのかと思いきや、随分と控えめな発言だ。こういうのを『慎ましい』というのだろうか。千年輪とばかり関わっているせいか、えらい新鮮な感じがする。 そんな慎ましい宿主を後押しするように、オレも口を挟む。 「宿主に何したんだテメー」 「だから話を聞けばわかるって言ってんだろ」 華麗にスルーしやがる。オレの存在は無視か? 「来い、やどぬ」 「!!」 千年輪が手を伸ばすと、宿主は怯えるようにオレの腕を掴んで背後に隠れた。細っこい身体は簡単にオレの背中に隠れる。こんなシーンなのに可愛いと思っちまったじゃねーか。コイツを守る為なら千年輪もブン殴れる気がする。 でもそれどころじゃねぇ。やっとオレの存在を認めた千年輪が、すげー顔でオレを睨んでいる。 「宿主、そいつから離れな」 本当に宿主と同じ声なのか疑いたくなるほど低い声だ。オレはいつもこんな応対をされているが、いつも甘ったれた声しか聞いてない宿主にとっては恐ろしく聞こえるだろう。可哀想に。 「嫌だ……ボクはもう表に帰る」 「宿主」 「いつもそうだ……ボクの事、大事だって言うくせに親切なのは上辺だけで、ボクがお前に振り回されて傷付くのを見て楽しんでる。優しいふりして近付くくせに、本当はボクが苦しんでるのを近くで見たいだけなんだ……!いつもボクが泣いてるの、楽しそうに見てる!!」 「そんなつもりはねぇよ」 オレを挟んで同じ顔二人が痴話喧嘩を繰り広げやがる。断然、オレは宿主の味方だ。こんなか弱い宿主を泣かして喜んでるコイツはやっぱり変態に違いねぇ。この場に千年輪さえいなけりゃこの空間は平和になるだろう。コイツには棘がありすぎる。 「もういい、お前と話す事なんかないっ……」 成り行きを黙って見ていると、宿主はオレの背後から離れ、千年輪を避けて扉の向こうへと消えていった。その背中を、千年輪は苛立たしげに睨んでいた。 しばらく同じ空間に、オレと千年輪は無言で突っ立っていた。宿主が消えた、僅かに開いた扉を見つめたまま。 「………………………………………………何したんだよ?」 気まずさに耐え切れなくてそう訊く。 「テメェに関係ねぇ」 案の定な答えが返ってくる。まぁ、想定内だ。 「でもよ」 「うるせぇんだよ!」 宿主は泣いてたんだぜ? そう続けようとしたが、奴の胸元で光った千年輪から物凄い衝撃が飛んでくる。オレは後ろへ数メートルほど滑って持ち堪えようとしたが、耐え切れずにすっ転んで一回転して地面に頭とケツを打ち付けた。 「痛ってぇ……、テメーすぐそれやるの悪いクセだぞ!」 いつものように抗議するが、千年輪はオレには興味なさげに宿主が去った後を見つめている。 そんなに好きなら泣かせなきゃよかったんだ。コイツはいつも言葉が足りねぇしフォローもヘタクソだ。今だって気に入らない事があっても、口に出そうとはしない。 「気に入らねぇ事があるとすぐそれだ。そうやって宿主の事も傷付けたんじゃねーのかよ」 イライラしてそう言ってやると、今度は呟くような返事がくる。 「黙れ」 またそれだ。それしか言えねぇのかよ。コイツはもっと相手の話を聞く事と、自分の考えを口にする事を覚えるべきだ。 「また千年輪の力で黙らせるか?ハッ、やりたきゃやれよ。オレはもう千年輪の所有者でもねぇし、お前みたいな闇の力もねぇ。やりたい放題だ。いつもみたくやりたきゃやれよ。テメェと比べりゃ確かにオレは貧弱な人間かもしれねぇよ」 コイツから別の言葉を引きずり出そうとすると、どうしても言葉に棘が混じる。 