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貴方の愛に溺れる前に (山崎)



市民の安全を守る警察。
その制服に身を包んだ我が恋人は、
舞い上がる土煙も、パニックする市民も眼中に入れず一直線に。
同じ制服姿の私のもとに駆けてくる。

………………仕事、しよーね。




「大丈夫!?」


「へーきへーき。っと、よいっしょー、はぁー尾てい骨痛ぁー。全く王子はこれだからなぁ!」


数分前。私は街の見廻り中に人だかりを見つけた。
同行の新入り君と覗き込むと、それは「んだてめぇ!?」「あ?やんのかコラ!?」的なお約束のチンピラによるケンカシーンで。
ため息混じりに間に割って入り、「なんだこのアマ!」なんてお約束みたいな台詞を浴びせられて。仕方ないなーと刀に手を掛けた、これまたお約束のタイミングで、ヒーローが登場。

うん。ここ。ここね。
ヒーローの登場。
バズーカ背負った、珍しいヒーローである。


「おーおー、ババくせェな。引退近いんじゃね?」


「誰のせいだと思ってんの。ただのチンピラのじゃれあいごときにバズーカ撃ち込んで!見てよコレ!テロ現場か!?
なにしてくれてんの!?」


「いやぁ、凄い心配したんですぜ?
センパイのピンチだってねィ。こいつも血相変えて騒ぎやがるし」


ちょーうぜー。そう言って、この惨状の元凶であるヒーロー…正確には悪のヒーロー沖田君…は我が恋人である退君の後頭部をバズーカで殴った。


「なーにが心配よ。
沖田君が私を心配?笑っちゃうわー」


「嘘じゃねーでさァ、ちゃんと心配しやした。センパイと新入り、ちゃんと無事で済むかなぁって」

そこか!やっぱりだな!


「そうねー、あんたのバズーカを食らわなきゃ無事だったわねー。心配したって割にゃー、ずいぶん嬉々とした顔だったけど、まー、この件についてはそのうちじっくりお話ししましょうか。お陰様で、私は尻餅ついたし、新入りは頭アフロにして寝てるわよー。とりあえずは満足かしらー?後・輩・君?」


「尻餅だけかー、俺もまだまだですねィ。つか、センパイ、新入りの教育なってないんじゃねェですかィ?」


「そうね、これからは味方にこそ危機感を持って接する様に教えておかないとね?いつ襲われるか分かったもんじゃないからー」


恋人の目の前で、鬼同士の冷戦を切り広げる私は、もう女の子とはとても言えない逞しさ。
でも、
それでも、退は唯一私を女の子として見てくれるのだ。

その証拠に、爆風でぼさぼさになったはずの私の長い黒髪はいつの間にか退の手によってさらさらと風に靡いていたし、すすで汚れただろう頬も渡された彼のハンカチで私自身拭っているところである。


どんな戦場から帰っても、どんなにぼろぼろでも、退は私を気遣ってくれるし、甲斐甲斐しく手を伸ばしてくれる。



「夢乃ちゃん、乗って?
歩きで帰るとか言わないでね。
新入り君も連れて帰らなきゃ駄目だし、夢乃ちゃんも怪我してる。
大したことなくても、俺が心配だし、せっかく俺達が車で来てたんだし。この場のことくらいは沖田さんがなんとかしてくれるから。
ね?乗ってね?おとなしく」


「…………………はい…」


妙にあいた間は、「いいよ、歩きで帰る」と言う言い訳を探した時間である。
我が恋人君は本当に私という人間を理解している様で、抜け道すら与えてくれないのだ。

気遣ってくれる。
理解してくれる。

最高の彼氏じゃないかと、友達も家族も口々に言う。
私には勿体無いくらいだ、と。
大事にしなさい、と。


そうしたいさ、出来ることなら。





屯所に連絡を入れたらしい退は、のびてる新入り君のもとへと向かっている。具合を確認してから車に運ぶのだろう。
私もそろそろ車に向かわないと退にまた急かされてしまう。
恐らく今度は圧力すら感じる笑顔で。


「悪いね、あとよろしく」
そんな意味を込めて沖田君を見ると、
珍しくも彼が寄ってきた。


「あれ、どうにかならねーんですか?」


「あれって?」


「あれ、でさァ」


彼の目線の先には、新入り君に声を掛ける我が恋人君。
あ、ひっぱたいた。
男には意外と手厳しい。


「あれ、ねぇ。私に言われてもなぁ」


「いや、どうにか出来んのアンタだけだろ」


「私だから、どうにも出来ないの」


「…まー、アンタがそれでいいならいいですがねィ」


「それでいいっていうかさ、もうそれが私達なんだよ、きっと」


「…あっそ。……なら、
そう割り切ってんなら、ちゃんとそういう顔してろ。
んな情けない顔してんな」


「ははっ、優しいなあ、王子。どしたの?今日、へんなもん食べたの?」


土方スペシャルでも食べちゃった?なんて。
自分でも、ちゃんと笑えてないのは自覚してた。
沖田君は、何も答えず。ふざけてもくれなくて。
「もう見て見ぬふりは止めろ」と彼の目が語ってた。
逸らせなくて、泣きそうになった。
年下のくせに。生意気な。
私は先輩なんだからね。


