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サヨナラの先のお話 前 (雲雀)
あれは確か出会った頃の記憶。
放課後の、薄暗くなった昇降口前。
僕と君がいた。
他に生徒がいなかったのは、直前に数人の群れを噛み殺した後だったからだろう。
いつの間にか一人ぽつんと立っていた女子。
用がないならさっさと帰るようにと、まだトンファーも仕舞わないままで警告しても、その女はただ『困ったな』と漏らすだけで動こうとはしなかった。
僕に従わない女がいるんだと驚く一方、さぁ噛み殺してやろうとトンファーを構え直して気がつく。
あの草食動物、沢田綱吉の近辺にいる女だと。
やたらと一人で校内でうろうろしているところに出会う上に、毎度のように沢田やその周りの奴の居場所を尋ねてくる。この僕に。
規律も乱さないし、害はないが、弱いし噛み殺す気も起きないつまらない女。
僕と普通に会話する度胸に興味を持って調べてみたら、勉強と美術に長けただけの普通の女だった。
絵はなんかの賞を取るような実力で、周囲の大人はそちらの道に進むことを期待している。
沢田達との繋がりは、家が山本武と隣同士の幼なじみで、最近になって赤ん坊に頼まれて頭の悪い山本武と沢田に試験前だけ勉強を教えている、ということくらい。
『じゃあ、雲雀さんとお話ししてればいいですか?』
『‥‥なんで僕が君と話さなきゃいけないわけ』
『用がないなら帰れって、用があればいいんですよね?』
実は、ここを動くなって言われてるので、帰るわけにはいかないんです。と意味不明なことを言う女に少し頭が痛んだ。
この女はいつもこうだ。
『雲雀さんは、冷たい』
なんだ、そんなこと。
言われなくたってわかってるよ。
『それが?
そんなに嬉しそうに言うことでもないと思うけど。
君、女でも噛み殺すよ?』
『冷徹って言いたいんじゃないです。冷静とかクールとかとも違う。
雲雀さんは、ひんやりしてるの。こんな夕暮れや、朝の風みたいに』
『相変わらず意味がわからないね。何が言いたいの』
『朝の風も夕暮れの風も、ひやりとして引き締まる思いがする。そっと触れたくなりませんか?』
『じゃあ君は僕に触れたい訳?』
意味不明だよ。
溜め息とともに尋ねれば、君はふふふと笑うだけ。
『君さ、草食動物達の群れで会話成り立ってるの?』
『なんとなくは』
少し首を傾げて中学生とは思えない憂いを帯びた微笑を浮かべる女。
この女には関わるだけ損だな。
踵を返そうとしたが、女の背後から彼女を呼ぶ声が複数届いた。
『由芽〜!』
『由芽ちゃん!』
見遣ると山本武をはじめ、沢田綱吉達草食動物が群れをなして走ってくる。
女は振り向いて手を振ってから僕に向かって『お迎え来ちゃった』などとほざく。
『群れか。‥噛み殺す』
『あら、私も群れに入ってるんですか?』
『違うの?』
『さぁ‥どうかしら?』
『由芽ちゃん!雲雀さんはさすがに危険だから離れてー!』
外野が何言ってんの。
それじゃまるで僕がこの女に危害を加えるみたいじゃないか。
『馬鹿馬鹿しい』
誰が好き好んでこんな女と関わるか。
『あ。さよなら、雲雀さん』
『由芽、帰ろうぜ!』
『よかったー!無事だった!』
『10代目に恐れをなして逃げたんすよ!!』
群れる草食動物。
あの女も、その一人でしかないのに。
次は、必ず噛み殺すよ。
僕は何度目だかわからない決意にトンファーを握りしめた。
『もう無理だ。
やっぱり無茶苦茶だよ。
君には、付き合いきれない』
僕には君が理解できなかった。
君は僕を何だと思っていた?
ただ理想を押し付けていただけじゃないのか?
君は僕を君の世界に引きずり込もうとする。
僕の世界なんか見向きもせず。
勝手な女だ。
君は僕を見てもないくせに、
僕を好きだと言うのだから。
『終わりにしよう』
僕らは終わった。
それが、二年前。
2011.05.09.
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