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独りよがり (リボーン)
1000,1111記念? 1人シリ−ズ。






夏の午後。
庭の木々を濡らした昼過ぎの夕立の名残りも、照りつける太陽のもとで、もうかすかにしか感じられない。
少しだけしっとりとする土の上を、私は相棒の猫とともに踏みしめていた。

私の黒猫。
猫は気ままで奔放であるはず。
しかし、ダイアナは誰に似たのか、実に寂しがり屋で臆病で。
いつも通り、私の足元にじゃれていたはずの彼女は、珍しいことに何かの気配を感じ取ったのか、急に走って行ってしまった。

「‥ダイナ?」

にゃあん、と少し遠くで声がして。


「出迎えありがとうな、ダイアナ。‥‥ただいま。由芽」


私の黒猫は、どこから現れたのか、黒豹のような黒い青年の腕に抱かれていました。








「いつ見ても、綺麗な庭だな」

「ええ。毎日庭師と手入れをしているのよ。いつ貴方が帰ってきてもいいように」

「ああ。帰ってくるのがいつも楽しみだ」

いつでも貴方に、季節の移り変わりを感じてもらえるように。
黒い青年は満足げに微笑むと、無駄のない動きで私を引き寄せ、額に軽くキスを落とした。「もちろん、お前がいるからだが」。貴方らしいな、とくすぐったい思いを感じる。

木陰には白い小さなテーブルとセットの小さな椅子が置かれていて、ちょうど2人分の冷えたアイスティーが用意されたところだった。


「中に入らなくて大丈夫か?」

「近頃は具合がいいのよ。暖かい日が続いているからかしら」

「普通は暑いっていわないか?街じゃ夏バテが社会問題だぞ」

「あら、リボーン、暑かった?
大変。中で涼みましょう」

「いや、俺は大丈夫だぞ。気にするな。由芽が暑くなければいい。
木陰は十分涼しいしな。
‥ここは本当に空気がいい。
不思議だな。地球上、どこの太陽も同じなはずなのに。ここの太陽だけは違う気がする。この国の太陽が違うのか。それとも、お前の太陽が特別なのか」

どっちだろうな?と、彼はアイスティーの中に入っていた氷を噛み砕いた。

「またいろんな国へ行かれたの?」

「おぅ。今回は日本とアメリカ、それにタイだな」

「お話、聞きたいわ」

「いいぞ。日本は今とにかく暑くてな‥」

海外に進出する金融機関の海外事業部の役員だというリボーンは、1年のほとんどを海外で過ごしている。
数日を一緒に過ごすと1か月、長いときは半年ほども現れない。
そして、またふらりとやってくる。




彼との出会いはお見合いだった。
リボーンとの、ではない。
ディーノ、という親戚筋で大手企業の歳若い社長との縁談を、私が断ったために説得役としてあちらからやってきたのがリボーンだったのだ。

断った理由が私の体の弱さであること。それが本当で、空気の悪い都会では暮らせないほどのものであること。
そして、私たちが惹かれあったこと。
それらを彼がどこまで報告したのかはわからないが、渋っていたキャバッローネ家もしばらくしてあきらめてくれた。

「なるほど。お前に社長夫人は向いてねぇ」

初対面で彼は笑った。







初対面の時から何も変わっていない黒い人。
ついつい時の流れを忘れてしまう。
知り合ったばかりのような気もするし、ずっとずっと前から知っている人だった気もする。



「毎回思うけれど、アジアの方が多いのね。あちらはとても神秘的だし、お話を聞くのもとても面白いのだけれど。
出張とは言っても、アジアの方はまだまだ治安が不安定なところもあるのでしょう?
心配だわ」

「本当に心配症だな。俺はヤワにはできてねぇ。大丈夫だ。
それより自分のこと心配しろよ。街に行きたいなんて言って使用人困らすな」

「まぁ。どうしてそれを‥」

「俺の情報網をなめるなよ?」

「‥だって、最近は暖かいし、体調も崩してないわ。
昔から比べれば私もずいぶん丈夫になったもの。少しくらい良いかと思ったの」

「それで無茶して倒れたら元も子もねえんだからな?
身体だけは大切にしてくれ。お前は俺の大切な女なんだから」

「リボーン‥」

「お前が元気になるのは俺も嬉しいが、そうなると別の問題が出てくるんだぞ」

「なに?」

「恐らく、キャバッローネがまた五月蠅く言ってくるだろうな」

「まさか!」

だって、お見合いの話はずいぶんと前の、何年も前の話だった。
もう歳もそれほど若くもないし、家柄だって特別なわけではない。一度断りを入れた失礼な相手でもある私に再び縁談を持ちかけるなんて考えられない。

「ディーノはまだ独り身だ。相手もいねぇ。
片っ端から断った数ある縁談の中で、あいつが唯一乗り気になったのがお前だ。
身体のことがあったから話はなくなったが、ディーノ自体はそれでもいいと思ってるだろうな。お前さえ良いと言えば、すぐにもお前の静養できる環境を用意するだろう。今のキャバッローネなら十分可能だ」

「‥そう‥でも、私‥」

「心配すんな。わかってる。
お前は俺の大切な女だ。簡単には手放さねぇ」

「ありがとう、リボーン。
私は、あなたの帰る場所でありたい。ずっと。‥愛してるわ」

「‥俺もだぞ」








いつか、

彼がここへ訪れなくなる、その日まで。


私は知らないふりをする。


本当は、

大企業なんかではなく、彼らはマフィアだってこと。

知らされていないのは、私だけだ。


彼の帰る場所はここなんかじゃなく、

彼が愛を囁く相手は私だけじゃない。


女の勘、というものは時に望まぬ真実をも見通すのだ。



私はきっと、最後まで知らないふりを続けるだろう。

自分のために。

彼のために。



だからなんだというのだ。

愛している、と。

囁き合える今、この瞬間に、

嘘は一つもないのだから。


たったそれだけで、

私は幸せなのだ。







黒豹のような彼は、
膝で眠っていたダイアナを抱き起すと、そっと地面に降ろす。

私の額に優しくキスをして、私を抱いて屋敷の中へ向かっていく。

私は彼の首に腕を回して、今ここで彼と一緒にいられる幸せを噛みしめるのだ。











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