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夢 一夜 (土方)
***恐れ多くも夢 十 夜パロディ。まず一夜だけ。
たぶん続かない***
ふと見上げれば、
見事なまでに満ちた月。
「不思議。こうして私が空を見上げるといつも満月。
いつも絶対に満月。
今もちゃんと、月は満ち欠けするの?
私は満月ばかり見ているから不安になる」
「あんた、頭大丈夫か?」
「わかんない。そういうの、最近は考えたことないから」
満月ばかり見上げるのは、
満月に力があるからかな?
引き寄せられるのかもしれない。
「おいおい、勘弁してくれ。
ちょっと真面目に見回り出てくりゃ変なやつに捕まるって?くそ。早く帰りてぇよ」
「あなたは、お巡りさん?」
「あ?まぁそんなとこだ。随分古い言葉使うなあんた。お姉ちゃんにしちゃあ古風だな。古典の学者か?」
もうお巡りさんて言わないのか。
覚えておこう。
いつまで覚えてられるかわかんないけど。
「おばあちゃんがね、犬のお巡りさんって歌をよく一緒に歌ってくれたの。小さいころ。
大好きだった。歌も、おばあちゃんも」
「死んだのか?」
「うん。私が大人になる前に」
「百も生きなかったのか?…それは…寂しかったろ」
寂しかった。
みんないなくなって。
あれ、なんだか私、
たくさんのこと、忘れていたみたい。
「あんた居住地は?もう夜も遅い。送ってく」
「ここ、だったりして」
「馬鹿言うな。ここは記念公園だ。
一昔前のホームレスじゃあるまいし。言葉といい、お前は生きる化石か。
もう良い、さっさとPC寄越せ。んで帰るぞ」
「PC?パソコンは持ってないの」
「はあ?PCだよ、データ入ってるだろ。出せって言ってんの。
あんた…飲んでんのか?それとも寝ぼけてんのか?」
ああ、PCってもうパソコンじゃないんだ。
パソコンもないんだね。
せっかく少しずつ思い出しているのに。
「それに近いかもしれないね。
ねえ、トシさん。送ってくれなくても良いから、少し話してくれませんか?」
「…はー…もーいいよ。…煙草吸っても?」
「もちろん、どうぞ」
煙草に素早く火が点る。
魔法みたいだなぁって思って見詰めていると睨まれた。
「それで?あんたは本当はここで何してる?」
「さっきも答えた通り、月を見てるの」
嘘は、言ってない。
私はずっと月を見てる。
あ、そうか。
私が見上げる時にいつも満月なのは、
満月だから、私が見上げるんだね。
「でもよ、あんまこの辺うろうろしてないで早く帰れ」
「どうして?」
「怖くないのか?本当変わってるな、あんた」
「変わってるって、よく言われてたから」
あれ、と、トシさんが示したのは、
数メートル離れた場所の記念碑。
「ま、今じゃ信じてる奴もあんまいねーか。怖がるのも減ったな。
木が生きてたころは大抵信じてたらしいが」
「あれ、なんて書いてあるの?」
暗くて見えないと、誤魔化して。
読めない文字を教えてもらう。
「読んだことねーのかよ。
『千年桜を偲んで』って書いてあんだよ。
何十年か前のサイクロンで倒れちまったからな」
「千年桜…。そういえば、あったね、桜。そこに。
立派になった桜が」
「だからもう桜の幽霊も出ないってわけだ」
「桜の幽霊!?こわいんだけど!」
「お前今更本当何言ってんだ。
千年桜の幽霊が出るって都市伝説もあったが、桜がなくなってそれも消えた。
もう出ないだろうから安心しろ」
「うん。でも、ちょっと会ってみたかった」
「どっちだよ。
だがな、あんたみたいに夜この辺でうろうろしてたら彼女だと思われるからな。幽霊にされたくなけりゃ早く帰れ」
「えー」
「えーって言うな」
「せっかくトシさんと話してるのに」
千年桜。
惜しいなぁ。
千年近く生きてきた桜に神秘を感じるのは人の性だけれど。
「あんたやっぱり飲んでるだろ。
…っつーか……………………なぁ、………なんで俺の名前知ってる?」
「え?なんでって、あなたトシさんでしょ?」
「そうだが……。俺は、今日初めてあんたに会った…
まさか、お前…」
相変わらず瞳孔の開き気味の眼が一層厳しくなる。
少し寂しくて、月を見上げる。
「違うの」
「何が」
「千年桜の幽霊」
「…………」
「あの桜ね、たぶん千年も生きてない」
「なんでわかる」
「あと、桜に宿るってのも違う。幽霊でもない」
「だから、なんで…。…あんた、何者だ」
「私は待ってただけ。満月を見上げて、ずっと待ってた。
死んでないから幽霊じゃない。たぶんね。
私は、その石のそばで、ずっと待ってた」
トシさんが寄りかかっていた石から離れてまじまじと振り返って見てる。
「何を…待ってた?」
ゆっくり、振り返りながら彼は尋ねる。
「……ここで、ずっと昔、大きな戦いがあった」
「知ってる。その記念公園だし、千年桜も植えられた経緯はその慰霊だったって話だろ」
「そう。
ここで、たくさん死んだの。
私の愛する人も。刀を持てなくなるまで戦って。
最期まで私を守ってくれた」
『待ってろ。ここで』
その石のそばで、待ってるって約束した。
「そいつを、待ってるのか」
「そいつじゃない。あなた、だよ、トシさん」
「…俺?……嘘…だろ…」
『私、待ってる。トシさん。ずっと待ってるから。
いつ?いつ逢いに来てくれる?』
『満月が何度ものぼって落ちる。繰り返して、繰り返して。百年たったら、逢いに来る』
「嘘つきは、トシさん。
百年たったらって言ったのに。百年までは数えてたけど、もう今は、百年を何度繰り返したか忘れちゃった」
「お前、…死んでない…のか?」
「たぶんね。忘れちゃった」
「なんで俺だってわかる」
「わかるよ。逢いに来てくれたもの」
「……名前…」
「私の?
忘れちゃった?」
「千年」
「え?なに?」
「千年、だ。
もう、千年たったんだよ、夢乃」
ああ、もう千年も。
千年たっても、満月は変わらず空にあるんだ。
風が吹いて、
もう見えないはずの桜の花びらが
雪みたいに見えた。
しん、とした冷たさの空気の中でも、
トシさんの腕の中は、
夢みたいにあたたかかった。
2012.1.17.
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