昼休み。いつもの様に屋上で、購買で買ったパンを齧っていると隣に座っていた万斉が突然こっちを向いて言ってきた。 「晋助、今日は何の日でござろう」 「あ?」 気を取られてパンの間から焼きそばが落ちた。 シャツの上に焼きそばとソースが付いて、ちっ面倒だな、と思っていたら透かさず万斉が手を伸ばしてきてシャツの上の焼きそばを取り除くと御絞りで汚れた部分を軽く拭う。 つか、何で御絞りなんて持ってんだよ。 「零すとは…晋助、行儀が悪いでござるな」 「テメェが行き成り喋ってきたからだろーが」 「喋るくらい良いではないか。あぁ、また零してる」 「あー判った、良い、自分でやる。…で、何だって?」 御絞りを退け乍ら万斉を見れば、だから、と同じ事を言われた。 何の日って、そんなの知るかよ。 面倒だと思い乍らも頭の中で考える。然し何も思い浮かばなかった。 こいつの誕生日は先月だったしちゃんと祝ってもやったしな。何もしなかったら五月蠅ェから仕方なく。この俺がわざわざプレゼントまで買って……いや、今はそれはどうでも良い。 俺が黙っている間、万斉は隣で辛抱強く無言で待っている。決して急かさない、そう云う忍耐力があるところは結構凄ェと思っているんだが、まぁ言ってやる必要もねェしこれから言うつもりもねェ。 暫く無言の状態が続いて、俺が判らないと言えば万斉は途端に残念そうな顔をした。 「晋助の事だ、その返答は予想していたでござるが…矢張り知っていて欲しいでござるなぁ」 「判らねェもんは判らねェんだよ」 「もっと良く考えて、思い出して欲しいでござる」 サングラス越しでも判る、少し拗ねた様な表情。 それはほんの些細な変化だから恐らく他人から見ればいつも通りの普通の万斉の姿に映っただろう。だから一丁前にクールだとか言われてんだ。 はっ、馬鹿らし。こいつの何処がクールなんだか。 こいつは結構女々しかったりする。外見に似合わずイベント事は大切にするしどっちかと言えば家庭的。シャツに皺が寄るからアイロンを掛けろとか、さっきだって御絞り持参してたしな。意外とロマンチストだし、記念日とかにも五月蠅い。 …記念日? そうか、今日は何かの記念日なのか。 思い出す限り今日はイベントは無い筈だ。だとすれば記念日の確率が高くなる。 それじゃ、俺には益々判らねェ。俺がいちいち記念日なんて憶えてる訳がねェからな。 どうせ、付き合い出した日とか初めて一緒に出掛けた日とか、そう云うのだろ。 くだらねェ。 適当に当りを付けて言ったって良いんだが若し間違っていたりしたらまたごちゃごちゃと五月蠅ェだろうから何も言わねェ方が良いだろう。 再度、判らねェ、とだけ応えた。これでさっき当りを付けた様な事だったら思った通りくだらねェと言ってやるか。 万斉は、はぁ、と溜息を吐いてから俺の方を真っ直ぐ見た。 「今日は、晋助と拙者が初めて手を繋いだ日でござる」 「………は?」 パンが喰い終わった頃で丁度良かったかもしれねェ。じゃなきゃ多分また落していただろう。 固まった俺の目の前で万斉は、おーい晋助ー?と手を左右に振る。 おーい、じゃねェよ。何だって?ぁあ?手を繋ぐだぁ? 予想を上回るくだらなさじゃねーか。 「…くだらね」 「くだらなくなんかないでござるよ!今迄散々帰り道で手を繋ぐ事を渋っていた晋助がやっと…!」 「渋ってたっつーか嫌がってたんだがなァ」 「今日こそは繋ごうと言い出した拙者の言葉に、『仕方ねェな』と照れながら手を差しだして」 「照れた憶えはねェ。つか多分そりゃテメェが余りにも五月蠅ェから面倒になって仕方なくだろ、良く憶えてねェが」 「憶えてないのでござるか!?拙者はこんなにも憶えていると云うのに」 そう言って、何ともまァ騒がしくぺらぺらと喋ってきやがった。 あの日は初めて俺の家に行った日だとか俺と一緒に寄り道した日だとか俺が初めて笑い掛けてくれた日だとか、どれもこれも本当にくだらねェ事ばかりどんどんと捲し立てる。 つか何でんな事憶えてんだよ。気持ち悪ィな。何だよ初めて飲み掛けの珈琲くれた日ってのは。今後は余っても絶対にこいつにだけはやらねェ。 今のこいつの状態を、こいつの事をクールだなんて言った奴らに見せてやりてェもんだ。そうすりゃそんな馬鹿げた事は誰も思わねェだろうに。 「つーか俺が判る訳ねェだろ、んな事ァ。今日が何の日かなんざテメェにしか判らねェじゃねーか」 「だから、それは予想済みだったでござるよ。先程も拙者は、晋助は知らないだろうと思っていたと言ったでござろう?」 「じゃぁなんだ、テメェは俺が答えられねェと判ってるってのにわざわざ今日が何の日か訊いたってのか」 「そうでござる」 そうって、喧嘩売ってんのかこいつは。 なんて事を思っていたら、そうではない、と万斉が口を挟んで来た。未だ何も言ってねェっつの。勝手に心の中読んでんじゃねェよ。 尚も見続ける万斉に俺は口許だけで笑みを作る。 「はっ、俺に手ェ繋いだ日くらい憶えとけって言いてェのか」 「それは憶えてくれていたら嬉しいとは思うでござるが…。だが、今回はそう云う意味で言った訳ではないでござる故」 「知っていて欲しいって言ってたじゃねーか」 「それは、拙者が如何に晋助の事を想っているか、をでござる」 僅かに眼を見開いた俺に、万斉は穏やかな表情を向けた。 「晋助との思い出はどれも大切なものばかり。どんな些細な事でも憶えているでござるよ。…と云う様な事を言いたかった訳で、拙者にとって晋助は重要な存在だと、…まぁ平たく言えば晋助の良さを自慢したかったのでござる」 「何で俺の良さを俺に自慢してんだよ」 「さぁ?何ででござろう」 「…何だそりゃ」 呆れてその場に寝転がれば丁度良い具合に万斉の影が俺の上にきた。 逆行だから良くは見えねェが、多分腹立つくらい緩んだ顔してるに違いねェ。 俺の前髪を弄って、その儘頭を撫でられる。 そっと、晋助、と名を呼ばれた。 「だが、これで主に対する拙者の想いが伝わったでござろう?」 「はっ、何言ってやがる。俺ァな万斉、テメェが記憶力が良いってのしか判らなかったがなァ」 「…これは、手厳しいでござる」 ふ、と万斉が笑った気配がした。 ふわりと馬鹿丁寧に触れるからくすぐったくて仕方ねェ。 また今日が何かの記念日になるんだろうか。 まァ、そんな事ァ俺には関係ねェか。 どんな日になろうがそれを俺が憶えていようが憶えていまいが、俺は今迄通り何も変わらねェしな。 2010/06/30 |