だが、もう止められなかった。常々感じていた不満が、宿主の泣き顔を見たせいで一気に爆発しかけていた。 宿主が大事なのは、コイツだけじゃねぇ。 「だがな、オレは宿主がどうされたら喜ぶか、宿主に何をすれば好かれるか、テメェよりはわかってるつもりだぜ。……人の気持ちなんざ微塵も理解できねーテメェよりは、ずっとな!」 「黙れっつってんだよ!!」 今度は千年輪の力ではなく、コイツの拳がオレの鳩尾に入った。 一瞬息が詰まったが、千年輪そのものの力に比べれば大した事はねぇ。腹を打ち付けた拳を掴み、コイツを捕まえる。宿主と大差ない細さの腕が振り切ろうとするが、力比べで負けるオレじゃない。 「やっぱりそうだったんだな」 腕を掴まれて不機嫌もあらわな千年輪に、少し勝ち誇った気分で言う。 「オレが気に入らねぇんだろ。お前よりずーっと宿主に近いオレが。だからオレが宿主と接触すんのが嫌だったんだんじゃねーのか」 オレが宿主を可愛いと思ってるって事は、コイツもそう思ってるって事だ。そして人の感情の影となる部分、闇そのものの存在であるコイツの欲望は、オレよりももっと強烈なはずだ。その欲望は露骨すぎて、宿主みたいな慎ましい相手には理解し難いものなのかもしれねぇ。逆に宿主のそういう部分をコイツは全く理解出来なくて、理解出来そうなオレがいけ好かねーんだろう。宿主と同じ"人間"である、オレの存在が。 「そんなに警戒しなくてもテメェの大事な宿主サマは横取りしたりしねぇよ。いくらテメーが無神経な行動で宿主を泣かせたってなァ!」 今度こそ癪に障ったらしいコイツは、千年輪の力でオレを吹っ飛ばした。掴んだ手はあっさりと離れて倒れ込む。 「イテテ……」 起き上がり様に見た顔が一瞬、傷付いた表情に見えた。 オレはコイツの身体に傷一つつける事は出来ないが、言葉で心を傷付ける事が出来た。 してやった、と思う。思うはずだが、期待していた嬉しさは全くなかった。むしろ。 だがそれは本当に一瞬だけで、すぐにいつもの見下す視線に戻る。座り込んでいるオレの前に立ち、前髪をわし掴む。髪を引っこ抜かれそうな勢いに顔を顰める。 「二度と余計な口聞けねぇように、舌を引っこ抜いてやろうか?そしたらテメーでも死ぬかもなぁ。ああ?」 本音を言えば、もう死んだって構わねぇと思っていた。普通の人間ならとっくに死んでるような、気が遠くなる歳月を千年輪の中で過ごしてきた。数え切れねーくらい楽しい思いをしたし、つまんねー思いも沢山した。たまたま今の宿主と出会って遊戯と出会い、運命の歯車が動き出してオレ達の意志は二つに分かれた。 恨みも憎しみも全て抜かれちまった今のオレが現代に気掛かりがあるとすれば、コイツと宿主の事だけだ。 オレの憎悪を抱え込んだコイツと、そんなコイツに可愛がられている宿主。 信じたくねー話だが、コイツはオレの一部だ。そんな一部を残したままじゃ、まだ死ぬ気にはなれねぇ。 冷たくオレを見下すツラに一言、吐き捨てる。 「オレが死ぬ時は、テメェも道連れだァ……!!」 フッと、千年輪が笑う。どこか嬉しそうに。オレはその表情に一瞬、見惚れさせられる。宿主と同じ顔。なのに可愛さなんざ微塵もない、オレの影を全て背負った微笑。掴まれた前髪が離される。 警戒する間もなく、奴の足が惚けていたオレの顎を思い切り蹴り飛ばした。 →Next [*前へ][次へ#] [戻る] |