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短編
写真立て
※サキエルさんからの頂き物です。








「ん?」
見間違いか、と思い振り返る。顔のすぐ横を低速で過ぎていったそれは、まだ手の届くところに浮いていた。今度はじっと見る。見間違いではなさそうだ。何となく気になり、バクラは徐々に離れていくそれに手をのばす。掴んだそれは薄くて軽い。引き寄せて見るが、見間違いではなかった。
「誰だコイツ…」
少し顔を歪めたバクラが持っているのは、どこにでも売っていそうな普通の写真立て。ただ普通と違うのは、これは心の部屋にのみ存在する、という点だ。薄いアクリルを2枚、四方の螺子で止めた、シンプルな作りのそれ。2つだけ螺子が長い。この部分が足の役目を負い、家具の上で自立するのだろう。バクラが違和感を持ったのはその中身。写真立てには勿論写真が入っているが、おかしなことに、それは他の色がひとつも無い、ほぼ黒い紙と化したものが入っている。透明なアクリルを裏返してみる。本来なら裏面は白色のはすが、こちらも表と同じく黒い。バクラの眉間に皺が寄る。螺子を緩め、中から写真を取り出して掲げ、透かしてみるが、写真はどこまでも黒く、何も見えない。舌打ちが漏れる。似たようなものを前に見たことがあるが、それはバクラが触れる直後、溶けるように、消えてしまった。

無意識下の抵抗は、いくら心の模様替えをしても消えることはない。駒として使うために、バクラの存在を当然のように受け入れるようにしても、心のどこかには、僅かに抵抗が残っている。

「………」
以前見たものには、家族の写真と友だちの写真が入っていた。心の部屋に点在するアイテムには意味がある。現実と精神では若干違うこともあるが、これの意味はほぼ同じと言えるだろう。写真を、目につく場所に、手の届く所に飾るのは、いつでもその姿が見れるようにするため。写真に写っているのは、その人の大切な存在。バクラが見たそれは、バクラが手にする前に消えた。触れられたくないと、強く思っている証拠だ。しかしこの写真には触れることができた。が、肝心の中身が見えない。これも抵抗なのか。または無自覚の好意か。それとも、姿を見たことがないのか。バクラには関係ない。しかし、胸の奥で何かが燻ぶっている。それが何か分からない。分からないから腹が立つ。誰だ、と先程から続いている疑問に戻り、険しい顔付きになる。
「何してるの?」
聞き慣れた声が聞こえる。ぺたり、と床の上を裸足が歩く軽い音がし、バクラは不機嫌な顔のまま振り向く。獏良が居た。外では眠りについたのか、上下パジャマ姿でそこに立っている。バクラの顔を見て、眉をひそめる。ぺたりぺたりと近付き、数歩手前で止まった。
「なんで怒ってるの?」
ふいと顔を反らしたバクラは、写真立てに乱暴な手付きで写真を戻し、獏良に押し付けた。斜めに写真が入ったが気にしない。いきなりのことに獏良が驚き、写真立てを落としそうになる。そのまま落として割れてしまえ、と思ったことに疑問を抱く。何故こんなに苛立っているのか。たかが写真の1枚に。
「もう、何するんだよ………写真?」
気付いた獏良が声にし、首を傾げる。獏良にも見えないのか、そのまま暫し眺めた後、バクラと同じ様に掲げて見ている。アクリル製の写真立てに斜めに納まった写真を、頭上に掲げて不思議そうにじっと見ている。その顔が何かに気付き、強張った。嘘、と呟き、バクラを見る。信じられないという顔で、バクラを見る。
「見たの?」
ここで見たと言って、鼻で笑えば、どんな反応をしたのだろうか。怒るのか、赤面するのか。それとも、微笑むのだろうか。獏良には見えた、その写真に写る者に向かって。
「…見えねぇよ」
「え?」
吐き捨てるように言い、バクラは背を向けて歩き出す。獏良は追ってこない。その場に立ち尽くしたまま、去っていくバクラの背を見ている。見たくなかった。獏良のそんな顔を、見たくなかった。何故そう思うのか分からない。苛々する。バクラは千年輪の方に意識を向け、獏良の中から出ていった。





写真立てを手にしたまま、獏良は混乱していた。写真とバクラが居たあたりを交互に見ながら、なんで、と口にし、手の平で口を押さえる。写真は黒いままだが、獏良には何が写っているのか、分かってしまった。もう一度、嘘、と呟いて、これをどうすればいいのか悩みながら、うろうろと歩く。辿り着いた先は、自室によく似た心の一室。違うのは、部屋の中には必要最低限の物だけがあり、そして小さな金庫が、部屋の角に隠れるように鎮座していた。その前に立ち、獏良は悩む。この中には大切なものが入っている。しかし足はそこから離れ、本棚の前で止まった。アルバムと本が数冊ある棚は、スペースにまだまだ余裕がある。そこに立てて置いてみるが、すぐに写真立ては伏せられ、上から机の上にある小物が乗せられる。ふぅ、と肺に溜っていた息を吐き、獏良は部屋の中にあるベッドに腰を下ろし、横になる。視線は部屋の中をぼんやりと眺めた後、本棚に止まった。
「違う」
呟き、布団を被る。絶対違う、と呟いて、獏良は目を閉じた。顔は真っ赤だった。



END


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あきゅろす。
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