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予感(雲雀)

カツカツと靴音が鳴り響く。
耳を澄ませばささやかに雨音も聞こえるけれど。
私は雨音を振り切るように歩を進める。


長い廊下は薄暗くて、温かみなど感じさせない。
でもどこか懐かしい気がするのは、きっと母校の廊下を連想させるからではないだろうか。



「やあ、待ってたよ」


所属する風紀財団のトップに君臨する、雲雀。

ここでは彼がルールだった。


「‥で、こんな時間に何のご用件で?」

「もしかして寝てた?絶対起きてると思ったんだけど」

「‥‥起きてはいましたが、夜中の2時ですよ?
人を呼び出す時間ではないと思いますが」

仕事のトラブルなら話は別だが、今日はそんな雰囲気ではなさそうだ。

「晩酌に、付き合ってもらうよ」

「‥‥私の業務にはそのようなサービスまでは含まれておりません」

「へぇ。
‥草壁」

「はっ、ここに」

「用意は?」

「済んでおります」

「持ってきて」

「はい!」


何を?
というか、草壁さんまで呼び出されていたのか。

しばらくして草壁さんが運んできたのは、卵とじそば、だった。


「どうぞ、由芽さん。のびないうちに」

にこり、と差し出してくる。
え、私?

どういうこと?

困って雲雀に目をやると、彼は面白そうに私を眺めてお酒を飲んでいた。


「食べないの?」

「‥え、これ‥?」

「食べてないんじゃない?夕飯。‥と昼も?」

「なんで‥知ってるんですか?」

「さあ?」

相変わらず、にやにやと得体のしれない上司に諦めて、私は湯気が立ち上るそばに箸をのばした。

「‥おいしい」

あったかい。

「よかったです。打ったかいがありました。あ、今お茶お持ちしますね」

打った?
草壁さん、もしかして、これ、手打ちなんですか!?
いや、ほんとお茶とかおかまいなく!

「気に入った?」

「‥はい」

「そう。食べてお茶飲んだら帰っていいから」


その日、本当にお茶を飲んだら帰された。




「草壁さん。どうしてこの間、雲雀は私を呼び出したんでしょう?」

「直接聞いてはどうですか?」

「聞いてもはぐらかされると思います」

「うーん、‥心配、だったんじゃないですか?」

推測ですけど、と草壁さんがびっくりすることを言う。

「心配!?あの雲雀が?」

「ええ。なんだか落ち込んでいたでしょう?由芽さん」

「‥はぁ」

確かに、少し落ち込んでいた。日本にいる母が、病で入院することになり、心配で夜中眠れない日々が続き、食も細かった。
降ってわいたように急に休みが取れて、私は一時帰国し、母のもとに顔を出せたので、今は落ち着いたけれど。

「お母様の具合、いかがですか?」

「大したことはないそうなので一安心‥って、何故それを?」

草壁さんは、またにこり、と微笑んだ。

「わかりますよ、私たちは雲雀率いる風紀財団ですから」

そうだった、とため息が漏れた。この組織に不可能はないに等しい。

「それに雲雀は、由芽さんのことは何でも分かるんじゃないですか?」

「雲雀が?」

「ええ、ずっと見てきましたから」

ずっと。
母校の風紀委員の頃から、私は雲雀のもとにいる。
自分で望んだはずじゃなかった気がするけれど、別段嫌でもなくて。
ボンゴレの沢田に言わせれば、それもすでに手遅れ的におかしいらしいが。

「‥そうね。これだけずっと一緒じゃ、なんでもお見通し、か‥」

「えーっと、多分そういうことではないと思うんですけど‥。もちろん時間的な問題もありますが、それだけじゃない、というか、なんというか」

珍しくしどろもどろになった草壁さんは、「これ以上は私の口からは‥!」とか言いつつ慌ててどこかへ行ってしまった。



雲雀と母校で顔を合わせていた頃は、血も涙もない歩く秩序と、本気で思っていたこともあった。
今でも、もちろん雲雀は「雲雀」なのだけど。
あの頃とまた違う「雲雀」だと、私は思う。

長い付き合いだけど、私は雲雀について、まだ知らないことが多い。
まだまだ得体がしれない。

ああ見えて、実は可愛いものをちゃんと可愛いと思える人間だったって、
中学のとき知ったのは衝撃的だったっけ。

だけど。心配なんて。
ちょっと想像できない。
雲雀が誰かを心配できるなんて思わなかった。
まして、私みたいな弱者を。

『弱すぎて噛み殺す気も起きない』
『弱いんだから下がってなよ』
『期待してないから。使えるようになってどうする気?リングもボックスも君なんかにもったいない。僕が預かる』
『今回は無事に済んだものの、非戦闘員っていう自覚あるの?弱いんなら弱者らしく逃げるなり応援呼ぶなり、なにか方法あったと思うけど?』

いつもいつも、弱い弱いって。
‥‥‥あ、れ‥?
もしかしたら、雲雀は、ずっと、心配してくれていたのだろうか?

私みたいな女がこの世界で、武器も扱えず、多少の護身術だけで生きていけるなんて、よく考えたら有り得ないことじゃないだろうか。
あのダメツナだった沢田ですら、雲雀と同等、もしくは雲雀以上に強いというのに。

私、守られていた?

傷つけられないように。誰も傷つけなくていいように。


‥‥なんだ。 わかってなかったのは、私だけだったのか。

雲雀はずっと、誰かを心配できる人間だったんだ。


また、今度は違う一面を見つけられたらいいな。なんて、沢田が聞いたらまた「ちょっと!目を覚まして!やっぱ由芽さんは完全に風紀の人だよ!」とか騒ぐんだろうか。

優しい雲雀、とか、感傷的になる雲雀、とか。
あ、もしかしたら雲雀だって、恋とかするようになるかもしれない。

想像すればするほど、なんだか笑えない気がするな。むしろ怖い。

でも、きっと、いつかは、そんな雲雀を見ることになるんだと思う。
確信している。

そのくらい長い時間を、私はずっとずっと、これからも雲雀のそばで過ごすのだろうと、なんとなく予感している。





***


にぶ過ぎる


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