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サヨナラの先のお話 後

君に再び会うことはないと、そう望んでいたし、もし会ったとしても、それは今ではなくてずっとずっと未来の話のはずだった。


終わりにしようと告げたのは僕の方だったくせに、あれから2年が経った今でも僕の中では消化仕切れない何かがぐずぐずと燻っていて。

君には会いたくなかった。

だから、ほんの気まぐれだった。






「あ、雲雀さん。こんばんは」

「何ふらふら出歩いてるの。
今どういう状態かわかってる?
もう少しで警備システムが君を不審者とみなすところだった」

「ごめんなさい。
部屋を出たら迷っちゃって。ついでに探検しようと‥」

謝って素直に頭を下げる。
行動が読めないのは、やはり10年前の君も変わらないな。


「部屋まで案内する。着いておいで」


ボンゴレの保護下に置かれた君は、じきにミルフィオーレのターゲットになるのは簡単に予想出来ていた。いや、実際に何度も襲われていたはず。
無事でいたのは奇跡に近い。
山本武の功績なんだろう。

しかし山本武も追い詰められていって、由芽の保護を求めてくるようになった。
その度に僕は断り続けた。

そして、沢田綱吉の計画を聞かされた僕は、気まぐれにメンバーリストに由芽の名前を入れることを提案し、綱吉達と一緒に由芽も10年前と入れ変わった。

この今目の前にいる子供は10年前の君だ。


10年前と言えば、僕が彼女と出会ってそう経っていない頃か。
そうだね、綱吉達と同じ頃だった。
僕の身長が伸びたのもあるけど、この女、こんなに小さかったんだ。それがなんだか新鮮に感じる。



「‥雲雀さん、」

「何だ」

「‥‥私、まだ部屋には‥」


珍しく歯切れが悪い。


「だから、何」


「‥もう少し、あの‥
そうだ。お茶飲みたいので、キッチンに送ってくれませんか?
自分で部屋戻りますから」

「何言ってんの。
君、自分がどれだけ方向音痴か自覚してる?」

「え‥?どうして、それを?」

ああ、不思議?
そうだね。中学時代は君が壮絶な方向音痴だって秘密知ってるの、山本武くらいだったもんね。
強がって隠してたから。


「さぁ。どうしてかな」

くすり。言葉を詰まらせた君に、僕は小さく笑う。
それがお気に召さなかった君は僕の視線を気まずそうに逸らす。
本当になんだか新鮮だ。


「‥じゃあ、武の部屋に」

「一体今何時だと思ってるわけ?
いい加減自分の部屋で大人しくしてて。噛み殺されたいの?」

「‥‥あ、」

立ち止まった10年前の由芽に苛立ちながら振り返る。


「‥今度は何」

「いえ、‥やっぱり、雲雀さんだなと思って」

「当たり前だろう。10年経とうと僕は僕だ」

「そう‥ですよね、」


「何なの、君。
随分はっきりしないじゃないか。10年前とはいえ、君ってそんなに歯切れ悪かった?」


「‥ごめんなさい。でも、‥まだ部屋には戻りたくないの。だってあの子達、ずっと強がってて‥」


聞けば他の女子2人は、隠してるけど相当不安らしく夜布団に入ると、声を殺して泣いていると。
なるほど。もともと音に敏感な由芽はそんな部屋には居づらいだろう。


「まあ、最もだね」

「それに、私が出てる方が2人も気にせず泣けるから‥」

「ふーん、そういうもの?」

「‥だって誰かは平気な顔してなきゃ。
私まで一緒に泣いてしまっ‥」

そこまで言った瞬間。
しまった、という表情を浮かべて視線を斜め下へ向けた由芽。
全くもって新鮮なことばかりだね。


「ひば‥雲雀さん?」

急に歩き出した僕の後ろを慌てて小走りに追いかけてくる。
人気のない廊下に二人分の足音が響く。少し調子が狂うのは、カツンカツンと突き刺さるはずの君の足音がしないから。
パタパタと追ってくる、ヒールの低い靴。
そうだね、同じ人間なはずだけど、まるで別人だ。
だけど、これも君。


「雲雀さんっ行き止まり、ですよ‥?」

「おいで」

「え?‥あ、開くんだここ‥」

「うろうろされたら迷惑だからね。部屋に戻りたくないなら僕のところに居ればいい。おいで」


結局。君も不安だったんだろう?そう尋ね、手を差し出せば、素直にも僕の手を取って僕の名を小さく呼んだ。

全く。
僕は打ちのめされているよ。

君がこんなに弱かったなんて。

出会った頃から僕ばかりが振り回されていると、ずっと思っていた。君はいつも余裕があるように見えた。


こちらの君に最後に会った2年前も、君は何とも思わないような顔をしていた。


それが、どうだい。
不安だと素直に認めて、僕に気を許して泣いている。


「いつもそんなに素直ならね」

「雲雀さん‥?」

彼女が泣き止んだところで、草壁が茶を運んで来た。
広い部屋だというのに、君はわざわざ僕にくっついたまま茶を啜る。
信じられない。君はこの月日のどこにその素直さを置いてきたの。
それとも、僕が気付けなかっただけ?


「君も悪いんだよ、強がるから」

「ひひひばりさ‥!?」

頬に手をあてて髪にそっとキスを落とした途端、僕を呼ぶ声が裏返った。


「心配しなくても中学生の君には手を出さないよ。そんなことしたら今度こそ『こちら』の君に愛想を尽かされてしまう。
ありがとう。君のおかげだ。君が無事に10年前に帰れたら、迎えに行かなくちゃね」

「え?」

「こっちの話さ。
さぁ、ゆっくりお休み」


きっと、この子みたいにメソメソと泣いていたんだろう?
強がるくせに、気付いてほしかったんだろう?

君があれから他の男と付き合ってないことは知ってる。
もし誰かと付き合うようなら相手を噛み殺すつもりだったからね。僕から別れを切り出したくせに勝手だと思うだろうけど。
君だって待っていたんだからお互い様だ。


綱吉達がどうなろうと、10年前の君がミルフィオーレの手に掛かろうと。
僕自身には何も関係ない。
でも僕は、やはり僕と君の10年間を取り戻さなきゃいけない。
この素直な10年前の君とは上手くやれそうな気がするけど張り合いもないし、僕をまだ「雲雀さん」なんて呼ぶお子様じゃ話にならない。そんな趣味もない。

『雲雀さん』が『恭弥さん』になって『恭弥』になった。
そして、2年前のあの時から僕達は他人になった。

それが、僕らの10年間。



遅くなったけど、迎えに行こう。

それまでは、小さな君を守るから。





2011.05.14.

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