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鬼の祝福 (沖田)
※想いを紡ぐ なんとなくその後









結婚して数年。

俺と夢乃は変わらず二人で暮らしている。

子供はいない。予定もない。

夢乃は子供はいらないと言う。
珍しく「絶対」という言葉を使って。

まぁ、どちらかと言うと、俺もガキは苦手だったし、お互い身寄りもなく孫を見せる親がいるわけでもない。

近藤さんがちょっと寂しがるだけだ。

俺は別に二人のままで構わなかった。













『今日のゲストは!
パパになったばかりの、この方!!』

リビングでTVをつけると、最近子供が生まれたというイケメンタレントがデレデレと『もうかわいくってかわいくって!!』親バカっぷりをアピールしていた。

たしか最近どの番組でも引っ張りだこのタレントだ。
忙しくて育児なんかしてないだろうに子煩悩のイメージで好感度アップかよ、と鼻で笑ってみる。


「へぇー、この人子供生まれたの。
人の親として大丈夫なのって心配しちゃうなー。………………。」


「……………」


「…………………」


「…………何でィ?なにか?」


「あのさ…、総悟、本当は…子供欲しかったりする?」


全く。これだから。


「バカか。
それはもう俺達の中で納得して決めたことでさァ。いちいち掘り返すな。
らしくねェ」


「らしく、ない、か…。」


「お前はもっと勝手だろうが。
まァ。俺も勝手ですが?
勝手な俺達がお互いに納得した結果だったはずだ。
二人で居ればいい。違うか?」


「……違わない。
ありがと、総悟…」


「わかればいいんでィ」


TVの中では新婚のタレントと中年独身元アイドルが醜い言い合いを繰り広げている。
醜い争いは見てて楽しいが、今はウザイだけだな、とチャンネルを回してみる。


「……あ。」


夢乃が口に運ぼうとしてた海老のスナック菓子が手元から離れ、床に転げていく。


「落としやしたぜ」


「あー、はいはい」


スナック菓子を拾わずに俺の持つリモコンを奪おうとしてくる夢乃に少しイラッときた。


「いつもは3秒ルールだとかなんだとか言って慌てて拾い食いするくせに」


「総悟って意外に細かいよね。土方さんのが懐広いんじゃない?ってあぁ!リモコンー!!」


一言多いんでさァ。ザマァみろ。
リモコンは夢乃とは逆サイドの左手に持ち換えて届かない様にした。


「ごめんって!ほら!海老せん拾ったし!チャンネル変えてー」


「チャンネル?」


完全にBGMになっていたTVからは、ピアノの音が聴こえていた。
ルックスにも恵まれた実力派のピアニスト、アイズ・なんちゃらって奴の演奏だった。
クラシックなんか全く知らないが、こいつは知ってる。
夢乃が何枚もCDを持っているからだ。ただし、棚にしまわれたまま、聴いているところは見たことない。


「こいつのピアノ、好きなんじゃなかったのか?」


「いいから局変えて…」


性懲りもなくリモコンを奪おうとしてくる夢乃。
顔まで必死になってらァ。
そろそろいいか、とリモコンを渡してやった。
その瞬間だった。




「っ!?」



その衝撃を、俺はなんて表現したらいいのかわからない。

一瞬、なんなのかわからなかった。

ただ、衝撃だった。

何かに揺さぶられた。

けど、それは地震でも、たらいが降ってきた訳でもなく。



ピアノの音だった。



夢乃の手からリモコンがテーブルに落ちる音で、やっとその衝撃がピアノの音だと気付くことが出来た。それほど異質な音ということか。


「………アイズ…君…」


夢乃の目から、涙が零れるのを見た。

それから、夢乃は俺にしがみついてきて、俺のTシャツに顔を押し付けて、たぶん、泣いていた。


テーブルにあるリモコンに手を伸ばしてチャンネルを変えようかとも思ったが、もうこのまま最後までアイズ君とやらの演奏を聴いた方が良いような気がした。夢乃 のためにも。


つか、なんだ。アイズ君て。
知ってる、しかも親しいみたいな言い方しやがって。
世界のピアニスト様だろうが。
そんなにファンか。外人の顔がいいのか。


さっきの衝撃の音は曲の盛り上がりの始めだったらしい。たぶんだが、もう少しで曲の終わりなんだろう。
確かに、こいつは凄いと思う。
俺までさっきの衝撃から鳥肌が立ったままだ。

なんだか、戦場に足を踏み入れた様に緊張感が走る。
ぞくぞくする。
殺気に近いなにかがある。
音で人が殺せるような気がするほどの。
テレビ越しでこれなのに、生の音を聴いたらどうなるのか。死ぬんじゃないだろうか。本当に。



「アイズ君…」


夢乃がもう一度名前を呟く。
それを聞いて、アイズって奴と夢乃は知り合いなんだな、と理解した。
世界的ピアニスト様と俺の嫁が。
信じられなくても、夢乃ならあり得る。
だいたい、こいつは昔から得体が知れない。


