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短編
サービスデー



 宿主が気を失った。ここで倒れて怪我をされたら少々困る。特に、大事な指先は。
 気絶して倒れそうになった瞬間、オレの意識を表に出し、宿主の意識は心の部屋に押し込めた。
 昨夜は、確かに無理をさせてしまったかもしれない。変な事を考えるなよ?ジオラマを作らせていただけだ。
 身体が少し寝不足なのだろう。人間の身体は疲労と負傷の点で厄介だ。オレにはあまり関係ない事ではあるが。
 ここは無理をさせてしまった代償として、授業中に居眠りなど出来ない優等生の宿主に代わり、オレ様が大いに身体を休めてやるべきだろう。堂々とな!

「獏良くん、どうしたの?今フラついてたけど大丈夫?」
 器の遊戯がデカい目で眉尻を下げて顔を覗き込む。一見心配しているように見えなくもないが、そうではないのはこのオレがよく知っている。
 どうもコイツはオレを、宿主ごと疑っているように思う。ただの中身のない器かと思っていたが、それなりの勘の鋭さは持ち合わせているという事か。その疑りは正解だ。オレは近い未来、貴様らを闇に葬り去るだろう。
 しかし今ここでコイツにオレである事がバレてもメリットはない。返って疑いは深まるだろう。今はまだ、信じ込ませるべきだ。
「ううん、何でもないんだ。ちょっと眠くってさー」
 ニコリ。軽く笑いかけてやる。
「そう……?あんまり無理しないでね」
「うん!ありがとう、遊戯くん!」
 疑り深い眼差しの器に、眩しいまでの宿主(中身はオレだが)の笑顔。この眩しい笑顔を前にして、僅かにでも裏を疑った事に罪悪感を覚えるがいい。

 さて。
 チャイムが鳴り、授業が始まる。学校というのは実にくだらねぇ場所だ。どいつもこいつも同じ服を着て、同じ時間に同じ事を習うのだ。馬鹿馬鹿しい事この上ないぜ。
 オレは席につくと早速、机の上を整理して寝る支度に取り掛かる。
 鬱陶しい制服の前を開き、シャツのボタンも数個外す。千年リングが見えない程度にな。ここまできっちり着込むと、ただでさえ窮屈な制服が余計に窮屈だ。宿主の真面目ぶりには呆れるほど感心させられる。
 しばし視線を集めた事に気付いたが、気にせず机の上で腕を組んで頭を伏せた。
 きっと今のこの姿は、普段の獏良了からは想像もつかないほどだらしない格好に映っているだろう。あらゆる角度から視線を感じる。特に、いつも宿主を追い回している豚共の下品な熱視線は顕著だ。

 いいだろう。今日は特別サービスだ、小娘共。これから始まる退屈な授業とやらを楽しい時間にしてやるよ。
 長い横髪を耳にかけ、垂れてくる髪を背に払った。首元に風を感じる。ついでに胸元にも涼しい空気を入れてやるように、シャツのボタンの留まった箇所に指をかけて扇ぎ入れる。
 せいぜいこの姿を網膜に焼き付け、帰って布団の中で色っぽい夢でも見るがいい。そして朝方に濡れたパンツに気付き、己の下劣さに愕然とするがいい。
 中には男の視線も感じられたが、無理もない。宿主はオレの目から見ても美人だ。人間だった時分なら変な気を起こしていたかもわからねぇ。だがオレ様の視界に入る場所でその粗末なモノをおっ勃てるのはやめな。心底不愉快だ。
 貴様らでは触れる事も叶わない宿主の姿を、惜しげもなくここまで晒してやるわけだ。感謝しな!
 ただし宿主で勝手な妄想をするのは結構だが、この身体に触れる、相思相愛になれる、などと馬鹿な夢を現実に持ち込むなよ。
 叶わぬ夢なんざ見続けなくとも、そのうち終わらない悪夢を貴様らに見せてやる……楽しみにしているがいい。

 頭を伏せてまどろんでいると、頭上から咳払いが聞こえた。
「あー……獏良了。真面目なキミが居眠りするのは相当疲れているという事なのだろうが、今は授業中で……」
 何やらジジィが喚いている。
 うるせぇな。オレは今、身体の休息を宿賃として宿主に払ってんだ。オレはオレの役目を果たしているというわけだ。
 だからテメェも、大人しく己の役割を果たしてな……!!
 ちらりと見上げて睨むと、教師らしいジジィはくるりと背を向けた。
「あー……コホン。まぁ、こんな日もあるでしょう」
 そうだ、それでいい。大事な任務の邪魔をしやがって……次は容赦しねぇぜ……







「獏良くん、獏良くん!」
 ゆさゆさと揺さぶられて目が覚めた。
「あれ……遊戯くん?」
 いつの間にか寝ちゃっていたみたい。授業はもう終わってて、クラスのみんなは各々休み時間を過ごしていた。遊戯くんとみんながボクの机を囲むように立っている。杏子ちゃんだけがメンバーからいないのはどうしてだろう。何かの係なのかな?
 寝ぼけ眼できょろきょろ辺りを見回してみると、なぜだかやけに視線を感じる。
 居眠りなんか滅多にしなかったもの、珍しかったのかな。ボク自身、驚いている。……実はノートをとっているフリをして、TRPGのシナリオを書いてた事はあったけど……
「あの……」
「?」
 遊戯くんが気まずそうに視線を泳がせる。どうしたんだろう?
「あの、すごい格好で寝てて相当疲れてたみたいだけど、その、制服はちゃんと着た方がいいよ。女子が気が散って、授業どころじゃなかったみたいだから……」
「すごい格好?」
 一度女子グループに視線を向けたみんなに倣って女子を見ると、気まずそうに顔を逸らされた。よく見れば今は女子グループの一つに加わっていた杏子ちゃんが、「今日の授業つまんなかったねー!あはは」なんて話しかけている。心なしかみんな、顔が赤い。
「あ、ああ、意外だよなー!獏良があんな風に居眠りするなんてよー!」
 と、沈黙を破るようにぎこちなく城之内くん。
「お、おぅ!城之内ならパンツ一丁で寝てても何も違和感ないけどなー!」
 続いて、同じくぎこちない本田くん。
「ま、普段見せない部分を見せるのは戦術の基本かな」
 最後に、髪をいじりながら御伽くん。みんななぜか噛み噛みなのに、彼だけ冷静だ。いったい何の話だろう?

 そんなに寝相悪かったかな……寝ちゃったおかげで、身体はだいぶスッキリしたんだけど。
 見下ろして、一気に顔から血の気が引く。
 急いで制服の襟を両手でかき寄せて前を閉じる。胸元がガラ開きだ。
「うわぁ、あああああああ!!な、何コレ!!??」
 なんで?!白くて薄っぺらいのが嫌だからいつも見えないようにしてたのに!!
「なんでボクこんな乱れたカッコしてるの?!」
 急いでシャツのボタンをかけ直すボクを尻目に、みんなは気まずそうに目配せした。寝相が悪いとかいう問題じゃない!
「いったいボクが寝ている間に、何があったの……?」
 みんなボクの質問に答えない。ちょっと笑ったように見えるけど、何も言おうとはしなかった。
 代わりに、どこかで誰かが、喉を鳴らして笑う。誰かはわからない。でも。

『おはよう、宿主サマ!』

 そんな声が聞こえた気がした。





END





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あきゅろす。
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