「じゃあさぁ、沖田君。
どうにかしろって簡単に言うけどさ、…私にどうしろって言うの?
どうしたらいいのよ?わかってたらさ、こんなことになってないって。
無責任だよ。掻き回さないで。
何よ、私がどうにかしようとしたらさ、沖田君は助けてくれる訳?
そんな気さらさらないくせに、私達のこと、口出さないで」


沖田君を詰りながら、ああ、私最低だなーって自分に幻滅してた。


「………近藤さんは優しいお人だからきっとアンタにゃ何も言わない。土方クソヤローもヘタレだから言えねェ。だがねィ、生憎俺ァ優しくねェし、ヘタレでもねェんで」


「そんなこた、知ってるよ。ドS王子」


「俺は、自分のこと大事に出来ない馬鹿野郎ごときを、近藤さんが心配して悩んでんのが許せねェ。
ひとつだけ、言っときまさァ。
………アンタ、このまま…―――
















――私にどうしろって言うの?


ねぇ、教えて。



















「良かった」


屯所に戻って一息ついて。
ついでにお風呂も入って。

夕飯には退と一緒にいた。


「良くない。
あの王子は一度やっぱりぶっ飛ばしとかないと!
土方君が甘いから駄目なのよ」


「気持ちはわかるけど、ぶっ飛ばしって、逆にぶっ飛ばされちゃうよ!?」


「後輩に負けるもんですか」


「止めてよ。
沖田隊長には必要以上に関わらないで。巻き込まれるだけだって大変なことになるんだよ?
夢乃、今日だって心配したんだから」


「退は心配し過ぎ。
私はただの女じゃない」


「女だよ。
鬼の様に強くても、綺麗な女の人だ。
俺の、大好きな人だ。
顔も髪も、どこも怪我なくて本当に良かった。綺麗なままで、良かった」


「青アザは作ったけどねー」


「どこ!?」


「だ、大丈夫、大丈夫。むきにならないでよ。明日明後日で消えるくらいのやつだから」


「駄目だよ、もっと自分を大事にして。俺がこんなに愛してるんだから」


「………退…?」


「ね?
大好きなんだよ。
愛してる。いつも言ってるよね?俺は夢乃ちゃんを、夢乃ちゃんの心も体も全部、すべて愛してるんだ。
顔も髪も、傷付いて欲しくない。
だから大事にしてよ。俺の夢乃ちゃん。愛してる」


「…………」



同じ言葉でも、退と沖田君の言葉は意味が違う。


怖いと、思う私はおかしいのか。
恋人の顔が、声が、言葉が、抱き締めてくれる腕が、怖いと感じる私は、薄情な人間なのだろうか。


『夢乃ちゃん。
俺、すごく好きです。俺どうにかなりそう。毎日、好きだって、昨日より好きだって思う。
どこまで好きになればいいんだろ』

『退…、私も好き。
ありがとうね。
こーゆーのを、愛してるって言うのかな?』

『そうだね。そうだといいな。
愛してる。うん。愛してるよ』

『愛してる、退』


想いがなくなった訳じゃない。
愛もちゃんとある。
だけど、
前は『愛し合う』ってことが出来てたよね?
退も、ちゃんと隣の私を見てくれてた。

嬉しいよ?もちろん。
私をそんなに好きでいてくれて。
だけど。
私を心配する退の目、
今の私には一番怖いの。

どんな殺気より、怖い。

隣にいるのに、遠くを見てるみたいに。私を見てるのに、私が遠くにいるみたいに。
退はどこを見てるの?何が映ってる?



愛してる。愛してる。と、言われる度に、退が遠くに行ってしまう気がする。


どうして?

なにがいけなかった?

退がくれるだけの愛を同じだけ同じ様に返さなきゃいけなかったの?


私だって愛してるよ。

愛してるけど、
退の愛が怖いんだよ。


どうして…?


「もう旦那のとこは行かないで」
「副長と二人で見廻り行かないで」
「そのお団子、誰からもらったの?」
「部隊の飲み会なんてしてどうするの?」
「休みは必ず一緒に取ろうね」
「僕以外とご飯一緒に食べないで」
「その着物、僕見たことないけど、買ったの?いつ?僕も一緒に行きたかったな」

だんだんと、身動きが取れなくなってきて。
焦り始めた私。


『アンタ、このまま…アイツを駄目にする気ですかィ?』


今日、沖田君が出て来てくれなかったら、チンピラ達は退がボコボコにしてたかもしれない。

退は変わった。
変えてしまったのは、私だ。


沖田君。

君は正しい。

私ならどんなに息苦しくても、好きなら構わないと、我慢出来ると思っていた。

だけど。
こんなの、駄目だ。
退が変わったら、駄目だよ。

これ以上、退が変わってしまわない様に。
私は、私を大事にする。


好きだよ。
好きだから。
もう一度、恋から始めよう?




「…退…。話をしよう。
大切なことなの。
退のために、私のために。
二人が幸せになるために、話そう」




2012.5.6.

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