荒々しくかき鳴らされたあとは、凍えるように静かになって、やがて消えた。

何の曲なのか、俺はわからない。
でも、それで十分だった。
十分「なにか」が伝わってきた。
怒りなのか悲しみなのかわからないけど、どうしようもなく抗い難い「なにか」。


俺はリモコンに手を伸ばし、TVを消した。
しがみつく夢乃の髪をすく。
染めていない茶色の髪はずいぶん伸びた。
綺麗な髪だと、いつも思う。



「総悟。私が総悟を殺そうとしたら、どうする?」


「前にも答えやしたぜ?
……『喜んでお相手いたしやす』」


「ふふ、頼むね?
私、たぶん強いから。油断して殺されないでね」


「現役警察特殊部隊長なめんな」


「殺されないで、私を殺して」


「何を馬鹿なこと」


「大丈夫。私を殺しても、罪は問われない。必ず正当防衛になるから」


「はィ?」


「私が総悟を殺そうとしたら、必ず私を殺して。約束して」


「出来ない」


「約束…して。お願い。
アイズ君も、あんなに必死で抗っている。私だって、最後まで抗い続ける。
運命になんか負けるつもりない。
…だけど、それが叶わなかった時は、総悟が私を殺して」


「すいやせんが。話が見えやせん。」



「説明したいけど、信じてくれる?魔王がいたとか、信じられないようなお話なんだけど…。
昔ね、魔王はたくさんの子供を人間の中に紛れ込ませたんだって。魔王の子供達は人間と変わらなかった。だけど、ある時が来ると、魔王の子供達は人間を殺すようになった。突然、本能が覚醒して否応なく」


「…ファンタジーかい。
魔王がいて?人間界を滅ぼすって?
その割りにゃ平和な世の中ですがねィ」


「それがねぇ、残念ながら魔王は神様に殺されちゃったんだよね。あっさりと」


「神様最強か」


「でも性格最悪だから」


「それ、現実なんだとしたら、
神様とはいえ立派な殺しじゃねぇか。魔王殺して許されるんで?そんな事件聞いてねぇですぜ」


「そりゃ、公になんかされてない。
神様が捕まるなんておかしいでしょ?許されるよ。人間にとっては英雄だもん。
それに、神様を裁ける人間なんていないし。
そうして魔王の恐怖が去って、人間は魔王の子供達を殺すことにした」


「ひでぇ話」


「仕方ないよ。殺さなきゃ、いつ本能が覚醒して殺されるかわからないし」


「だからって、殺すのは違うんじゃねーか?ただの人殺しだろ。
神様だって許されるのはおかしいや」

こう思うのは、魔王の子供に惚れた弱味なんですかねィ。
話の流れじゃ、夢乃もアイズも魔王の子供ってことだろ?


「やっぱり、総悟は私の選んだ人だ。
人間の中にもね、子供達を見守ろうって言ってくれる人もいるの。
魔王の子供だって、人間を殺したい訳じゃない。
抗ってみせる。
…私には、絶対に消えない希望がある。だから諦めない。
私は、運命に抗って、笑ってお婆ちゃんになってやるの」


「まさか、単純に俺がお前より強いから結婚したとか言わないよな?」


「んー、それも少々…?」


「おい、テメェ」


「嘘。それもあるけど、
…私、…大好きだった人が絶望の中で愛を捨てるのを見た。私達に希望をくれる為だけに、彼は自分の愛を捨てたの。私は、彼に幸せになってほしかったのに。本当は希望なんかいらなかった。
彼に愛を捨ててほしくなかった」


「……………大好きだった…だァ!?
それ、誰だよ。さっきのピアニストか!?」


「ううん、アイズ君も、彼から希望をもらった人。
彼は…アユムは、もういない。
私ね、約束したんだ。
私は絶望の中でも、希望も愛も絶対捨てないって。
どっちも握り締めたまま、笑って死んでやるって。
…総悟。ずっとあたしを愛していてね。ずっとずっと、愛してる」



微笑んだ夢乃の瞳の奥に、俺は確かに殺気を見た。


面白れェ。

最上級の愛の告白ですねィ。

おかげで、死ぬまで退屈しなそうだ。



『殺したいほど愛してる』




それでも、俺は、お前だけは殺せない。


なぁ、わかってるか?

愛し合うことよりも、大切なものがある。

ずっとずっと難しいものがあんだよ。


ずっと、二人で生きることだ。


惚れた腫れたと違う。
愛し愛されるのとも別に。

同じ時間を共に生きていくこと。


それだけのことが、実は一番難しいことだって。



愛してるから離れようとか、
殺して、なんて、無意味でさァ。

一緒にいるから、意味がある。



なぁ、早く気付け。

本当の意味で、共に生きてェよ。




2012.7.6.スパイラル、第2弾。

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あきゅろす。
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