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終わらない愛のための終わりへ (土方)




「夢乃ちゃん、考え直してくれないかな?」


「近藤さん……つまり?」


「つまり、…逃げてくれ。君だけでも、生き残って欲しい」



夜の闇。

砲弾の音が鳴りやむと、静けさの中に何かが紛れ込んでいるような気がしてくる。

闇に紛れて仕掛ける程の余裕は既に無いはず。
だから気のせいだとわかっている。
敵味方ともに疲弊しきっている今、
闇は束の間の休息。

それに、向こうは明日か明後日には増援が来る手筈だろうし。
無駄な体力は使わないに決まっている。

そう、わかっていても、闇は怖い。静寂は不安だ。
それだけ、私達は追い詰められていた。

束の間の休息も、もう許されないということか。




「近藤さん、アイツに頼まれたんですか?」


「えっ?あっ、いや、違う、違うよ?」


「そうですか。それは良かった。
お前だけ逃げろ、なんてアイツに言われたら、その場で斬り捨ててやるところでした」


「ぅえっ!?」







修羅の道に続いていると、なんとなく気付き始めたあの頃。


『俺の、嫁になるか?』


この先に平和で幸せな人生がないと、十四郎も気付いたのだろう。

失礼な奴だと思った。

家庭なんてもの、望む人じゃないくせに。嫁、だなんて。
帰らぬ人になるとわかっていて、帰る場所になれと言う。


家庭より、嫁より、十四郎には優先するべき護るものがあるって、誰よりも理解してる私がイエスなんて言うと思ったの?
それは私にとっても、何より優先すべきものだというのに。


『嫁のポジションに興味はないわ』


『そうか』


『馬鹿にしてるの?』


『いや、…愛してる、ただそれだけだ…』


『そう…。残念ね…』










「近藤さん、私、嫁になるかって聞かれたの。随分前に」


「うん」


「断ったのに、まだわかってないのかな、あのマヨラー。
私を何だと思ってるのかしら」


「わかっているさ。
ただ、トシは本当に夢乃ちゃんを愛してるんだろう」


「……残念ね、本当に」


「どうしてだい?」


「だって、私も愛してるから」


「…そうだなぁ、確かに、残念だったな。だけど…」


戦場にも、空には星が引っ掛かっている。


「だけど…、それは奇跡のような、素敵なことだ。幸せな、ことだ」



近藤さんの言葉。
空の上の星が話し掛けてきたのかと思った。

実際、近いのだと思う。

近藤さんは、もう覚悟を決めたのだ。


自分の人生を全部振り返った上で、
手の掛かる部下を気遣ってくれている。




「ごめんなさい…」


「ん?どうした?」


「時々、思ったんです。
もし、あの時プロポーズを受けていたら。アイツに家庭を作ってあげていたらって」


「うん」


「もし、家庭があったら、
アイツは、今こんなところまで来てなかったかもしれないって。
あのプロポーズは、アイツなりの不安で、アイツなりの最後の逃げ道だったんじゃないかって」


「そうかもなぁ。トシは素直じゃないから…」


「でも、そんなもしもなんて関係なかった。
ごめんなさい。十四郎も私も、近藤さんだからついて来た。
ただそれだけなんだ。
そして、十四郎を愛したから、こうしてここにいる。
近藤さんは、謝らないでね。
むしろ謝るのは私達のほうだから。
ごめんなさい。心配ばかりかけて」


「心配くらいさせてくれ。
かわいい部下なんだから。
だから、俺は最後まで言うぞ。生きろ、と」


「はい…」



悔やむのも恨むのも、とうに止めた。
これが、運命だと言うのならば、そうなのかもしれない。

十四郎に出会えたことも。
近藤さんに出会えたことも。
総悟や山崎と出会えたことも。

こうして、敵に囲まれた戦地の夜に、
嵐のような死を前にして、
ゆっくりと人生を振り返ることも。

全部、運命だったのかもしれない。



「近藤さん、惚れた女を護るのが男の幸せ、ですか?」


「ん?まぁ、そうだな」


「なら、女の幸せってなんだと思います?」


「惚れた男の子供を育てること?」


「あー…そっか。それが正解か…。
私はやっぱり女失格かなぁ。
だって、私は、惚れた男と共に生き、共に倒れることを幸せだと思うから。
残されるのは、…ね」

愛したからこそ、夫婦にはなれなかった。


「選んだんだね」


「はい。
だから、近藤さん、私、幸せなんですよ、誰よりも。
最期まで一緒にいられるんだもの」


「そうか」


「近藤さんは、幸せですか?」


「幸せだよ。
こんなにかわいい部下達に慕われて、幸せじゃない奴がいるかい?」


それでも、近藤さんの笑顔は寂しそうに見えた。


「幸せだけど、願いはあるな」


「なんですか?」


「部下達には、生きて欲しい。という願いだよ。叶えてくれないかな?
ついでに部下達が結ばれる晴れ姿も見たいなーなんて」


「近藤さん、欲張りですねぇ」


「はは、違いない」


「いいですよ、見せてあげましょう。
この戦いが終わったら、結婚、してもいいです。近藤さんのお願いなら、仕方ないです」


「本当かい?そうか!めでたいな!
さっさと勝って、戻って準備をしなくちゃな!」


星空は好きじゃない。
早くここへ来いと言われている気がして。

まるで、叶うことのなかった夢の墓場にも思えるんだもの。

ごめんなさい。近藤さん。
きっと平和な世に生まれ変わったら、あなたの前で幸せな結婚をするって約束します。逢えたなら、十四郎と。
子供だって抱いてもらいたい。
だから、この生では、あなたのためにこの命を使わせて下さい。


私は、立ち上がり、近藤さんに頭を下げた。


「お休みなさい」


「おやすみ。トシにも少しだけは休むように言ってくれ」


「はい」


数時間後には、また命のやり取りが再開するのに。
おやすみ。と言った近藤さんの眼が本当に静かで揺らぎがなくて。


私は、訳もなく泣きたくなった。










2013.07.23.

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